阿部勇樹について語った宮澤ミシェル
サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第230回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したことや、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは、阿部勇樹について。今シーズンをもって現役を引退し、指導者の道を志すと表明した阿部勇樹。そんな阿部の思い出を宮澤ミシェルが振り返る。

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最後の花道が天皇杯決勝になるんだから、阿部勇樹という選手はやっぱり"持ってる"よね。

浦和レッズが12月12日の天皇杯準決勝でセレッソ大阪に2-0で勝利し、3年ぶり決勝に駒を進めた。阿部はベンチ外だったけど、今季限りで浦和を退団する宇賀神友弥が先制弾を決めて、槙野智章も終盤に途中出場して勝利に貢献した。

サッカー選手は目の前のひとつのプレーに全力で取り組んで、その積み重ねた結果が自分のため、チームのため、サポーターのためになるんだけど、阿部、槙野、宇賀神の功労者3選手が退団する状況にあっては情緒的にとらえちゃうよね。

『天皇杯を掲げてもらって花道を飾らせたい』。そんな思いがチームメートにあったんじゃないかってね。

阿部は今年のチームキャプテンで、天皇杯決勝が現役最後の試合だから、ベンチ入りはさせてほしいいね。試合展開に余裕があればピッチに立たせてあげたい。それが叶わなくてもベンチにいれば最後のホイッスルが響いたときに、チームメートと歓喜の輪を一緒につくれるからね。

すべては試合展開次第だけど、浦和のリカルド・ロドリゲス監督はそうした配慮ができそうな気がするんだよな。どうだろう? そこも含めて12月19日(日)の大分トリニータとの天皇杯決勝戦が楽しみだよ。

それにしても阿部がもう40歳だっていうんだから、月日の流れは恐ろしいよ。

ジェフユナイテッド市原(現・千葉)OBの私としては、ジェフ・ユース出身の阿部はいくつになっても、ずっと若い頃のイメージが強くあるんだよね。

私はジェフで32歳だった1995年に現役引退したけれど、その頃すでにユースには将来嘱望される選手がいるって聞いていたんだよね。ただ、それが3年後の1998年に当時の最年少記録の16歳333日でJリーグデビューする阿部のことだったかはわからないんだけどさ(笑)。

なにせ当時のジェフユースにはその後にプロで活躍した選手が多くいたんだよ。それこそ阿部より少し上には、1996年にJリーグ史上初の高校生Jリーガーになった山口智がいて、ワールドユース準優勝メンバーの酒井友之だとか、元日本代表の村井慎二だとかもいた。阿部の同学年には佐藤寿人・勇人がいるんだから、いま振り返ればダイヤの原石ばかりだったわけ。

あの頃のジェフで若い選手たちを指導していたのは、岡田武史さんだった覚えがあるんだよね。阿部がユースに入ってからも、まだ岡田さんだったんじゃないかな? そのふたりが2010年W杯で監督と選手として一緒に戦うわけだから、不思議なものだよな。

私が阿部のことを一番よく見たのは、ジェフの監督にイビチャ・オシムさんが就任してからだよね。オシム監督の指導がおもしろくて、時間を見つけては試合はもちろん、練習にも足を運んだ。古巣ってのはそういう時はいいもので、ほかの人が入れないところにも入れてくれたりしてさ。

21歳だった阿部はオシム監督にキャプテンを任されて四苦八苦しながら成長したよね。試合に出るメンバーをオシム監督が決めるけど、各選手のポジションは阿部に任せたりしてさ。最終チェックはオシム監督がして修正するんだけど、現役ながらそれを任されるなんて貴重な経験になったんじゃないかな。

オシム監督だからできたというのもあるけど、もしかしたら当時オシム監督はすでに阿部の指導者としての才覚を見抜いていたのかもしれないよね。『オシム監督なら』って思わせるものが、あの人にはあるんだよな。

阿部のその後のキャリアも、いまとなっては指導者になるために歩んだ道のように思えるんだよな。2007年に浦和へ移籍して、2010年W杯後にはイングランド2部だったレスターで海外でプレーし、2012年から再び浦和に復帰した。

浦和ではホルガー・オジェック、ゲルト・エンゲルス、フォルカー・フィンケ、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現・札幌監督)や日本人監督などと働き、レスターではパウロ・ソウザやスベン=ゴラン・エリクソンのもとでプレーした。この経験は今後、指導者になったときに必ず生きるはずだよ。

ただ、まだ現役選手だから、最後はしっかりプレーする姿を見せてもらいたいね。できればフリーキックを蹴るところが見たいよ。阿部といえば、最初に名前を売ったのはFKで、『和製ベッカム』なんて言われたりしたくらいだからね。

浦和に移籍してから「ほかに上手い選手がいますから」と、あまり蹴らなくなったけど、いまだって一級品だよ。今シーズンも第13節のベガルタ仙台戦で直接FKからゴールネットを揺らしてるくらいだからさ。

まだまだ来季も現役としてプレーできる力はあると思うんだ。でも、次の道のためにひとまずピリオドを打つことにした阿部が、チームメートがつくってくれた天皇杯決勝という最後の花道をどう歩むのか。12月19日はそこをしっかり目に焼き付けたいね。

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