今年6月、那須川天心(なすかわ・てんしん)との"世紀の一戦"に敗れたものの、最後まで前に出続け武勇を振るった武尊(たける)。そして、40年近くにわたり世界に武名をとどろかせ、来年2月に引退する武藤敬司(むとう・けいじ)。
世代もジャンルも異なるふたりのスーパースターの"ドリー武"マッチが実現! 武藤プロデュースによる武尊の仰天復帰プランも!?
(この記事は、9月12日発売の『週刊プレイボーイ30・40合併号』に掲載されたものです)
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■「俺も武尊もボロボロなんだよ」
武藤(以下、M) この前の試合(那須川天心戦)見たよ! 結果は残念だったけど、いい試合だった。俺もPPV(ペイパービュー)買っちゃったからね。
武尊(以下、T) ありがとうございます! また頑張ります。
――おふたりはもともと親交があったんですよね。
M 親交も何も、俺が昔やってたWRESTLE-1という団体はK-1と同じグループ会社だったから。武尊のこともずっと応援してたよ。
T 僕は小学生の頃からプロレスを見てたんですよ。両親がプロレスの大ファンで、80年代のプロレスのビデオが家にたくさんあったので、武藤さんの試合は青いタイツをはいているときから見てます。
――〝スペース・ローンウルフ〟時代(1986~87年)ですね。
M でも、そのとき生まれてないだろ?
T 僕は91年生まれなので、生まれてないですね。
M 武尊の人生よりずっと長くプロレスやってるんだから、俺もボロボロになるよ!
T ハハハハハ!
M ただ、俺もボロボロだけど、武尊もボロボロなんだよ。試合(天心戦)の1週間くらい前にたまたま病院の待合室で会ってね。武尊もこんなにボロボロだったんだって、そこで知ったから。
T 膝の状態が悪くて、歩けないくらいになって病院に行ったときにお会いして。
M だから、大丈夫かな?と心配しながらも当日は純粋に応援していたよ。俺はK-1に関しては素人だけど、「あと1、2ラウンドあったら武尊が逆転勝ちしたんじゃないの?」っていうくらいの試合をしてたよな。
――最後まで武尊選手は前に出続けていましたからね。
M 1ラウンドにたまたまいいのが1発入ってダウンしたけどさ、それ以降は見ていて全然不安じゃなかったから。
T 僕はけっこうスロースターターで、後半上がっていくタイプなので。でも、(天心は)うまかったです。
M 3ラウンド制というルールだからしょうがないけど、もっと見たかったというのが正直なところだよ。
――東京ドームが超満員で記録的な動員となり、リングサイド最前列が300万円という価格も話題になりました。
M あの試合は格闘技イベントの価格を底上げしてくれたよな。武尊の試合が300万だったから、俺の引退試合(来年2月21日、東京ドーム)のチケット代もちょっとつり上げようかなと。
T ハッハッハ!
M つり上げてもいいのかなという錯覚に陥った(笑)。
T いやいや、それくらいの価値ありますよ。武藤さんの闘う最後の姿を最前列で見たいという人はたくさんいるはずですから。いきましょう、500万で!(笑)
M 500万で売り出して、引退試合のリングサイドがガラガラだったら寂しいよ(笑)。武尊は300万のチケットも全部売り切れて、東京ドームが満員になって、プレッシャーにならなかった?
T むしろうれしさのほうが大きかったですね。僕がファンだった頃、プロレスが東京ドームでバンバンやっていたり、K-1も地上波のゴールデンでやっていて、そういう大きな舞台、華やかな舞台に憧れて僕は格闘技を始めたんです。
でも、デビューしたときは格闘技が下火で、数百人規模の会場でしかできなくて。ドームのような大会場でできない悔しさとずっと闘ってきたので、「やっとここまで来られたな」といううれしさのほうが大きかったんです。
だから、オープニングセレモニーで東京ドームの花道からお客さんが埋まっているのを見たときに、まだ試合が終わってないのに涙が出てきたんです。「こんなにお客さんが集まってくれるようになったんだ」って。
M それを武尊がつくり上げたわけだからな。あとは那須川天心っていう存在が同時代にいたっていうのも大きいと思うんだよ。ある意味、俺と髙田(延彦)さんがやった試合(95年10・9東京ドーム)と似たような部分があって。
武尊と天心もそれぞれ違う団体にいて、本来なら実現しないはずの闘いが実現したことで、後世に語り継がれる試合になったよね。武尊にとっても財産になったと思うよ。
T ありがとうございます。
■「負けることの概念が変わったんです」
M 俺はどうしても物事をプロレス的に考えてしまうんだけど、プロレスって物語を「点」で終わらせず「線」にするのが大事なんだよ。でも武尊は俺に試合前、「勝っても負けてもやめる」って言ってたよな。で、どうするの?
T 今回に限らず、「負けたらやめる」って10年前くらいから決めてて、ずっと勝っていたからやめずに続けていたんですけど。でも今回の試合は体的に限界にきていたこともあって、負けたら無条件でやめるって決めていたんです。
僕は、敗者は何も言葉をかけてもらえないと思っていたんですよ。勝った人がすごい歓声を浴びて、負けた人は何もなく下がっていくというのが僕の考えだったんです。
――勝者がすべてを手に入れて、敗者はすべてを失うと。
T そう。でもリングを下りたときに、お客さんが通路にたくさん集まってくれて、「武尊ありがとう!」と言ってくれたのを聞いて、負けることの概念が変わったんです。
僕はこの10年負けなかったんで、負けることがすごく怖かったんですよ。負けたらすべてを失って人生終わるくらいの気持ちでいたんで。でも、負けたのに「また見たい」とか「やめないで」と言ってくれる人がすごくたくさんいて。これだけ求められているのに、自分のプライドだけでやめるのは違うのかなって。
M 前向きになってるね。いいことだよ。
T やめるにしても、もう一回勝つ姿を見せてからやめないと、応援してくれてる人に失礼なのかなって。それもあって今回、膝の手術をちゃんとしようと思ったんです。
M プロレスと格闘技はまた違うけどさ、プロレスって負けた人間がそこから立ち上がる姿を見せるものなんだよ。
ファンの人たちだって、実生活で勝ち続けてる人なんてほとんどいないよ。みんな大小何かしら挫折を経験しているからこそ、そこから立ち上がろうとする人に共鳴するんだよ。ここからまた強くなろうとする武尊を見たいというファンはいっぱいいるはずだよ。
T 僕も小さい頃、プロレスラーが勝っている姿以上に、やられて倒れてもそこから立ち上がっていく姿を見てパワーをもらってたんですよ。
僕は勝ち続けることでしかパワーを与えられないと思っていたんですけど、ファンの人たちの声を聞いて、僕が立ち上がる姿を見てパワーを受け取ってくれる人がいるんだって気づかせてもらいました。
M だから、ここからの生き方って重要だよ。武尊はこれからの人生がまだまだ長いわけじゃん。俺は今年60だから、やめてもそんなに余生がないから、先のことをあまり考えなくてもいいけどさ(笑)。
T いやいやいや(笑)。僕自身、現役を続ける上で武藤さんからパワーをもらってるんですよ。僕は病院とかで、武藤さんが歩くのも大変な姿を何度か見ているじゃないですか。
でも、リングに上がるとすごい動きをされるので、あのボロボロの状態であの動きをしてるんだなって思うと、僕もこれくらいで「痛い」とか言ってちゃダメだなって気持ちになるんです。
――武尊vs天心のちょうど1週間前、武藤さんは6・12「サイバーファイトフェスティバル2022」で引退を発表しました。武尊選手が「負けたら引退」を覚悟していたとき、武藤さんは引退を決断した形になるんですね。
M 俺の場合、決断したというより主治医のドクターストップだからね。去年、「プロレス大賞」で年間ベストバウトを獲(と)れて自分をアピールできたから、いい引き際かなって。沈んでいって引退するのはイヤじゃん。
T 武藤さんの年齢、キャリアでトップのまま引退できるのはすごいと思います。
M まだ続けたい気持ちはあるけど、やり残したこともそんなにないしね。ところで、武尊はプライベートは充実してるの?
T そんなに充実してないですね(苦笑)。
M そりゃそうだよな。あれだけ試合に没頭してりゃあ。酒も飲めないだろうし。
T お酒はもう6、7年やめてるんで。
M じゃあ何が楽しみなの?
T 何も楽しくなかったですね(笑)。勝つことが一番の喜びだったんで。でも今回負けて、膝の手術をして練習もできない期間が生まれたので、今まで経験できなかったことをいろいろしてみようかなと。
M 例えば?
T 今月、アメリカへ語学留学に行くので、向こうでいろいろ経験してみようかなと。命をかけてやってきたことを日本だけで終わらせたくない、海外でも認められたいっていう気持ちもあるので、まずは体を治してから海外も視野に入れていろいろ挑戦しようと思ってるんです。武藤さんは海外にもファンがたくさんいますよね。
M 少し自慢になるけど、WWEで俺の過去の試合映像がレスラー育成の教材として使われてるんだって。
T それはすごいですね。
M あと、俺は行ったテリトリー全部でベルトを獲ってる。プロレスではベルトは「信用」だからね。「こいつがベルトを獲ればビジネスがもっと潤う」っていうプロモーターの期待があるわけで。
――国内外の各地でそれを背負ってきたと。その背中を後輩に見せてきたわけですよね。
M いや、見せたかないけど、勝手に見えちゃう。自分が生きるためにしかやってない。
T 勝手に見えちゃうって、一番カッコいいですね! 僕も次の世代に背中を見せられるように頑張らなきゃなと思います。だから復帰の場所に関しても、しっかり考えたいと思います。
■グレート・ムタの後継者に!?
M 復帰の場所は大事だよな。天心はボクシングに行くんでしょ。武尊はそういうのはないの?
T いろいろ考えてはいます。負けた1週間後くらいはやっぱりやり返したいんで、天心がもうキックボクシングをやらないなら、自分もボクシングに行けばやれるのかなとちょっと考えました。
だけどほかにもやりたいことはいろいろあるし、違う競技になるかもしれませんけど格闘技はやりたいと思っているので、いろんな可能性を視野に入れつつ次に向けて動いていこうと思ってます。
M アメリカのキックボクシング事情ってどうなの?
T キックボクシングはあまり盛んじゃなくて、ボクシングかMMA(総合格闘技)という感じですね。なので僕も向こうに行ったときは、MMAのジムで練習して、いいものを吸収したりしてます。
M MMAに興味あるの?
T はい、あります。
M マジで? やめたほうがいいよ。
――なんでですか(笑)。
M なんかネチョネチョしてんじゃん。
T ハハハハハ! 寝技がネチョネチョってことですか?
M そう。武尊はもっとシャープなことをやったほうがいい気がするけどな。
T MMAでシャープな打撃で闘えるようにします(笑)。
M まるっきり違うことやればいいじゃん、格闘技じゃなくて。
――それは引退してからでいいんじゃないですか(笑)。
M だけどスポーツって基本的に若いうちしかできないじゃん。動体視力もいいし、ハンドスピードも速いんだから卓球とかいいんじゃない?
T 卓球ですか!? いやぁ、僕は武藤さんみたいに役者もやってみたいんですけど。
――武藤さんのデビュー作は『光る女』(87年、相米慎二監督)という映画で、いきなりの主演でしたね。
M だけどそれ以来、主演の話なんか来ないんだから才能ねえんだよ(笑)。
T いろいろやりたいことはありますけど、まずは格闘技でしっかり復帰したいですね。
M そこで俺のほうから提案なんだけど、復帰戦は武尊って名前を隠してさ、マスクマンで出るとかどう?
T 僕、マスクしたまま試合やるんですか?(笑)
M 正体不明のヤツが圧倒的に勝って「なんだ、この新人は!?」って話題になるよ。俺がプロデュースするならそうするな。アメリカ語学留学を生かして言葉も英語しかしゃべらないようにしてさ。
T 正体不明で国籍不明なんですね(笑)。
M それをK-1でできるのは武尊しかいないよ!
T じゃあ、ちょっとK-1と交渉してみます。マスクでの試合をOKしてもらえるかどうか(笑)。
M え、マスクはダメなの?
――そりゃ、普通に考えたらダメでしょ(笑)。
T 必要以上の防具は着けられないルールがあるので。
M じゃあペイントか。
T ペイントなら「愚零斗武尊(グレートタケル)」として出たいですね(笑)。漢字も「愚零斗武多(グレートムタ)」とほぼ同じですし。
M じゃあ、半年ぐらい完全に業界から消えて、ある日突然、愚零斗武尊で出るか!
T そのときは毒霧を教えてください。反則ですけど(笑)。
M 毒霧はレフェリーがよそ見してるときに吹くから大丈夫だよ(笑)。
――では最後に、来年2月に引退される武藤さんに、武尊選手からエールをいただけませんか?
T 僕がエールなんておこがましいですけど、残りの現役生活、思いっきり楽しんで闘ってください。最後の試合はぜひ見に行かせていただきたいです。あと、僕はムタも大好きなんですよ。
M ムタも1月22日(横浜アリーナ)で引退なんだよ。
T ムタによろしくお伝えください。「最後の試合を見に行きたい」と伝えてもらえたらうれしいです。
M でもムタの見せ場なんて、昔から入場だけだからな!
T そんなことないです(笑)。試合もめちゃくちゃ面白いですよ!
M まあ、ムタには伝えておくよ。「おまえが引退して魔界に帰っても、武尊が愚零斗武尊として跡を継いでくれるよ」ってね(笑)。
●武藤敬司(むとう・けいじ)
1962年生まれ、山梨県出身。84年、新日本プロレスでデビュー。90年代に橋本真也、蝶野正洋との闘魂三銃士で台頭し、以降、長きにわたりマット界のトップに君臨。全日本プロレス、WRESTLE-1を経て2021年、58歳にしてプロレスリング・ノアのGHCヘビー級王座を獲得。来年2月21日、東京ドームのリングで39年の現役生活にピリオドを打つ。試合の詳細はプロレスリング・ノア公式サイトにて
●武尊(たける)
1991年生まれ、鳥取県米子市出身。闘争本能むき出しのファイトスタイルでKO勝利を連発し、2015年にスーパー・バンタム級、16年にフェザー級、18年にスーパー・フェザー級で王座を獲得し、K-1史上初の3階級制覇を達成。6月19日の那須川天心戦は東京ドームを超満員にしてPPV販売50万超を記録する社会現象に。戦績42戦40勝(24KO)2敗。試合の詳細はK-1公式サイトにて