指揮を執るのは、元ソフトバンク投手だった32歳の近田監督。2020年8月までは 指揮を執るのは、元ソフトバンク投手だった32歳の近田監督。2020年8月までは

この春、西の地では〝京大旋風〟が吹き荒れた。

関西学生野球連盟は、近畿圏を代表する名門がひしめく大学野球リーグだ。近畿大、同志社大、関西大、関西学院大、立命館大と全国有数の実力校ぞろいで、数々のスター選手を生み出してきた。例えば、今や阪神の大看板となったスラッガー・佐藤輝明は、近畿大の出身である。

そんな関西学生連盟で最下位が〝定位置〟だったのが、京都大だ。東京大と並ぶ日本トップクラスの最難関大学である。

スポーツ推薦制度はなく、野球部員は厳しい入試を突破した秀才たち。浪人して猛勉強した選手も珍しくない。高校時代に野球で華々しい実績を残した選手など、皆無といっていいだろう。

そんな京大が、今春のリーグ戦で快進撃を見せた。開幕節は2勝1敗で、関西大から40年ぶりとなる勝ち点を獲得。5月6日からの立命館大戦でも20年ぶりの勝ち点を奪う連勝を記録。

続く5月18日の近畿大戦では、代打・梶川恭隆(旭丘)が逆転満塁本塁打を放つなど、7-3で勝って3連勝。なお近畿大は、結果的に今春リーグを制することになる強豪チームである。

一時は京大最高順位(過去最高は2019年秋の4位)である2位も狙える位置にいたが、終盤に連敗したため5位に終わった。とはいえ、過去最多タイとなる5勝を挙げる戦いぶりは強烈なインパクトを残した。

躍進の原動力は、どこにあったのか。第一の要因として昨年11月に助監督から監督に昇格した、近田怜王監督の存在がある。

近田監督は32歳の若き指揮官。「三田リトルシニア」に在籍した中学時代から投手として日本代表で活躍し、報徳学園高では2年春から甲子園に3回出場。08年ドラフトで3位指名を受けてソフトバンクに進んだ野球エリートだ。プロ生活はわずか4年で終わりを迎えたものの、その後は社会人のJR西日本で3年間プレーした。

現役引退後はJR西日本で車掌を務める傍ら、同社に勤める京大元監督の要請でコーチを務めるように。現在はJR西日本からの出向扱いで監督を務めている。

助監督時代から投手指導と起用について、青木孝守前監督(現総監督)に一任されていた。選手からの信頼は絶大で、4年生投手の水口創太(膳所)は「近田さんは選手の自主性を大事にしてくれるのでやりやすい」と口にする。

京大に集まる選手たちの潜在能力は、他の5大学に比べて見劣りするが、大きな戦力差を持ち前の頭脳で補おうとしている。その象徴ともいうべき存在が、アナリストの三原大知(灘)だ。

三原に野球経験はない。高校では生物部に所属していたという。観戦専門の野球マニアだったが、京大進学後にデータ専任部員として野球部に入部した。4年生になった現在は背番号51を着け、学生コーチとして公式戦にベンチ入りする。

日頃の練習では弾道測定器・ラプソードを用い、投手陣の投球成分を分析してアドバイスを送る。感覚ではなく具体的な数値という根拠があるため、京大の選手気質にマッチしやすい。投手陣は自分の特徴に応じた投球スタイルを追求し、逆算してトレーニングに励むことができる。

今春のリーグ戦では3年生の技巧派右腕・水江日々生(洛星)が3勝5敗、防御率2.09と大奮闘。さらにリリーフ左腕の牧野斗威(北野)は8試合15回3分の2を投げて防御率0.00の安定感を誇った。投手陣が3点以内に抑えた試合は5勝2敗と、京大の勝ちパターンになった。

関西大との開幕節、1勝1敗で迎えた第3戦では思わぬ奇策が炸裂(さくれつ)した。本来は正捕手の愛澤祐亮(宇都宮)が先発マウンドに上がったのだ。しかも、アンダースローからの投球で関西大打線を幻惑し、立ち上がりから2者連続三振を奪った。

愛澤は高校時代に投手を経験しているとはいえ、大学での登板はなし。それでも堂々とした投球で4回無失点。降板後はマスクをかぶり、4-2での勝利に貢献している。この先発・愛澤の奇襲も、アナリストの三原が近田監督に進言した策。付け焼き刃ではなく、入念に準備した末に好結果を勝ち取ったのだ。

データ分析の効果は攻撃面にも及んでおり、関西大戦では3試合で10盗塁の機動力を見せつけた。さらにチーム全体で速球対策に取り組み、リーグ2位の打率.341を記録した山縣 薫(天王寺)をはじめ、打率トップ10に京大の選手が3人もランクイン。ベストナインには山縣、小田雅貴(茨木)、伊藤伶真(北野)の3人が選ばれた。3選手のベストナイン受賞は、京大史上初の快挙である。

194cmの長身右腕で医学部4年の水口。受験の際にはまったく野球を練習していなかったようだが、昨秋に最速152キロを計測。大きな注目を集めた 194cmの長身右腕で医学部4年の水口。受験の際にはまったく野球を練習していなかったようだが、昨秋に最速152キロを計測。大きな注目を集めた

そんな京大には、今秋のドラフト会議に向けプロのスカウト陣から注目される大器がいる。それは4年生右腕の水口。身長194cmの長身で、最速152キロをマークする速球派だ。今春のリーグ戦では4試合の登板で0勝1敗、防御率3.86と目立つ数字を挙げられなかったが、そのスケールは底が見えない。

水口は医学部に在籍しているが、医師免許を取得する学科ではなく理学療法士の国家資格取得を目指す学科で学んでいる。4年生になった今春以降、平日は朝から夕方まで病院で実習が入るため、野球部への参加は土日に限られてしまう。

今春のリーグ戦は天候不良がたたり平日開催の試合も多く、水口個人にとっては逆風が吹いていた。そんな事情を抱える選手が在籍するのも、京大野球部ならではといえるだろう。

大学最高峰の頭脳派集団の逆襲劇は、全国各地で強敵に立ち向かおうと奮闘する〝弱者〟に大きな希望を与えたに違いない。秋にはさらなる躍進が見られるのか、それとも他大学が意地を見せるのか。関西学生野球の熱い戦いは、これからも見逃せない。