W杯で使用される会場のひとつ「スタジアム974」には各言語のあいさつが書かれたコンテナが。コンテナは建築資材としても使われた W杯で使用される会場のひとつ「スタジアム974」には各言語のあいさつが書かれたコンテナが。コンテナは建築資材としても使われた

「2022年W杯カタール大会の開催に伴い、プレ大会としてアラブカップが開催されます」

そんなメールをFIFA(国際サッカー連盟)から受け取ったのは、昨年の10月末のことだった。アラブカップとは、アラブ諸国が参加する国際大会(本戦は16チームで争う)。コロナ禍のため欧州全土で取材が制限され、ドイツ在住の写真家である私はまともにサッカーが撮れなくなっていたこともあり、朗報だった。

個人的にカタールでのW杯開催には反対の立場だが、それでもサッカーが撮りたい。複雑な気持ちでベルリンを旅立ち、約6時間後、ハマド国際空港に降り立った。

新型コロナウイルスの感染拡大を徹底管理しているカタールでは、入国次第、コロナ・トラッキングアプリ『Ehteraz』をスマホにインストールすることが義務づけられている。このアプリでは外出可能か否かが表示され、地下鉄やレストラン、スタジアムなど各所で見せなければ中に入ることはできない。

カタールでは21年12月14日時点で国民の77%がワクチン接種完了者で、室内でもほとんどの人がマスクを着けている。スタジアム内での撮影中もマスク着用は必須だ。 

カタールに到着した翌日は取材に備え、プレスパスの手続きや入国24時間後のコロナ簡易テストなどで市内を回る必要があり地下鉄に乗った。地下鉄は19年に完成したばかりで、私が持っていたイメージとはかけ離れていた。

欧米各国では古びた車両が少なくないが、カタールでは広く清潔感が漂い、銀座のブティックを連想させる。特に高級車両の「ゴールドクラブ」は、新幹線をはるかにアップグレードしたような豪華さだ。もっとも、車両には誰ひとり乗っていなかったが......。

カタール市内は至る所で工事が行なわれていた。労働環境はよくなさそうだが、近隣の国からの出稼ぎ労働者が絶えないという カタール市内は至る所で工事が行なわれていた。労働環境はよくなさそうだが、近隣の国からの出稼ぎ労働者が絶えないという

ドーハ市内でまず驚かされたのは、歩行者の足の踏み場もないくらいの建設ラッシュだったこと。暑さのため車での移動が多い国だが、なぜか歩道がすべて工事中。

仕方なく車道を進むと、脇を通る車はスピードを下げずに猛スピードで突っ走る。そこを命がけで歩くが、舞い散る埃(ほこり)に視界が奪われてまったく面白くない。歩くという行為自体がバカバカしくなってくる。

カタールの人口は約288万人で、そのうち移民が9割を占める。これまで約1万5000人がスタジアム建設関連の事故で亡くなっているが、出稼ぎに来る人は後を絶たないという。就労ビザの取得が比較的簡単だからだ。

過酷な労働環境にもかかわらず、給料が自国より高いからインドやパキスタンなどからやって来る。汗と砂ぼこりにまみれた移民たちを横目にカタール人たちが高級車をさっそうと飛ばしていくさまに、グローバルで進む"格差社会"を感じた。

新設された各スタジアムは芝もきれい。ピッチの脇には、暑熱対策としてエアコンが設置されているが、「冷えすぎる」という声も 新設された各スタジアムは芝もきれい。ピッチの脇には、暑熱対策としてエアコンが設置されているが、「冷えすぎる」という声も

今年の11月21日に開幕するカタールW杯は、22回目にして大会史上初の冬季開催となる。

「夏は60℃近くになるから」

スリランカから出稼ぎに来ているウーバーのタクシー運転手が言った。60℃は大げさだが、夏の平均最高気温は40℃以上。スタジアム内はそれより暑くなるため、FIFAは冬季開催に踏み切った。死者を出さないためだ。

今回のアラブカップは決勝トーナメント以降、試合開始は午後6時か午後10時。スタジアムが海に面していることもあり、肌寒いぐらいだ。

カタールがW杯を招致した当初、スタジアムにエアコンをつけると聞いたときは冗談かと思ったが、本当にスタンド下部に設置されていた。

11年11月に日本代表がジャシム・ビン・ハマド・スタジアムで合宿した際、冷房が効いたピッチ上は気温約16℃だったと報じられたが、写真を撮っていると凍えるくらいに感じられる。いきなり真冬のドイツのスタジアムに転送されたかと思うほど。

決勝の試合と、カタール代表の試合があるときは満員だったが、それ以外では閑散。カタールのサポーターも応援はぎこちない 決勝の試合と、カタール代表の試合があるときは満員だったが、それ以外では閑散。カタールのサポーターも応援はぎこちない

今回のアラブカップには、欧州クラブで活躍している選手はひとりも出場せず、正直に言ってカタール以外のチームは"2軍"だった。

カタール対UAEの準々決勝は、6万3000人が訪れてスタジアムは満員だったが、それ以外の試合では空席が目立った。カタールではコロナ禍による制限はないので、単純に人気がないのだろう。今年の本番でも、開催国が早々と負けると、閑古鳥(かんこどり)が鳴く試合ばかりになる可能性もある。

昔からサッカーが人気の北アフリカ各国のファンは、応援の仕方が様になっていた。一方、カタールのファンは娯楽に慣れていないのか、演劇を見ているかのように静かにしていた。私設応援団らしき人たちが盛り上げようと頑張るも、観客がそのノリについていけずいまひとつ盛り上がりに欠けた。

カタールにもサッカーの自国リーグはあるが、移民が国民の9割を占めるかの国の人気スポーツはクリケットだ。移民の多数がインドやパキスタンといった旧英国領植民地から来ており、彼らはサッカーに興味がない。日が落ちてくるタイミングを見計らって、更地で草クリケットが盛んに行なわれていた。

今年のW杯会場となる8つのスタジアムのうち、すでに7つが完成している。地下鉄の駅に隣接しているものもあるが、半分以上は最寄りの駅からスタジアムまでシャトルバスで行く。イタリア人記者によると、シャトルバスの本数は試合によって変わり、カタールが絡む試合では圧倒的に多くなるという。

そして、ちょうどW杯決勝まで1年となる21年12月18日。カタール北部にあるアル・ホールという街のアル・バイト・スタジアムでアラブカップ決勝が行なわれ、アルジェリアがチュニジアを2-0で下した。

マンチェスター・シティのリヤド・マフレズ(アルジェリア代表)などの姿はなく、ハイレベルな試合ではなかったが、カタールの試合ではなくてもスタジアムは6万人の大観衆で埋め尽くされた。

本番に遠く及ばないレベルの今大会だったが、W杯を無事開催できるめどは立ったと思う。当地を訪れて久しぶりにサッカーの試合を撮影すると、W杯本番が待ち切れなくなってきた。