「絶対大丈夫」を合言葉に、昨季、ヤクルトを20年ぶりの日本一へと導いた高津臣吾(たかつ・しんご)監督。しかし、当初の目標は最下位脱出で、監督自身も優勝できるとは思っていなかったという。
なぜ、ヤクルトは"奇跡"を起こせたのか? 投打の主役となった奥川恭伸、村上宗隆への思い、理想のチームづくり、そしてV2への誓いを江夏 豊(えなつ・ゆたか)氏と語る!
(この記事は、1月24日発売の『週刊プレイボーイ6号』に掲載されたものです)
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■奥川がほかのチームに行っていたら......
江夏 あらためて日本一、そして殿堂入り、おめでとう。
高津 ありがとうございます。
江夏 あなたが小学生のときか、広島で初めて会ったのは。それを考えたら本当に立派になったもんだ。しかし、優勝するとオフも違うだろ?
高津 全然違いますね、びっくりしました。こんなに忙しいのかと(笑)。
江夏 最下位から一躍、日本一になって、周りのあなたに対する目、チームに対する目はどう変わった?
高津 もう百八十度変わりましたね。チームに対しても、僕に対しても。江夏さんもそうだと思うんですけど、正直、僕自身も最下位から優勝できるとは思ってなくて。シーズンを通して、戦うごとに強くなっていったような感じがあります。だから、すごくいろんな見方をされていると思います。
江夏 相手が以前と違う接し方をしてきたら、あなた自身も変わるでしょ?
高津 そうですね。変わらなきゃいけないところと、継続していくべきところがあるので、そこを選手とコーチにはっきり示して2022年のシーズンに入っていかなきゃいけない、と思っています。
江夏 昨年、キャンプに入ったときは何を目標にした?
高津 まず、僕が監督になったとき(19年オフ)、球団からは「最下位を脱出してくれ」と言われました。もちろんその次にAクラス、常に優勝を狙えるチームづくり、ということを託されましたけど、1年目はうまくいかなくて2年連続最下位になりました。
それで昨年は「3年連続最下位だけはナシにしよう。脱出しよう」ということをチームの最低限の目標にしたんです。そのなかで思うようにいったこともたくさんありましたけど、それ以上にうまくいかなかったこともあって。最下位脱出は簡単ではなかったですね。
江夏 やっぱりそうか。
高津 ゼロからやり直さないといけないことがいろいろありましたので。
江夏 例えば選手の補強とか、どこを強化していくかとか、投げるほう、打つほう、どちらに重点を置いた? 当然、両方とは思うけど。
高津 戦力の補強はフロントの方にやっていただくということで、僕自身は2軍監督を3年間やったことがすごく心の中に残っていました。だから補強よりも育成だと。
これから5年後、10年後を見据えたときに、若い選手を育てていかないとチームが本当にどん底に落ちてしまうんじゃないかと思ったんです。1軍なので勝たなきゃいけないですけど、若い選手をどうやって育てるか、というところがすごく大きな課題でした。
江夏 そういう意味じゃ、打つほうでは村上(宗隆)、投げるほうでは奥川(恭伸)。代表的なふたりが育ったよね。
高津 はい。投打の若いふたりが、昨年はすごくいいシーズンになりました。でも3年後、5年後、果たして4番とエースとして活躍し続けられるか。そこはまだまだですね。
江夏 やっぱり不安かね。
高津 まだ1年活躍した、2年活躍した、というだけなので。そんなに甘いもんじゃないのかな、とは思います。
江夏 でも、村上はまだ21歳だけど、それこそ風格が出てきたよね。
高津 どっしり感はありますね。ちょっと4番らしくなってきたかな、と思います。
江夏 サードを守ってもなかなか味があるよ。けっこう難しい打球も簡単に捕ってるから。三遊間の打球でも、よく追っかけてるもんね。
高津 初めは目も当てられないような守備力でしたけど、だんだんと形になってきたかな、と思います。
江夏 奥川はどうかな?
高津 今年で3年目を迎えますが、20歳のレベルではないですね。もう何年もプロでやって、ずいぶんすごい数字を残してきたようなピッチャーに見えます。
江夏 奥川を獲(と)ったとき、小川(淳司)GMが「江夏さん、彼はすごいですよ!」と本当に感心しとったもんな。「おい、そんないいピッチャーか」と話したことを今も思い出すよ。
高津 ドラフトのときはカープの森下(暢仁)投手と奥川、ふたりがツートップみたいな感じで、どっちを獲るかというときに、僕も「奥川がぜひほしい」と。
結局、カープは単独で森下投手を指名しましたけど、巨人・原(辰徳)監督と阪神・矢野(燿大)監督と僕の3人でクジを引いて。そこは運命ですよね。彼がほかのチームに行ってたら......と考えることもあります。まだ2年終わったところですけど、彼が入ってきてよかったと本当に思いますね。
■若手を育てることと勝つことのギャップ
江夏 そこで聞きたいんだけど、あなたが2軍監督としてやってきた仕事と、今背負ってる仕事は、ちょっと違うと思うんだよ。
高津 違いますね。
江夏 1軍の場合は即、答えが求められるわけで。
高津 勝たなきゃいけない。
江夏 そう。でも1軍にだって、我慢して育てなきゃいけない選手もいる。そのへんのギャップは、自分でどうとらえていた?
高津 育てることと勝つことは正反対であり、共通したところもあります。2軍監督と1軍監督の違いはもちろん理解しているつもりです。ただ、大きく括(くく)ったときに、「こういう野球がやりたい」とか、「こういう雰囲気のなかで戦いたい」というのは1軍も2軍も一緒だと思うんです。
江夏 そういうものなのか。
高津 ええ。昨年に関しては、勝ったからそう言えるのかもしれないですし、口で言うのは簡単ですけど、みんなが本当に一丸となって、ワイワイという感じでゲームが進められました。
江夏 外から見ていると、ヤクルトというチームはとっても明るいもんね。
高津 昨年は、雰囲気はすごくよかったと思います。
江夏 その雰囲気というのは、やっぱりあなたが中心になることで出ているわけ?
高津 監督以上にベテランですね。青木(宣親)や石川(雅規)はもう40歳を超えていますが、一緒になってチームを盛り上げていくようなところがあって、絶対に横柄な態度はとらないです。
例えば、若い選手たちがワイワイやっていれば、昔だったら「ちょっと静かにしとけ」とか、抑えつける部分もあったかもしれませんが、今はそんなことはなく。外国人を含めてベテラン、若手、みんなが元気に伸び伸びプレーする姿は、まさに僕が求めていたものでした。
江夏 その上、チームが明るいだけじゃなしに、神宮球場、そこに集まるお客さん、すべてが明るいんだよね。
高津 それは感じますねぇ。
江夏 神宮の雰囲気というのは、東京ドームや横浜スタジアムとも全然違うんだよね。
高津 確かにそう思います。江夏さんが現役の頃からそうですか? 神宮には特別な感じがありました?
江夏 うん。特にグラウンドとスタンドが近いからね。だって、一番よくやじられたのが神宮だもん。
高津 ハッハッハ。すぐ目の前でやじられる(笑)。
江夏 そうそう(笑)。もうベンチの上まで来てやじるからね。でも、憎たらしくはないんだよ。
高津 そうなんですか?
江夏 ほかの球場でそんなことやられると「この野郎。ちょっと降りてこい!」って言いたくなったけど。
高津 ハッハッハ(笑)。
江夏 神宮はそうならないんだよ。やじられてもどこか温かみがある、というイメージを昔から持ってた。もともと神宮は"学生野球の聖地"だから、なかなかプロ野球が自由に使えない部分は今もあるとは思うけど。
高津 確かにそういう難しさはあって、設備的に古いところもありますけど、僕らにとってはやりやすさがあります。
■絶対に浮かれてちゃいかんなと
江夏 さあ、話は変わって、今年は追われる立場だ。そのへんはどう?
高津 うーん。正直、あまり意識はしていないです。いかに今までどおりに、いかに謙虚に、また新しい一年のスタートを切れるか。もちろん球場にはチャンピオンフラッグがあって、いい思いをした昨年のことは頭から離れないと思うんですけど、やることは一緒ですし、絶対に浮かれてちゃいかんなと思っています。
江夏 そうだね。実際、実力で天下を取った部分と、運に恵まれた部分があると思う。勝負事は必ず運が左右するから。そういう意味では、昨年のヤクルトは運の強いチームだったよね。
高津 そうですね。もちろんほかのチームにもラッキーな部分はあったと思うんですけど、昨年のヤクルトは運も味方につけたようなシーズンだったと思います。
江夏 運も実力のうち、かもわからないけどな。戦力の補強のほうはどう? 外国人投手をふたり獲ったんだよね(共にメジャー経験がある、左のスアレスと右のコール)。
高津 はい。もちろん、まだ投げてないのでなんともいえないですけど、ローテーションに入ってくれないと。まだまだヤクルトは投手陣、なかでも先発が弱い部分なので、なんとか頑張ってほしいです。
江夏 歴代の優勝チームにも、絶対的な戦力を持つチームってめったにないもんね。
高津 そうですね。今年もまた、いろいろやりくりしながらになりそうで......。
江夏 我慢、我慢か。
高津 我慢! ですねえ、ホントに(笑)。
江夏 昨年の日本シリーズも我慢の連続だったもんな。
高津 我慢でしたねぇ。見ていらっしゃる方にはすごく楽しんでいただけたシリーズだったと思うんですけど。
江夏 そりゃ、見てるほうは楽しいよ。素晴らしいシリーズだった。その分、やってるほうは大変なんだから。
高津 本当に大変でした。でも、そういうところで戦えたのは、もちろんこれも勝ったから言えるんですけど、すごく幸せでした。
江夏 だろうね。やっぱり、大事なのは「勝つ」ということだから。
高津 はい。勝つことの大事さも実感できました。
江夏 そういう意味じゃ、高津監督はじめチーム全員、いい自信になったんじゃない?
高津 自信は絶対に持っていいと思います。あとは謙虚さを忘れないことですね。
江夏 そうだね。そして、一番大事なのはケガ人が出ないことだね。
高津 ヤクルトは分厚い戦力を持っているわけではないから、ひとりでもふたりでも抜けると厳しくなってくるので。コロナもありますし、チーム全体で十分に体調を管理していきたいと思います。
江夏 そこは選手個々にも責任を持ってもらわんとね。その上で、また一段と明るいチームをつくってください。今日は忙しいときにありがとう。
高津 こちらこそ、ありがとうございます。また神宮でお会いできれば!
江夏 よっしゃ、頑張ってな。
●江夏 豊(えなつ・ゆたか)
1948年生まれ、兵庫県尼崎市出身。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスター9連続奪三振などのプロ野球記録を持つ、伝説の名投手。通算成績は206勝158敗193セーブ
●高津臣吾(たかつ・しんご)
1968年生まれ、広島県出身。亜細亜大学から1991年にヤクルト入団。チームの守護神として最優秀救援投手のタイトルを4度獲得、日本シリーズで4度も胴上げ投手となる。日米通算313セーブ。ヤクルトの1軍投手コーチ、2軍監督を経て、2020年から1軍監督。昨年はリーグ優勝、日本一を成し遂げた。今年1月14日、プレーヤー表彰で野球殿堂入り