野杁正明(のいり・まさあき) 1993年5月11日生まれ、愛知県出身。身長175cm。高校1年でK-1甲子園2009を制し、翌年にプロデビュー。2016年8月以降は17勝1敗で、昨年9月に2階級制覇となるウェルター級王者に。プロでの戦績は46勝10敗22KO 野杁正明(のいり・まさあき) 1993年5月11日生まれ、愛知県出身。身長175cm。高校1年でK-1甲子園2009を制し、翌年にプロデビュー。2016年8月以降は17勝1敗で、昨年9月に2階級制覇となるウェルター級王者に。プロでの戦績は46勝10敗22KO

1月26日、都内で「K-1 AWARDS 2021」が開かれ、年間MVPに野杁正明(のいり・まさあき/K-1ジム相模大野KREST)が選ばれた。受賞後のコメントでは、武尊(たける)vs那須川天心(なすかわ・てんしん)が予定されている今年6月の大会に「出場したい」と発言するなど"主役食い"を狙っている。

野杁は、昨年9月のウェルター級王座決定トーナメントを3連続KO勝利で制し、第2代王者となった。圧倒的な強さで「国内に敵なし」ともいわれる"怪物"が次に見据えるものとは。

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■いじめられっ子からK-1最強の王者に

――昨年のトーナメントは、3選手をKOして優勝。強さを見せつけましたね。

野杁 大会前からずっと言っていたんですが、僕には「世界のトップでやってきた」という自負があった。だからあの8人(コロナ禍で外国人選手が少なかった)の中では、ずばぬけた強さを見せなければいけなかったので、実現できてよかったです。

――決勝の相手は、元スーパー・ライト級王者の安保瑠輝也(あんぽ・るきや)選手でした。強敵相手に3ラウンドで勝負を決めましたが、作戦どおりでしたか?

野杁 2ラウンドまでは安保選手の思うようにやらせて、3ラウンドで倒そうという感じでしたね。最初のダウンを奪った左ボディは得意技のひとつで、練習で角度やタイミングを少しずつ変えながら、自己流で模索して今の打ち方になりました。当然警戒されますから、それを当てるまでの"エサまき"も常にいい形を探っています。

――野杁選手は17年6月にスーパー・ライト級の王者になり、翌年8月にウェルター級に転向。この階級に完全にアジャストしましたか?

野杁 そうですね。ここ数年、フィジカルを鍛えるようになって体も大きくなりました。階級を上げるまでは「普段の練習でつく筋肉で十分」と考えていたんですが、ウェルター級で外国人選手相手に判定勝ちが続いたときに「この階級では通用しないんじゃないの?」と言われるようになったのが悔しくて。鍛えてKOを増やせば文句も言われないだろうと思ったんです。

ルーツは小学2年から始めた空手。多彩な蹴りはもちろん、「得意技」という左ボディなどパンチでも多くのダウンを奪ってきた ルーツは小学2年から始めた空手。多彩な蹴りはもちろん、「得意技」という左ボディなどパンチでも多くのダウンを奪ってきた

――それで見事、結果で黙らせたわけですね。

野杁 負けず嫌いなんですよ(笑)。昔は本当に泣き虫でしたけどね。僕は3人兄弟の末っ子で、よくけんかをしては、泣いて誰かに助けを求める子供でした。

小学2年で空手を始めたのも、いじめられているところを助けてくれた大石駿介さん(元プロキックボクサー)が道場主の息子だったのがきっかけですし。その頃の自分が、今の自分を見たら驚くでしょうね。

――中学2年でキックボクシングに転向するわけですが、プロを意識したのはいつ?

野杁 中学1年のときにK-1のトライアウトを受けさせてもらって、僕を含む4人が、まだプロにはなれないけど"特別合格"になったんです。そこで「将来、この道でやっていきたい」という気持ちが芽生えました。

■「僕に挑戦したいなら結果でアピールを」

インタビュー中は終始穏やかだったが、その言葉からは王者としてK-1を背負う覚悟が感じられた インタビュー中は終始穏やかだったが、その言葉からは王者としてK-1を背負う覚悟が感じられた

――09年には高校1年で「K-1甲子園」を制し、翌年にプロデビュー。当時の憧れの選手は誰でしたか?

野杁 やっぱり魔裟斗(まさと)さんですね。あとは、空手時代は足技が好きだったので、キックがすごかったブアカーオ(・ポー.プラムック)さんの試合もよく見ていました。

――魔裟斗さんからは、オランダの英雄である「アンディ・サワーみたい」とも言われていましたね。

野杁 高校3年の夏休みに、オランダのサワーさんのジムで練習させてもらえることがありました。サワーさん本人ともスパーしたりするなかで、ファイトスタイルがガラッと変わって。それまでは距離を取って蹴るスタイルだったのが、「これじゃいけない」と前に出るようになったんです。

その後も国内外さまざまな所に出稽古に行きましたが、「教えてもらったことを全部受け入れちゃうと、自分のよさもなくなってしまう」とも思い、見極めながら取り入れていきました。その姿勢は今でも変わりません。

――18年末から、現在のKREST所属となってからもスタイルは変わりましたか?

野杁 15年の試合中に、相手のヒザ蹴りで目尻をカットしてから、また"待ち"の姿勢になってしまって。でもKRESTでは、練習でも待っていたらやられてしまう。試合でガンガンいける選手ばかりで、練習でも同じ感じで攻められちゃうので僕も攻撃的なスタイルになりました。

昨年9月のトーナメントの3週間前に、左ふくらはぎを筋断裂。練習できない期間もあったが、結果は3連続KO勝利で圧巻の優勝 昨年9月のトーナメントの3週間前に、左ふくらはぎを筋断裂。練習できない期間もあったが、結果は3連続KO勝利で圧巻の優勝

――「倒して勝つ」ことへの意識は強い?

野杁 「倒してナンボ」の世界ですからね。判定勝ちでも喜んでくれる人はいるけど、多くのファンはやっぱりKOが見たいんじゃないですか。試合が判定で終わった後に会場がシーンとなっていると、毎回「またやってしまった......」となりますし(笑)。

――コロナ禍の状況次第ですが、今後の希望はトップレベルの外国人選手たちを入れたトーナメントですか?

野杁 それをやらないと、K-1が"世界をフィールドにする団体"と言えなくなってしまう。団体やベルトの価値を上げるためには、誰もが実力を認める外国人選手たちと、どんどんタイトルマッチやトーナメントをやって王座を防衛していくことが大事だと思っています。

――日本人選手から対戦要求があった場合は?

野杁 日本トーナメントなどをやって、そこで優勝した選手ならば、という感じです。国内の選手たちには(昨年のトーナメントで)そのくらいの差を見せつけたつもりですし、僕は世界で戦っていきたいので。

だから、簡単に「やりたい」と言われても応えられません。トップの外国人選手に勝つでもいいですけど、僕に挑戦したいなら、結果でアピールしてほしいですね。