5月3日、名古屋競馬・第4レース。12頭立て10番人気のヒカルアヤノヒメ(左)は7着と大健闘!

■地方競馬界で輝く18歳の乙女!

かつて、一度も勝てずに負け続けることで人気になったハルウララというアイドルホースがいた。負けても負けてもひたむきに走り続けるハルウララは「負け組の星」として話題を集め、大ブームを巻き起こしていった。

今、名古屋競馬に、ハルウララとは違う角度から注目されている馬がいる。それがヒカルアヤノヒメだ。現在125連敗中(6月4日現在)で、勝ち星からは7年近く遠ざかっている。

しかし、それ以上に彼女がすごいのは、なんと18歳で、日本の現役最高齢馬としてバリバリ走り続けているということだ。競馬ライターの堀口光明さんは言う。

「彼女が生まれた2004年は牝馬(ひんば)の当たり年で、同期には牝馬として64年ぶりに日本ダービーを制したウオッカや、有馬記念馬のダイワスカーレットがいます。

馬の18歳を人間の年齢に換算すると60歳くらい。種牡馬(しゅぼば)や繁殖牝馬という第二の"馬生"を終えている同年代の馬も少なくないなかで、今も現役を続けているのは『すごい!』のひと言です」

ここで、ヒカルアヤノヒメの競走馬歴を少し振り返ってみよう。2歳の秋に東京競馬場でデビュー。中央で6戦したものの未勝利で、名古屋の井上哲(さとし)厩舎に移籍した。その後、南関東の大井に転厩。内田博幸騎手や戸崎圭太騎手の手綱で走ったこともあったが、09年に再び名古屋に戻ってきて現在に至る。

現オーナーの三原公子(きみこ)さん(74歳)が言う。

「もともと父親が大の競馬ファンで、自らも馬を何頭も所有していました。その父の死後、今度は母親が馬を受け継いだのですが、その母も19年に亡くなって......。それで最後まで残ったヒカルアヤノヒメを私が受け継いだんです」

現オーナーの三原公子さん。19年11月に95歳で亡くなった母親から受け継ぐ形で、ヒカルアヤノヒメの馬主になる

15年から7年もの間、一度も勝てていないヒカルアヤノヒメだが、地方競馬といえ馬を維持するためにはかなりのお金がかかる。それでも三原さんは彼女の現役生活を支えたいという。

「母親の形見という気持ちもありますが、現在はたくさんのファンの方が応援してくれて、"名古屋の至宝"とまで言ってくださっています。なかには、この年まで走らせてかわいそうと思う方もいるかもしれませんが、この子が引退するということは......。なので、調教師の先生がまだ大丈夫だと言ううちは、どんなにお金がかかっても走らせてあげたいんです」

■"名古屋の至宝"から"日本の至宝"へ!

5月3日、名古屋競馬場。今年4月に新しい競馬場へ移転してから、ヒカルアヤノヒメにとっては初めてのレースが行なわれた。12頭立ての10番人気。単勝オッズは最終的に45倍に落ち着いたが、一時は10倍台にもなっていた。それだけ応援馬券を買っているファンが多いということだ。

最終オッズは単勝45倍だったが、一時は10倍台にも

結果は7着だったが、彼女の後ろには4歳馬(人間に換算すると約20歳)が3頭もおり、大健闘といっていいだろう。手綱を握った浅野皓大(こうだい)騎手(21歳)は言う。

「スタートの反応がとても良く、そのままリズムに乗って最後まで走りきることができました。18歳とは思えないくらい乗り心地も良くて、いい競馬ができたと思います」

手綱を握った浅野皓大騎手。2019年デビューの若武者で、ヒカルアヤノヒメの3歳上だ

では、そんなヒカルアヤノヒメの若さを保つ秘訣(ひけつ)はどこにあるのか。管理する井上哲調教師(73歳)に伺った。

「若さを保つ秘訣といっても特別なことはしていないし、そもそも18歳の競走馬なんて誰も管理したことないんだからわからないよ(笑)。逆にこの子から日々勉強させてもらっている感じだね。ただ、ひとつ言えるのは、この子はものすごくよく食べるのと、ものすごく大きなうんこをする(笑)。快食快便は馬も人間も健康の秘訣だと思う」

管理する井上哲調教師。「レース直後だから少し興奮してるけど、普段はおとなしいよ」

今年1月には、18歳のヒカルアヤノヒメが17歳のジョッキーでレースに挑み、馬よりも騎手のほうが若いということでも話題になった。

何かとニュースに事欠かないヒカルアヤノヒメだが、更新可能な日本記録はふたつある。前出の堀口さんが言う。

「ひとつは、クラベストダンサーが持つ国内最高齢出走記録(18歳5ヵ月)です。こちらは順調にいけば、今年の9月下旬以降に記録を更新できそうですね。もうひとつは、オースミレパードが持つ日本のサラブレッドの最高齢勝利記録(16歳5ヵ月)です」

後者はかなりハードルが高そうだが、井上調教師は笑みを浮かべて言う。

「この子は夏負けすることがなくて、暑くなればなるほど成績がいいんですよ。新しい競馬場との相性も悪くない。だから、うまく編成が噛(か)み合えば、この夏は面白いなあと思ってるんだけどね」

人間でいえば、20歳の馬たちに交じって懸命に走り続ける還暦の熟女、ヒカルアヤノヒメ。レース後は「勇気をもらえる」「自分も頑張ろうと思う」「走りを見て涙が止まらない」といった感謝とエールがネット上にたくさん書き込まれる。

"名古屋の至宝"が"日本の至宝"と呼ばれる日も、そう遠くないはずだ。

●ヒカルアヤノヒメ(牝馬)
2004年4月10日生まれ
《父》メイショウオウドウ
《母》ゴールデンタッソー
304戦14勝(6月4日現在)
獲得賞金998.3万円
井上哲厩舎所属(愛知)
同期にはウオッカやダイワスカーレットなどの名牝がいる