こんなご時世だからこそ、すべてのスポーツと、アスリートたちにエールを送りたい――。
NHK BS1や日本テレビなどで活躍中の人気スポーツキャスター・中川絵美里が日本を背負って立つ各競技の注目選手に肉薄する、『週刊プレイボーイ』の不定期連載『中川絵美里のCheer UP』。
第1回は、球界の絶対的エース・菅野智之(すがの・ともゆき/読売ジャイアンツ)選手を迎えて発進! 異例のなかでのメジャー挑戦、そして五輪への思い。チーム残留、日本一への野望とは――?
■開幕延期の連続。コロナ禍での難しさ
中川 今の状況もそうですが、昨年はコロナ禍で、非常に難しいシーズンだったと思います。あらためて振り返っていかがでしょうか?
菅野 本当に難しいシーズンだったと思います。開幕が3度も延びて、いざスタートとなったら無観客試合。そんな異例の事態でもリーグ優勝できて、個人的にもいい成績を残せたのは、価値のあることだなって思っています。
中川 開幕延期の話が出ましたけど、去年、菅野投手は開幕投手(3年連続)を任されていて、直前で延期が決定しましたよね。先が見えないというのは戸惑いやストレスが多分にあったと思うのですが。
菅野 ええ、3回もですからね。あともう1回延期されていたら、開幕投手は無理だなって思ってました。
中川 えーっ!?
菅野 いや、本当にそんな話をしていたんですよ。最初3月20日開幕だったのが4月に変更、で、さらに先に延びて、5月も結局できなかった。
中川 ようやく開幕したのが6月19日でした。そもそも、開幕投手というのは本当に調整が難しいですよね。ましてやコロナ禍であれば、なおさら困難だったと思います。
菅野 本来ならば、絶対に(開幕日が)延びないという前提で動いているわけです。毎年キャンプに入ると最初に、どのタイミングで投げるのか、5イニング、7イニング、100球とか、事細かく決めていくんですけど、コロナ禍ですべてが無意味になってしまいました。
中川 そういう状況で、ずいぶんと葛藤があったのではないかと思うのですが......。
菅野 開幕投手は無理だなと思う一方で、開幕のマウンドに立つことへのこだわりも同時に持っていました。そして実際に開幕投手として投げられたことへの喜びはひとしおでした。何よりも、あの異常事態のなかでたくさんの方々の支えがあり、20年シーズンの開幕を迎えられたということに意義がありました。
■今だから話せるメジャー挑戦の内情
中川 プレーヤーでない私たちでさえ、コロナ禍で日々不安に苛(さいな)まれていましたが、菅野投手はどのようにモチベーションを維持していましたか? 何か日常的に意識して取り組んだことはありましたか?
菅野 僕が取り組んだのは、あえて"決めないこと"でした。例えば、ブルペンで何球投げてとか、試合がこの日にあるからそこに照準を合わせて、っていうことを決めると、もしまた延びたときに気持ちも含めてダウンしてしまう。だったら、朝起きて「さて今日は何をやろうか」って、練習メニューを頭の中で考えてから実践する、そんな方法をずっとやってました。
中川 その日ごとに目標を定めると......。
菅野 普段は絶対にそんなやり方はしないんですけどね。去年に限り、やってました。
中川 そしていよいよスタートすると、絶好調で開幕から13連勝、リーグ優勝も果たしました。異例のシーズンでしたが、オフもまた激動。ポスティングの申請をされて、渡米。結果、期限ぎりぎりで巨人残留を決断されました。
菅野 まぁ、生きた心地はしなかったですよね(苦笑)。デッドラインが現地時間の14時だったんですけど、本当に最後の最後で決まったのはその5分前ですから。13時55分。今でも忘れられないです、あの5分間というのは。「あと5分で決めてくれ」と、10分前に言われて。あれほど長く感じる5分間というのは、今まで生きてきた人生の中ではなかったですね。
中川 考えに考え抜いた5分間だったんですね。
菅野 ええ。二度と経験したくないと思ったけど、後で冷静に振り返ってみると、かけがえのない時間でした。今後の人生を歩んでいくにあたり大いにプラスになりました。
中川 メジャーも、コロナ禍で移籍市場が停滞。(トレバー・)バウアー選手のような大物投手ですらなかなか決まらないなか、30日間という期限。やはり、その限られた日数がネックでしたか?
菅野 まさに。それだけがネックでしたね。もし今、僕が市場に残っていたら、手を挙げてくれる球団があったかもしれないですし。でも、各球団ともやっぱり予算というのがあって。僕が向こうに滞在していた時点でFA(自由契約)の選手300人ほどは、行き先は決まっていなかったです。
中川 それくらい停滞してたんですね。
菅野 ええ。僕は毎年市場にいるわけじゃないので、そこまで詳しくはわからないですけど、でも、事前に聞いていた情報と実際とでは、あまりにも違いすぎて。その戸惑いはありましたね。
中川 限られた時間のなかで、情報源はどのように?
菅野 ノーラン・アレナド(ロッキーズで3度の本塁打王、三塁手)がカージナルスに決まったんですけど、WBC準決勝・アメリカ戦で対戦した(*当時、菅野投手は彼を3三振に打ち取った)縁もあって、現地で会って、話を聞きたいと申し出たんです。
中川 アレナド選手からはどのような話が?
菅野 彼は彼なりの悩みがあって。FAの選手、しかもトレードという形。「スガノの場合は期限が定まってるから、はっきり可否がわかる」と。
中川 逆にアレナド選手にとっては、答えがいつ出るのか、どう出てくるのか、まったく見えない。ひたすら待つだけ。
菅野 そう。アレナドとしては、「俺は俺でそういうつらさがあるんだよ」と。
中川 メジャー関連でいえば、田中将大投手が楽天に復帰しました。菅野投手は率直にどう思われましたか?
菅野 田中さんは、メジャーで6年連続2桁勝利。並たいていのことじゃないです。十分評価されるべきプレーヤーだと思います。ですから、日本への復帰については相当いろいろと考えたのだろうなとお察しします。
僕たち、ひいては日本プロ野球界はこれで大いに盛り上がるだろうし、注目もされるでしょう。でも田中さんの立場になって考えると、ただ単に復帰がうれしいとは言っちゃいけないと僕は思うんです。
中川 実際にメジャーの市場の厳しさを知ったからこそ、そのように考えるわけですね。
菅野 そうですね。
中川 今年順調にいけば、海外FA権を取得される予定ですが、こうして初めての移籍交渉を経験されてみて、メジャーへの挑戦ということに、気持ちの上での変化はありますか?
菅野 まったくないです。よほどのことがないかぎり、挑戦したいと考えてます。もう一度、メジャーには。
■今年掲げた意識改革と桑田コーチ加入の意味
中川 巨人残留を決断されましたが、日本での戦いとなると、さらに追われる立場になりますよね。そのための新たなテーマはありますか?
菅野 よりシンプルにピッチングしたいというのがあります。自分の頭の中には、常に防御率というものがあって。すごく大事な数字なんですよ。絶対にまぐれでは取れない、100パーセント正確な数値。最多勝とか勝ちっていうのは、まぐれというか、幸運もからんだりします。1年だけ最多勝とか。でも、防御率はそうはいかないものです。
中川 絶えず頭の中で計算をしてきたわけですか?
菅野 そう。マウンドで、「ここは1点取られてもいい場面だけど、防御率上がっちゃうな」とか。これまではそれで球数が多くなったり、ちょっと難しく考えてしまっていたんですよね。だから、今年は防御率にとらわれず、ソロホームランをここで一発食らってもいいぐらいの、思い切った勝負をしたいんです。もっとシンプルでいいんじゃないか、と。
中川 思い切った意識改革ですね。
菅野 ええ。でも、そうすることで、おのずと防御率も良くなっていくんじゃないかと思うんです。だいたい投球割合からすると、ストレート、ツーシームの割合は、去年けっこう低くて50%を切ってしまった。やっぱり"速い系"のボールの割合を増やしたいんですよ。60%とはいかないにしても、55%ぐらいは維持したいと思っていて。
そのためには、ストレートの根本的なスピード、キレもそうですが、そういうのも上げたい。いや、上がるはずです。
中川 意識の変化については、今年から加わった桑田真澄投手チーフコーチ補佐の影響もあるのでしょうか? 菅野投手は、桑田コーチの加入をどうとらえていますか?
菅野 本当に心強いですね。かつての斎藤雅樹1軍投手コーチのように、ビシッと厳しく指導される方とはまた違った鋭さが、桑田コーチにはある気がします。あれだけ外から野球を見てきて、大学院に行って、動作解析とか、そういった勉強もされてきた。アカデミックな知識を有する方が加入されるというのは、たぶんピッチングコーチとしては初めてのことじゃないかと思うんです。
中川 報道によると、すでに意見交換もされているようですが、具体的にはどのようなやりとりをされましたか?
菅野 個人的なことよりも、「チームの若手に対してどのように思ってますか」って、聞きました。返ってきた答えはずばり「練習量が足りないんじゃないかな。質も含めて」と。僕ら(ベテラン中心の)S(スペシャル)班という枠組みでやってる選手はそれでいいかもしれないけど、若手はどうかなって。
とにもかくにも、"マウンドを制すべし"とおっしゃるんですよね、桑田コーチは。ずっとホワイトボードにも書いたままになってましたけど、結局、マウンドで役に立たなかったら意味ないでしょうと。桑田コーチが長年培ってきたコツとか、知識、経験をどんどん浸透させてもらえれば、ピッチャー陣としては相当いい方向に向くはずです。
中川 やっぱり日本一を奪還するには、そういう見直しが必要ということですね。桑田コーチからは、「先発は135球、完投を目指してほしい」という報道も出ていましたが、菅野投手はどのように考えていますか?
菅野 桑田コーチがおっしゃっていることは、それはそれで一理あるとは思います。135球というキーワードの裏には、次の先発まで中6日あるんだから、もっと球数を多く、長いイニングを投げろということなんでしょう。
一方で、僕としては......135球、うーん、単純に1イニング15球の計算ですよね。うちのチームでいうと、今村(信貴投手)や田口(麗斗[かずと]投手)らが135球を投げ込むというのは、試合状況としてはあまりいいとは思えないんですよね。(※この取材は2月3日に行なわれました)
やっぱり最大の目的は勝利すること。単に135球という数字がひとり歩きするだとか、球数に固執しすぎるのは結果的に、勝ちから遠ざかってしまうような気がします。桑田コーチも、それは本意じゃないでしょう。
■一生で、最初で最後の舞台に立ってみたい
中川 今年2021年といえば、東京五輪です。開催の可否については、いろいろと議論が交わされていますが、常々、菅野投手は五輪出場への思いを口にされてきました。
菅野 率直に言って、やっぱり出たいという思いはあります。一生で、最初で最後のチャンスですから。もっと言ってしまえば、メジャーに挑戦して、もし契約が成立していたら五輪出場のチャンスはなかったでしょう。
メジャー挑戦はいったんお預けという形になり、今シーズンは巨人にとどまり、プレーさせていただくというところでは、五輪出場の機会ももらうことができたとも思っています。ある意味、運命だと感じて、ひとつの目標として頑張りたいですね。
中川 2019年は腰痛の悪化によりWBSCプレミア12出場を辞退という出来事もありました。その経験から、世界と戦う日本代表としての強い思いがあるのでしょうか?
菅野 代表への思いというのも大事なことなんですけど、そもそもそういった大舞台で投げる経験というのが自分にとってはものすごく大きいんです。振り返ってみれば、2015年のプレミア12であったり、2017年のWBCであったり、今になってみると、世界のあらゆる国々と対峙してきたことは確実に自分の成長へとつながりました。
この先、あのプレッシャーのなかでやれといわれたら、できれば避けたいところではありますが(笑)、五輪に関しては、話はまったく別です。ぜひとも出たいです。
■常に頭の片隅には「対パ・リーグ」
中川 あらためて、今年はどんなシーズンにしていきたいですか? ここで再度、去年の開幕戦を振り返りたいと思いますが、阪神相手に見事な逆転勝利でした。あの試合で一気に弾みがついたのではないかと思うのですが、菅野投手の中では、どんな形でイメージされていますか?
菅野 正直、初戦については情けない投球内容でした。とられてしまった2点は、相手ピッチャーの西投手によるタイムリーヒットと、ソロホームラン。チームとしては完全に負ける流れでした。でも、そこには自分なりのストーリーがありまして。自分の中で、何かを取り戻したいという気持ちがあったんです。
2019年は、ケガをしたこともあり、不本意なシーズンでした。だからなおのこと、取り戻したいという意識が強くあった。開幕の阪神戦では、6回2失点した時点で宮本投手チーフコーチから、「次の7回、どうする?」と聞かれたんです。
従来の僕であれば、意地を張って「いきます!」と向かっていって、それが裏目に出てしまい、やられるパターンがけっこうありました。だから、改善策として、2020年の開幕から数試合はあらかじめ投球数を定めて、6回に降板というレギュレーションを決めていたんです。でも結果は2失点。これでは何も得られなくて、成長できないままだと。
中川 そのとき、宮本コーチとはどのようなやりとりをされたのですか?
菅野 宮本コーチからは、「代わろう」と。その時点で100球超えていたと思うんです。でも、ここで降りたら何も残らない。新たに決めた規定に逆らうことになってしまったけど、そのまま踏みとどまって7回表も投げました。結果は3者凡退。
その裏、吉川(尚輝内野手)が逆転の2ランホームランを打ってくれたおかげで、チームは勝ちました。自分の中では、非常に意義のある続投になったんです。
中川 それがきっかけとなって、躍進につながったというわけですね。今年の照準はやはり、"日本一"ですか?
菅野 そうですね、やっぱり、去年の日本シリーズでの悔しさ(*福岡ソフトバンクホークスが4勝0敗で日本一)というのは、全然忘れてないです。それは当然、巨人ファンの皆さんも忘れてないでしょう。
でも、今のままでは、また同じことの繰り返しだと思います。何かを変えないといけない。日本一に返り咲くためには何が必要なのか。その何かというのは、開幕前の現段階では具体的に答えは出てないですけど、ずっと模索し続けているところです。
中川 差し支えなければ、今、考えていることを聞かせていただけますか? 自分はこうやってリーグ優勝を、そして日本一を獲(と)りにいくんだというプランがあれば、ぜひお聞きしたいです。
菅野 まずはセ・リーグで優勝。これは絶対にそうしなければなりませんが、その先を見据えて、常に頭の片隅には、対パ・リーグという意識を置いています。マウンドで投げているときでも、「あ、今みたいな球であれば、柳田(悠岐[ゆうき]外野手・福岡ソフトバンクホークス)さんだったら打たれてたかなとか、山川(穂高[ほたか]内野手・埼玉西武ライオンズ)さんだったら、ホームランを打たれてしまっていたかな」とか。
中川 常日頃から逐一シミュレーションをされているんですね!
菅野 ちっちゃなことかもしれませんが、そうやって意識しながら日々プレーすることが、大事なのではないかと思ってます。まずは直近、交流戦があるので、そこで優勝を果たせば、間違いなくパ・リーグの球団としっかり戦える力がついたといえるんじゃないかと。そこから地固めしていきたいですね。
●菅野智之(すがの・ともゆき)
1989年10月11日生まれ、神奈川県出身。身長186㎝。投手、右投げ右打ち。2012年、東海大学よりドラフト1位で巨人へ入団。最優秀選手(2014、2020年)、沢村栄治賞(2017、2018年)など受賞多数。昨シーズンは開幕より13連勝を果たし、14勝2敗、防御率1.97。勝率第一位投手賞、最多勝利投手賞に輝く
●中川絵美里(なかがわ・えみり)
1995年3月17日生まれ、静岡県出身。フリーキャスター。2017年より『Jリーグタイム』(NHK BS1)のキャスターを務め、同年4月から情報番組『Oha!4 NEWS LIVE』(日本テレビ系)にてスポーツキャスターも担当
スタイリング/武久真理江(中川) ヘア&メイク/石岡悠希(中川) 衣装協力/smeralda ORIHICA