4月10日の完全試合達成後、佐々木朗希(ささき・ろうき)はロッテ広報にこう漏らしたという。「それにしても松川は、18歳ですか? 18年目ですか? しゃれたリードをするなと思ってサインを見ていました」。
レジェンド捕手たちも口をそろえて大絶賛する松川虎生(まつかわ・こう)の異次元捕手力をお股ニキ氏とrani氏が語り尽くす!
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■もはや大ベテラン!ケタ違いの「配球力」
前代未聞のパーフェクトピッチを演じたロッテの佐々木朗希の陰に隠れがちだが、その歴史的快投を引き出したのが高卒ルーキーの捕手、松川虎生であることはもっと評価されるべきだ。
新人初&史上最年少での完全試合捕手という大偉業を成し遂げた松川を、古田敦也氏や谷繁元信氏など名だたるレジェンド捕手たちもこぞって大絶賛しているが、具体的にどこがどうすごいのか?
『週刊プレイボーイ』ではおなじみの野球評論家お股ニキ氏、そして、独自視点の捕手分析をSNS上で発信し、多くのプロ野球選手や専門家から支持を集めるrani氏のおふたりに、(1)配球・リード面 (2)捕手技術 (3)打撃 の3方向からアナライズしてもらおう。
「守備力はすでにプロレギュラークラス。18歳にしては異常なレベルで、配球や風格は佐々木も驚くように大ベテランのよう」と評価するお股ニキ氏。〝新人らしからぬ配球〟はどんな点に垣間見えるのか?
「谷繁元信さんの表現を借りれば、『配球に奥行きがある』ということ。完全試合を達成した4月10日の佐々木の球数が105球でしたが、これは打者27人に対してひとり4球以下ということ。
この日は数球交えたスライダーとカーブ以外、割合でいえばほぼストレートとフォークでした。2球種だけでも打者を見ながら無駄球がなく、ひとりひとり微妙に攻め方が異なり、バリエーションが豊富なのです」
象徴的だったのがオリックスの主砲、吉田正尚と対峙(たいじ)した3打席だ。「三振しない打者」として定評のある男から奪った3打席連続三振の〝構成力〟が見事だった。
「1打席目はストレート、フォーク、フォークで3球三振。2打席目は10者連続三振の新記録がかかった大事な場面で、なんと2球続けてカーブを要求。この時点で桁違いです。
さらに、カーブで追い込んだ後、緩急を意識してストレートでいきそうなものですが、すぐにフォークを落として空振り三振。そして3打席目はインハイのストレートで意表を突きました。その3打席や試合のなかで配球がつながっていてストーリーがあるんです。
さらに最後の打者、〝ラオウ〟杉本裕太郎を3球連続フォークで三振締め。振り逃げも許されない場面で『最後はストレートで』と思うところも形にこだわらず、ほれぼれする配球です」
rani氏も、フォークの織り交ぜ方を高く評価する。
「『佐々木はフォークが一番打ちづらい』というのは軸としてあるとはいえ、打者も当然そこはケアしてきます。となると、バッテリーとしてはマークを弱める意味でもカウント球なり、どこかでスライダーなどの違う球種も挟みたくなるはず。それでも最も低リスクなフォークで押し通した徹底ぶりがすごい」
お股ニキ氏は、4月3日の西武戦に伏線を感じたという。
「西武戦の終盤、疲れが出てくるなか、2ストライクからストレート押しで長打を浴びました。これで力押しのリスクを学んだのか、完全試合を達成した4月10日の8回にはフォークで3者三振。1週ごとに異様なレベルで成長しているんです。
もちろん、ロッテのデータ班が優秀だという側面もありますが、そのデータをうまく落とし込んで、エッセンスを取り込めていると思います」
佐々木のフォークが桁違いなのは事実だが、ほかの投手でも同様に、決め球を意外な形で要求する場面があったとrani氏は指摘する。
「例えば開幕戦で組んだ石川 歩や美馬 学の場合、シンカーやフォークを右打者のアウトコースから入れる配球をしています。
抑えの益田直也の場合、西武戦の同点で迎えた9回2死二、三塁で左打者の森 友哉と対峙した際、フルカウントからシンカーを内角ボールゾーンからストライクゾーンに入れてファウルフライに打ち取るシーンも。右投手対左打者で内角にシンカーを要求するのは日本では初めて見ました。従来の球種の使い方にとらわれない配球は〝新世代配球〟と呼べる代物です」
■「こいつうまい!」と思わせる「捕手技術」
続いて、フレーミング、ブロッキング、スローイングといった「捕手技術」を見ていこう。まずはここ数年で耳にすることが増えた「フレーミング」について。
rani氏いわく、ストライク率を高めるキャッチング技術のことで、キャッチング技術が低い選手ほどボールの球威に負けてミットが流されてしまい、ボール率が高くなることがデータでも明らかだという。そして、松川はこのフレーミングの意識がひときわ高いのだ。
「『佐々木朗希の160キロを捕球できてすごい』とよく言われますが、プロレベルなら160キロを捕ること自体はそこまで難しくありません。松川が本当にすごい点は、軌道の下に〝潜る〟意識が一般的な捕手より強いところです」
通常、上から下に落ちてくるボールを軌道に合わせて捕球しようとすると、捕球の瞬間にどうしても球威に押されてミットの位置は下がってしまう。これでは低めの球はより低くジャッジされかねない。
松川はこれを防ぐため、軌道の下からミットを入れる意識が強い。この高等技術を160キロ投手の佐々木相手に常時できることがすごいのだ。
「160キロの球に対して、あれだけ軌道の下に入れられる捕手は滅多にいません。160キロの球を軌道よりも下から捕りにいくんですから怖いですよ。
この最も重要な土台がすでにできている時点でスタートラインが全然違います。フォークや逆球の対応など、課題はまだ当然ありますが、これは一段上のレベルの課題。土台はできているので、あとは数年かけて精度を高めていけばいいだけです」
課題のフォークも、後ろにそらさないブロッキング技術ならすでに高レベルだという。
「完全試合を達成したオリックス戦の8回、打者・渡部遼人に対して、佐々木は2ストライクから148キロのフォークを思い切り引っかけましたが、松川は左手を順手のまま伸ばして完璧に捕球したんです。『振り逃げで完全試合が終わるのはいやだな』と少し考えていましたが、この捕球を見て全然大丈夫だなと。
フレーミングをあれだけ意識しながら、140キロ台後半でコースふたつ分引っかけたフォークに反応負けしないのは相当ハイレベルです」
ブロッキングは、がむしゃらに体を投げ出すのではなく、ミットをむやみに振り回すのでもなく、ミットと体を連動させて行なうことが大事だという。特に佐々木ほどの球速なら、「体で止める」という意識だけでは左右の移動はまず間に合わないためなおさらだ。
「ブロッキング指導の基本に『ミットを先に、体を後に』という言葉があります。体よりも先にまずミットを出し、そこに体を引っ張るイメージ。松川はミットを飛ばす速度とミットの角度の正確さが素晴らしい。
だから、松川のブロッキングは『止める』ではなく、ほとんどが『ミットに入る』。ブロッキングの教科書といってもいいレベル。そもそもブロッキングを想定した際の構えもまずキレイです」
では、ドラフト時に「強肩」とうたわれたスローイング技術はどうか? 盗塁阻止率は.375(4月18日時点)で、炭谷銀仁朗(楽天)に次いでパ・リーグ2位につけている。
「基本的に捕ってから速いし、肩も強い。古田&谷繁というレジェンドもホメています。一塁への牽制(けんせい)でもいいプレーがありました。
現在、盗塁数1位の松本 剛(日本ハム)が一塁付近でちょろちょろしていたのを見て、スッと送球。ギリギリでアウトになりませんでしたが、観察眼がいいこともわかりました。投げる前に膝を突いてしまうのは少しもったいなく見えますが、伸びしろもまだまだあるということです」
■本当の「打撃力」と驚愕の未来予想図
最後に、近年の捕手の共通課題ともいえる「打撃」について。高校通算43本塁打を誇り、「紀州のドカベン」と称された打棒も、4月18日時点で打率.179、本塁打0。ただ、お股ニキ氏は「逆に1割8分は評価すべき」と語る。
「まだ金属打ちが抜け切れていませんが、パ・リーグは投手のレベルが高いことも考慮すべき。今季は〝超・投高打低〟なので、通常ならもう少し打てる気も。
今季は明らかにボールが飛びにくく、その上、ZOZOマリンスタジアムはレフト方向への打球が逆風で伸びない。『プロでホームランは打てない』と諦めてしまわないか心配です」
これは歴代の高卒捕手にも当てはまる懸念点だという。お股ニキ氏が続ける。
「炭谷や田村龍弘(ロッテ)も最初は『強打の捕手』だったんです。でも、高卒から出場して下位打線で〝最低限〟をしていくうちにバッティングが小さくなりやすい。松川も同様に小さくまとまってほしくない。遠くに飛ばせるいいモノを持っているので、木製バットに少しずつ慣れれば、適応できるかと思います」
このように全方位で高い評価の松川。この先、どんな未来を想像できるだろうか?
「19歳で最優秀バッテリー賞を受賞しても不思議じゃありません」(rani氏)
「今年のオールスターはもうスタメンでいいでしょう。オフに開催予定のWBCも佐々木・松川のコンビは連れていきたいです」(お股ニキ氏)
いずれにせよ、史上初の17回連続完全投球を支えた捕手がデビュー1ヵ月足らずの18歳という末恐ろしさ。「令和の怪物」の異名は佐々木だけでなく、松川にも冠すべきなのかもしれない。