今、日本のプロ野球界において最も注目されているエースが山本由伸だ。昨年はパ・リーグMVPをはじめ、最多勝、最優秀防御率、そして沢村賞など主要タイトルを総なめ、計9冠を達成。チームも四半世紀ぶりにリーグの頂点へ。
だが、当の本人いわく「今年は、またゼロからのスタート」。てっぺん知らずの向上心、そして秘めたる次の目標などについて、人気スポーツキャスター・中川絵美里(なかがわ・えみり)が徹底的に聞いた。
■重視する数字は全部。「全部を完璧にしたい」
中川 昨シーズンはMVPをはじめ、沢村賞など主要タイトルを総なめにされましたが、今シーズンはどんな思いでスタートを切りましたか?
山本 今年はまたゼロからのスタートです。去年は、千賀(滉大[こうだい]投手/ソフトバンク)さんが最初、故障で出遅れるという状況でしたが、今年は順調に開幕を迎えていますしね。ものすごいピッチャーの先輩たちが各球団にたくさんいるわけですから、僕としては必死にやるだけです。
中川 とはいえ、9冠を達成。1年前のインタビューでは、獲(と)れるタイトルはすべて獲りたいと。まさに有言実行ですが、目標を達成して見える景色が変わったということはありますか?
山本 トップを獲れたのは、確かにすごくうれしいんですけどね。でも、去年は去年のことであって。1年だけではなく、この先、2年、3年と獲りにいきたいですね。
中川 ご自身の今シーズンの調子はいかがですか?
山本 去年、球数を相当投げているので、その疲労がどのくらいたまっているのか、僕にとっては初めてのことなので、始動したときは探り探りでした。でも、割といい状態で投げることができているので、順調だと思います。
中川 今年2月の宮崎春季キャンプでは、投手の全体練習は午前中で終了、午後は個人練習が多かったそうですが、どんなプランで臨まれましたか?
山本 もともと、チームとしてオフシーズンに入るのが例年より遅かったんですよね。なので、自主トレの期間もいつもよりは短くて。調整というよりは、"練習の1ヵ月"ということで、自分の練習をしっかりやりましたね。
中川 その練習に対して、具体的に掲げたテーマとは?
山本 とにかくもっと上達したいということで、例えば投球フォームの見直しとかですね。納得いってなかったんですよ。100パーセント、自分の納得した姿で投げられていなかった。
試合でも、その場しのぎっていうわけじゃないんですけど、小細工して、なんとかうまく投げたりっていう場面があって。だから、フォームの土台づくりや基礎練習を細かく、たくさんやりましたね。
中川 その納得いっていない部分というのは、昨年を通じてずっとあったんですか?
山本 やっぱりシーズン長いんで、いいときもあれば、悪いときもあって。多少なりとも波はありました。ダメなときは、どこかごまかしながらやってしまっていたんですよね。だから、基礎から見直したんです。
中川 山本投手がピッチャーとしてこだわりたい「数字」はありますか? 例えば、防御率ですとか。
山本 数字ですか? やっぱり、チームの一員ですからね。勝ち星がチームに直接的な影響を与えるわけですから、そこは重要視します。防御率もまた大事。もし自分に勝ち星がつかなかったとしても、最少失点でしのげればリリーフの投手が粘ってくれたり、野手の先輩たちが打ってくれたりして、試合に勝つことも当然あるわけで。いずれにせよ、どの数字も欠かせないものです。
中川 どの数字にもこだわりたい、と。
山本 はい。できることなら、全部完璧にしたいです。
■東京五輪、そして日本シリーズでの学び
中川 時間を少しさかのぼって、去年のヤクルトスワローズとの日本シリーズについて尋ねさせてください。11月27日に行なわれた第6戦、気温は8℃程度とプロ野球ではなかなかない悪環境のなか、141球も投げられましたよね。
8回で降板するかと思いきや、そのまま9回も続投。第1戦も投げて、さらにその前の東京五輪2020でも投げて。体は限界に近かったと想像したんですが......。
山本 ずっと同点で、熱い試合でしたしね。延長が12回までだったから、もし9回で決着がつかなかったら、リリーフを担う先輩投手たちを温存できるよう、僕が1回でも多く投げて抑えたいなと。そうすれば、延長戦が有利に進められるだろうと考えたわけです。
中川 今後のことを考えたら、ここで無理をするのはどうか......と考えるでしょうが、それをしのぐほど、気持ちがかき立てられたわけですか。
山本 ええ。シーズン最後になる可能性があった試合でしたしね。絶対に悔いを残したくない気持ちもあったんで、これはいくしかないって。
中川 葛藤はなかったですか。
山本 そうですね、普段は先のことも考えます。僕もまだ23歳ですし、選手生活は長く続けたい。「無理はよくないぞ」という教えもずっと受けてきたので。でも、あの日のような場面を迎えると、やっぱりいっちゃいますね。
中川 今までも無理を押したことはあったんですか?
山本 ええ、2年ぐらい前に。脇腹を肉離れしてしまったことがあったんです。でも、試合にどうしても出たくて、おなかにテーピングをぐるぐる巻いて、強行出場しようとしたんですよ。
でも、高山(郁夫)投手コーチが「ダメだ」と止めてくださって。結局は投げなかったんですけどね。もし、あのときに高山コーチの言うことを聞かずに無理して投げていたら、きっと長いケガになっていたと思うんです。
中川 一度スイッチが入ると止められない感じですか。
山本 自分では抑制していると思っていても、いざそういった場面になると、考えが変わるというか、止められないです。高校時代、少々のことで休むのはNGという環境で鍛えられたせいか、野球人として体に染みついちゃってるんですよね。ちょっとやそっとで引いちゃダメだというのが。でも、そのときのことは、高山コーチには感謝しかないです。
中川 日本シリーズ6試合を通じて得られたものは、どんなことですか?
山本 一発勝負の短期決戦なので、そういう状況でベストパフォーマンスをいかに発揮できるようにするか、ということですね。準備段階も含めて。そういう意味では、五輪もすごく似ていると感じました。
一回しかない大事な場面でちゃんと自分をつくるという学びによって、五輪以降、シーズン後半は調子がすごく安定したんですよ。五輪、日本シリーズ共に、すごくいい経験ができましたね。
中川 その五輪ですが、どんなことを学びましたか?
山本 オリックスにも素晴らしい選手がたくさんいますが、五輪代表の面々もまたすごくて。その先輩たちの日頃の姿、準備の仕方などを見られただけで、うまくなったような気がしました。
中川 参考になった先輩はどなたですか?
山本 なんといっても、一番は田中(将大[まさひろ]投手/楽天)さんでした。練習がとにかく丁寧で。僕自身、丁寧さは心がけてきたつもりだったんですけど、全然段違いでした。
もちろん、田中さんは才能も技術も経験もずばぬけていますけど、練習に対する丁寧さ、その並外れた努力が、あれだけの成績、経歴をつくってきたんだなと。刺激を受けたというか、姿勢を正された感じがしましたね。
中川 その田中投手の丁寧さとは、具体的には?
山本 田中さんがブルペンで投げるとき、たまたまキャッチャーの背後から見られる機会があったんです。そしたら、実戦さながらのコーナーワークで、コースの角へ質の高いボールを投げていて。しかも高確率で、です。変化球も、しっかりいいところから曲がってきていました。
僕の場合、そんな精度で投げられないし、そこまで気にしてもいなかったので、自分はダメやなって。まだまだ勉強です。
■少年野球チームで教わった 「ルーツ」
中川 山本投手は23歳ながら、鷹揚(おうよう)というか、器の大きさを感じさせます。ご自身の性格をどのように自己分析されていますか?
山本 どうなんだろう、僕はずっと気分良く過ごしていたいって思っていて。感情の浮き沈みが激しいと、当然、野球の調子も狂ってきます。なので、できるだけ穏やかに過ごしたい。テンションが上がるのはいいけど、下がらないように心がけてます。
中川 でも、日々生きていくなかで、ダメだなっていうときもありますよね。そうした場合、どのように対処しますか?
山本 とにかくストレスを排除しますね(笑)。例えば人間関係の上で、この人と話すと微妙だなっていう場合は、程よく距離を置く。その人にも、本当はいいところがたくさんあるだろうから、けんかして悪化させるのではなく、一定の距離を取りますね。
中川 では、試合で自分が思うとおりのピッチングができなかった場合はどうしますか?
山本 悔しいとは思いますけど、それは自分の責任なので、原因を探します。自分の練習の仕方とかを。
中川 ただ落ち込むのではなく、原因究明に努めると。
山本 そうです。練習の仕方や体のケアをどこかミスしていたのではないかとか、必ず原因があるはずなので。
中川 そうした前向きな性格、ここ一番での強靱(きょうじん)なメンタリティは、幼少期から培われてきたものなんですかね。どんな少年だったんでしょう?
山本 別に、今も昔も、メンタルが強いわけじゃないですよ。めちゃめちゃ緊張しいですし(笑)。とにかく負けず嫌いではありましたけど......。そういう教育の下で育ってきたので、としか言えないかな......。
中川 ご両親の教育が熱心だったんですか?
山本 いや、僕の両親は全然怒らなかったです。僕が中1のときにすごく学校の成績が悪くて、そこで母から「野球で食べていけると思うんじゃないよ」と怒られたのが最後でした。こいつに怒っても仕方ないと、諦められたんだと(笑)。
中川 では、野球については?
山本 親から何か言われたことはなかったですね。......これ、子供に少年野球をさせている親御さんへぜひ伝えたいんですけど、絶対に干渉しすぎないでほしいです。親御さんのほうが熱入りすぎちゃうと、どうしても子供は潰(つぶ)れちゃいます。伸び伸びやらせることが大切だと思います。
中川 環境は大事ですよね。
山本 ええ、僕も小学生時代に本当にいいタイミングで、いい指導者の方に出会えたから今があるんです。当時所属していた少年野球チーム「伊部(いんべ)パワフルズ」の監督(頓宮[とんぐう]卓也さん/オリックス・頓宮裕真捕手の叔父)やコーチは、とにかく小学生のうちは野球の楽しさを教えることに努めた、と。僕が、ずっと後になって聞いた話なんですけど。
中川 当時の頓宮監督やコーチから受けた教えで、印象に残っていることや言葉というのはありますか?
山本 チームのスローガンで、「すべてに感謝」というのがあったんです。すごくいい言葉だなって、今でも大事にしています。
中川 中学生になると、硬式野球チームの東岡山ボーイズに入られますが、そこはいかがでした?
山本 勝負の厳しさだったり、そんな甘いものではないということを学びつつも、やっぱり野球は楽しいんだということを第一に教わりました。
中川 そして、宮崎県の都城(みやこのじょう)高校に入って......。
山本 めちゃめちゃ監督が怖くて(笑)。めちゃめちゃ怒られましたね。それまでの小中ののんびりとした環境とは打って変わって、徹底的に鍛えられました。でも、それが大人への基礎づくりになりました。
どんな厳しい状況でも弱音を吐かないというか。やはり、いいタイミングでいい指導者の方に巡り合えたというのは、大きな財産です。
中川 「野球を楽しむ」というベースができていたから、その上にプロを見越した厳しい練習を積み上げることができたわけですね。プロ野球の第一線で活躍している現在、メンタルトレーニングはどういったことをしていますか?
山本 これっていうのは特にないですね。ルーティンもないですし。でも、試合のときはどうしても緊張しがちなんですよ。だから、自分に課しているのは、「自分に自信がないから緊張する。緊張をなくすには日頃から練習せよ」ということです。
中川 つまり、緊張に打ち克(か)つには、日頃から徹底的に、納得いくまで練習をして、本番までに自信をつけるということですか?
山本 ええ、それが一番、いざというときに力を発揮する方法だと信じてます。
■田中将大。佐々木朗希。ワクワクするのは......
中川 今シーズンのパ・リーグも、山本投手を筆頭に各球団にはいいピッチャーがそろっています。田中将大投手のほかに意識している、あるいは刺激を受けている投手はいますか?
山本 やっぱり千賀さんですね。試合前にけっこうお話しさせてもらったり、試合後もいろいろとアドバイスをいただいたりして。千賀さん、田中さんはワクワクしますね、投げ合っていても。
中川 投げ合っていて、この選手だけには負けたくないっていう選手はいますか?
山本 正直、誰にも負けたくないっていう気持ちはあります。すべてに勝ちたいですね。
中川 後輩にあたる投手についてもお話をお聞かせください。去年のオフに、ロッテの佐々木朗希(ろうき)投手とお話しされる機会もあったと伺ったのですが。山本投手から見て、彼はいかがですか?
山本 ひと言で言うと「化け物」ですね(笑)。やっぱりボールとかも全然違いますし、20歳ですでに規格外です。
中川 注目している投手のひとりということですね。
山本 ええ。人柄もすごくいいですし、あれだけすごい球を投げるのに、どこかまだあどけなさがあって、かわいらしい部分もありますしね。とにかく、素晴らしい選手だと思いますよ。
中川 山本投手ご自身のお話に戻ります。去年のNPBアワーズ2021授賞式の際、理想までの現在地を聞かれて「半分ちょっと上ぐらい」といったコメントを残されましたが、山本投手が望む頂点というのは?
山本 自分の中では明確に大きな目標があって。それがあるからこそ毎日ちゃんとできているし、ひたすら頑張れるわけです。
中川 その大きな目標、教えていただけたりしますか?
山本 秘密っすね(笑)。
中川 気になりますね~(笑)。自分の内に秘めている?
山本 親友には話してますけど、公にはしてないです。
中川 契約更改の際、ちょっと先のメジャーへの意思もお話しされていました。過去の記事によれば、メジャーリーグへの意識が芽生えたのはプロ入りしてからだそうで。
山本 ええ。プロに入るまでは、プロ野球選手が目標。プロに入ってから、筒香(つつごう)(嘉智[よしとも]内野手/ピッツバーグ・パイレーツ)さんと自主トレをご一緒させていただくようになりまして、そこでいろいろとお話を聞きました。で、自分もメジャーでやってみたいというぼんやりとした憧れから、だんだんと目標に変わっていきましたね。
中川 メジャーの試合もご覧になるんですか?
山本 ええ。見ますし、現地観戦したこともあります。
中川 メジャーのどんなところに憧れを感じますか?
山本 やっぱり、野球において世界最高峰のリーグじゃないですか。もし、そこに自分が立ったとして、いったいどれだけ通用するのか、やってみたいという純粋な気持ちがあります。
中川 では、着実にメジャーリーグへの道を見据えているわけですね。
山本 まだ本当に行けるかどうか、まったく決まったわけではないですからね。とにかく今は、オリックスの一員として1年、1シーズンごとに全力で臨む、それだけです。
中川 あらためて、今シーズンの目標をお聞かせください。
山本 個人の目標としては、絶対に去年の自分を上回ることです。チームの一員としては、去年の最後の日本シリーズで日本一を逃してしまいましたから、まずはリーグ優勝、そして今年こそは必ず日本一になれるよう、貢献したいです。
中川 去年、多くの栄冠を手にしましたが、それよりも上に行くということですね。
山本 そうです。去年の自分ができたのなら、きっと今年もできるはず。去年以上に頑張りたいですね。
*この取材は2022シーズン開幕前に行ないました
●山本由伸(やまもと・よしのぶ)
1998年8月17日生まれ、岡山県出身。小1で野球を始める。都城高では1年生の秋にエース兼4番打者。2016年、ドラフト4位でオリックス入団。19年には防御率1.95で最優秀防御率を獲得。21年、初の開幕投手を務め、夏の東京五輪では主力として金メダル獲得に貢献。チームでも25年ぶりのリーグ優勝を達成、パ・リーグ投手4冠、沢村賞などを獲得。右投げ右打ち
●中川絵美里(なかがわ・えみり)
1995年3月17日生まれ、静岡県出身。フリーキャスター。昨年まで『Jリーグタイム』(NHK BS1)のキャスターを務めたほか、TOKYO FM『THE TRAD』の毎週水、木曜のアシスタント、同『DIG GIG TOKYO!』(毎週木曜27:30~)のパーソナリティを担当
スタイリング/武久真理江 ヘア&メイク/石岡悠希 衣装協力/ORIHICA