レジェンド棋士・加藤一二三さんは、熱狂的マドリディスタだった!

5月17日時点でラ・リーガ2位につけ、熾烈な優勝争いを繰り広げるレアル・マドリード。そんな"常勝軍団"を愛してやまない意外な人物が"将棋界のレジェンド"加藤一二三(ひふみ)さんだ。17年来のレアル愛、サッカーと将棋の共通点、勝負師としての心得など、"ひふみん節"が炸裂!

■「2-0は危険」は将棋でも一緒

――加藤さんはサッカー番組に出演されたり、ご自身のツイッターでサッカー愛を発信されたりしていますが、そもそも好きになったきっかけはなんだったんでしょうか?

加藤 サッカーを初めて見たのは30代の頃でしたかね。旧国立競技場で日本人同士の試合だったと記憶しています。相手ゴール間近に迫ったチームがなかなか得点できず、逆に反撃を食らいましてね。さっきまで攻めていたチームがボールを奪われて、急いで自陣に帰って守るというプレーを見て、非常に将棋と似ているなと思ったんです。

将棋は一方的に攻めて先行逃げ切りで勝つこともごくたまにあるんですが、基本的には攻めと守りの繰り返し。受けに回る場面で、相手の攻めを受け切ってリードを守り切れれば勝てるのが将棋です。サッカーもそうですよね。この点において、実に似ているなと感じた次第です。

――なるほど。サッカーも将棋も目まぐるしく攻守が切り替わりますもんね。

加藤 私はテレビでサッカーを見るのも大好きですが、ある国際大会で日本のチームがかなり攻め込んでいたのに、なかなか点が入らなかったときがあったんですよ。解説者は「これは大接戦ですね」と言っていましたが、私に言わせればね、相手ゴール間近まで何度も攻めているのに点が取れないのは、むしろ極めてまずいと感じたわけですよ。

確かにゴールには迫っているけど、最後まで崩し切れないというのは、いってみれば、攻め方に難があるわけです。もちろん将棋だって、素晴らしい攻めを見せて華麗に勝つのが理想ですけど、なかなかそういうわけにはいかないですからね。そこはサッカーも同じだなと素人ながらに見ていて思うんですよ。

――サッカーでは「2-0は危険なスコア」といわれますが、その点も将棋と似ているとお考えなんですよね?

加藤 ええ、ええ。将棋も大きくリードしていて優勢だと、ちょっと攻め方を緩めても勝てるんじゃないかと思いがちですけど、そこからガタガタッと崩れてしまうことが多いですね。勝負の世界というのは何事もギリギリの手というのがいいんです。

■イルハンに魅せられ、ベッカムの虜に

――加藤さんは2002年の日韓W杯を熱心に見られたそうですね。

加藤 ええ、非常に楽しく見た記憶がありますね。実は大会の直前に家族旅行でトルコに行ったんですよ。旅行帰りということもあって、W杯が始まるとトルコ代表を熱心に追いかけて見ました。当時はイルハン(・マンスズ)という選手が人気でしてね。イルハンに魅せられて、家族みんなでトルコを応援していたんです。

2002年日韓W杯で脚光を浴びたイルハン。大会直前にトルコへ家族旅行に出かけた影響でトルコ代表を応援していたという

――まさか、あの"イルハンブーム"に乗られていたとは!

加藤さんは昨年7月、34回目のラ・リーガ優勝を決めたレアル・マドリードに対して、「ひふみんレアル・マドリードファンなので超うれしい! おめでとうございます」とツイッターで祝福し、話題になりましたよね。"マドリディスタ"を公言されていますが、いつからお好きなんですか?

加藤 これはもうハッキリと覚えていますけど、2004年です。調布の味の素スタジアムでレアル・マドリードが東京ヴェルディと親善試合をしたんですよ。あの試合を家族で見に行きました。そのときのレアルがなんとも豪華なメンバーでしてねえ。

――"銀河系軍団"の絶頂期ですね。ラウル、ジダン、フィーゴ、ロベルト・カルロス、ロナウド、ベッカムとスーパースターが勢ぞろいでした。

加藤 そのなかでも私が一番印象に残ったのはベッカムなんですよ。ロングパスをこの目で見ましたけど、もう非常に感動いたしました。生で見たベッカムはですね、さすがにオーラがあるといいますか。

ほかにもスター選手がズラーッといたんですけど、やっぱりベッカムがひときわ光を放っておりました。生でレアルの試合を見て、それで一気に好きになりましたね。

2004年、東京・調布で行なわれたレアルvs東京ヴェルディの一戦を生観戦。スター軍団の中でもベッカムはひときわ輝いていたという

■手堅くて着実。レアルは「矢倉」である

――ベッカムの虜(とりこ)になったことをきっかけに、サッカーの試合をスタジアムで観戦する機会も増えたそうですね。

加藤 日産スタジアム(横浜国際総合競技場)で行なわれたクラブワールドカップの試合も何度も見に行っています。海外のチームの試合を見るのが好きなんですよ。試合の切符を買うために、朝7時から吉祥寺のチケットぴあの行列に自分で並びまして、見事買うことができました。

――予選と決勝の試合を、メインスタンドで一番ピッチに近いカテゴリー1の座席でご覧になったとか。

加藤 レアルの試合ぶりを見ていて、「レアルは将棋でいう矢倉(やぐら)みたいな戦い方をするな」と感じたんですね、ええ。2人か3人でパスをつないでいって最後の選手がゴール目がけて攻めていくというシーンをたびたび見ましてね。これがレアル流の定跡かなと思った次第です。ものすごく手堅くて着実だなと思いました。

日本で開催された2016年のクラブワールドカップで優勝したレアル。加藤さんはスタンドで熱視線を注いだ

――レアル・マドリードは誰もが"世界一のクラブ"と認める存在ですが、加藤さんも将棋史にその名を刻むレジェンド棋士。シンパシーを感じたりしますか?

加藤 ええ、まあ、そうですね。気持ちの持ち方は似ているかもしれませんね。私の場合は長い長い孤独な戦いが63年続いたわけですけど、どんな対局の前夜も「負けたらどうしよう」と思ったことは一度もないんですよ。

もちろんね、結果として負けることもありましたけど、戦う前は常に勝つ気でいましたから。盤の前に座ったら、全力投球でベストを尽くして戦うということをしておりました。ある意味、勝負師として、勝ち負けのある世界には向いていたのかなと思いますね。

――サッカーの世界でよくいわれる、「勝者のメンタリティ」というやつですね。

加藤 そうです、そうです。私は42歳で名人になったんですけど、そのときに常に心に留めていたのが、「勇気を持って戦え。相手の面前で弱気を出すな。慌てないで落ち着いて戦え」という言葉でしてね。これ、旧約聖書の言葉なんです。

中原(誠)名人(当時)と最終決戦を戦ったんですけど、対局の少し前、枕元に置いてあった聖書をパラパラとめくっていたら、目に入ってきたんです。何度も何度もこの心得を胸に刻んで戦い抜き、95%負けてもおかしくない形勢から大逆転勝ちして名人になりました。

私に限らずですけど、長い勝負をしていると、ほとんど勝ち目のない劣勢から大逆転することがあるんです。特に大きな舞台で起こりますね。AIだと逆転はまず起きないし、こういうのがやっぱり人間らしい。まさに人生そのものなんですよ。

■"ひふみん監督"、遠慮せずやります

――ちなみに、サッカーでは監督が選手を駒のように動かして戦いますが、加藤さんはサッカーの監督をやってみたいと思ったりしますか?

加藤 あっ、それは初めて質問されましたね。うん、でも監督やってみたいと思います。以前、ベートーベンの『運命』という曲でオーケストラを指揮したことがあるんですよ。その経験がありますからね、サッカーの監督もはっきり言って遠慮しません。お話があれば、やらせていただきます。

――"ひふみん監督"、見てみたいです! サッカー関係者の皆さまよろしくお願いします。

加藤 これは余談ですがね、私たち将棋連盟には草サッカーチームがありましてね。かつて、クラシックの世界で超有名なウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が来日したとき、演奏会の合間に親善試合をしたことがあったんです。

試合後の打ち上げの席で、「加藤さんはモーツァルトの『レクイエム』を聴きながら名人になった」という話が出たところ、ウィーン・フィルの団員たちは「私たちはモーツァルトの『レクイエム』をそのようには聴かないです。加藤さんは天才ですね!」と言ったそうです。あれはうれしかったですね(笑)。

――将棋連盟の草サッカーチームのお話、またあらためて詳しく聞かせてください!(笑)

加藤 そうですね、またお話しします。

――最後に、2年連続のラ・リーガ優勝に向けて佳境に入ったレアル・マドリードにひと言お願いします。

加藤 ええ、もう私はレアルが大好きですからね。非常に応援しております。勝ってほしいです。また日本に来てもらってですね、レアルの試合をもう一度、スタジアムで見たいなとも思っております。

●加藤一二三(かとう・ひふみ)
1940年1月1日生まれ、福岡県出身。史上初の中学生棋士となり、「神武以来の天才」と称されたレジェンド。最年長勝利記録、史上最多対局数、史上最多敗北数など、数々の偉業を成し遂げた。