開幕3連敗を喫していたアーセナルは、冨安の加入後に無失点で連勝。デビュー前、現地では獲得に懐疑的な声もあったようだが、数試合でその評価を覆した 開幕3連敗を喫していたアーセナルは、冨安の加入後に無失点で連勝。デビュー前、現地では獲得に懐疑的な声もあったようだが、数試合でその評価を覆した

日本代表DF冨安健洋が、イングランド・プレミアリーグの名門、アーセナルの救世主となりつつある。

1886年に創設されたアーセナルはロンドンを代表するクラブのひとつだ。国内リーグ優勝回数は13を数え、マンチェスター・ユナイテッド、リヴァプールに次ぐ3位。1990年代後半からは智将アーセン・ベンゲルに率いられ、2000年代前半までユナイテッドと激しく首位を争い、03-04シーズンにはプレミアリーグを無敗で制した。

しかし2000年代後半に入ると、他クラブの台頭もあり、徐々にリーグの覇権争いから遠のき始める。18年にベンゲル監督が"長期政権"に終止符を打ってからはさらに低迷し、咋シーズンはリーグ8位と苦戦。クラブOBのミケル・アルテタ現監督への重圧も高まっている。

迎えた今季、オフに複数の即戦力を獲得して復活を期したものの、開幕3連敗。推定5000万英ポンド(約76億円)を投じてCB(センターバック)ベン・ホワイトを加えながら守備陣は崩壊し、計9失点を喫した。逆に得点はゼロで、まさかの最下位。AFP通信の調べによると、9失点・3連敗での最下位は、クラブ史上最悪のスタートだという。

その後、8月31日に推定2000万ユーロ(約26億円)の移籍金でイタリア・セリエAのボローニャから冨安が加入。代表戦ウイーク明けの9月11日のリーグ第4節、ノリッジ戦に右SB(サイドバック)で初先発して63分までプレーし、1-0の勝利に貢献した。

デビュー戦にもかかわらず、プレミアリーグのスピードやパワーにひるむことなく、堂々たるディフェンスで右サイドに鍵をかけ、攻撃の際には惜しいボレーシュートを放っている。

続く第5節バーンリー戦も同じく4バックの右で先発し、フル出場して1-0の連勝に寄与した。データサイト『オプタ』によると、この試合で冨安はチーム最多のボールタッチ数を記録し、地上でも空中でもデュエル(1対1)のすべてに勝利。新守護神アーロン・ラムズデール、復帰したCBガブリエルと共に、冨安はチームを激変させる役割を果たしている。

福岡県出身の22歳の新顔について、フットボール発祥地の英国メディアも、上々の評価を与えている。1827年に創刊された「イブニング・スタンダード」紙の電子版は、ノリッジ戦での冨安のプレーに、10点中7点と評価し、「この日本代表にとっていいスタートに。彼の攻め上がりは(敵の)脅威になりそうだ」と記した。

バーンリー戦ではさらに評価が高まり、「これが2試合目とは思えないほど、力強いパフォーマンス。バーンリーの直線的なアプローチにも対処した」とたたえ、8点をつけている。

アルテタ監督も、バーンリー戦前の記者会見で「冨安はチームの悪い流れを変えうる存在か」と問われ、「イエス」と答えている。

「トミは特大のポテンシャルを備えた選手だ。実のところ、彼を獲得できるとは思っていなかったが、可能性が見えたところでクラブがすぐに動いてくれた。彼がここにいてくれて本当にうれしい。

彼は誠実で裏表がなく、すがすがしい青年だ。ピッチに立てば完全に集中し、すべてのボールに食らいつく。その存在感だけで、周りに落ち着きを与えているほどだ」

プレミアリーグにデビューして早々、手放しで称賛されている冨安は、アビスパ福岡(当時J2)に在籍していた16歳のときにJリーグデビュー。当時の福岡を率いていた元日本代表DF井原正巳の下で、守備のイロハを学んだ。

18年1月には19歳でベルギーのシント=トロイデンに移り、同年10月に日本代表戦に初出場。19年2月にはアジア杯準優勝を主力として経験し、以降はずっと代表のレギュラーを務めている。

その年の夏にセリエAのボローニャへ渡って"守備の国"イタリアで研鑽(けんさん)を積み、シニシャ・ミハイロビッチ監督からはSBでも起用されるようになった。これらはすべて、現在の活躍につながっている。

英国は労働許可証の基準が厳しく、日本人選手なら、過去2年の代表戦に6割以上出場していなければならない。この条項により、これまでも多くの選手がプレミアリーグへの挑戦を妨げられてきたが、冨安は難なくクリア。また、主戦場はディフェンスの中央ながら右SBにも対応できる汎用性は、アルテタ監督が「彼を獲得した理由のひとつ」に挙げている。

実際、昨季の右SBのレギュラーだった選手がローンで移籍したこともあり、大きな強化ポイントになっていたのだ。それにしても、ここまですんなりとはまるとは......。見事のひと言に尽きる。

世界随一のプレミアリーグには、攻撃のスター選手がずらりとそろう。冨安はそんな相手を阻まなければならない。その筆頭は、ユナイテッドのクリスティアーノ・ロナウドだ。ユベントスから12年ぶりに古巣へ復帰した36歳のポルトガル代表は、年齢をまったく感じさせず、加入後3試合で4得点を挙げている。

イングランド史上最高の移籍金でシティに移ったグリーリッシュ。すでに多くのチャンスをつくり、自身もゴールを決め、サポーターを沸かせている イングランド史上最高の移籍金でシティに移ったグリーリッシュ。すでに多くのチャンスをつくり、自身もゴールを決め、サポーターを沸かせている

また、マンチェスター・シティの新戦力、ジャック・グリーリッシュも要注意。彼が少年時代から過ごした前所属先のアストン・ヴィラに、シティが支払った移籍金はイングランド史上最高額の1億ポンド(約151億円)。昨年9月にファン待望の代表デビューを果たした26歳は、類いまれな創造性とスキルを持つアタッカーだ。

ただ、188cmの上背と抜群のスピード、優れた守備技術を備える冨安なら、どんな相手でも止められそうだ。そして自らも攻め上がり、ネットを揺らす日も遠くないだろう。