リング上でひとりだけ異なるリズムを刻んでいる。たとえるなら、多くがカスタネットでリズミカルな音を奏でる中、力いっぱい和太鼓を叩き、大きな音を響かせる。その残響は観客の心を震わせ、強烈なインパクトを残す。異質で唯一無二。武居由樹(たけい・よしき/大橋ジム)はそんなボクサーだ。
「ほかのボクサーのほうがテンポが速い。『タ・タ・タ・タン』がボクシング。キックボクシングは3ラウンドしかないんでパンチを思い切り振っていい。『ドーン、ドーン、ドーン』という感じですかね」
10月上旬の横浜・大橋ジム。武居は闘うリズムの違いをそう説明すると、キレイに刈り上げられた髪を触り、少し照れくさそうにはにかんだ。
「それが武器です。K-1スタイルの遠い距離だったり、リズムがほかのボクサーからしたらやりづらいのかな」
K-1世界チャンピオンからボクシングに転向し、昨年3月のデビュー戦から3連続1ラウンドKO勝ち。4戦目は東洋太平洋王座に2度挑んだ猛者を2ラウンドで沈めた。
今年8月には東洋太平洋スーパーバンタム級王者ペテ・アポリナル(フィリピン)に挑み、3度のダウンを奪って5回TKO勝利。同じジムで世界バンタム級3団体統一王者の井上尚弥、指導を受ける元世界3階級制覇王者の八重樫 東(やえがし・あきら)トレーナーに並ぶ5戦目で東洋太平洋王座のベルトを巻いた。
「戦績を見ても、ここまで順調に来ている。これからどんどん相手が強くなっていくので、大変になっていくんだろうなと思っています」
不規則なアッパー、ボディ、左ストレート。そして、最も予測不能なタイミングで繰り出すのは、左構えから体全体で飛び込む右フックだ。前触れもなく突如、「和太鼓」が鳴ったと思ったら、相手はバタッと倒れている。
「(このパンチの)きっかけは子供の頃、キックのジムに出稽古に来ていたMMA(総合格闘技)の選手がやっていて、それを遊びでまねしていた。K-1時代からちょこちょこ使っていたんですけど、ボクシングのスパーリングでも当たる感覚があったんです」
26歳。格闘技人生を重ねてきたからこそのボクシングスタイルだ。10歳から古川誠一会長が指導する「POWER OF DREAM」でキックボクシングを始め、高校では並行してボクシング部に所属した。高校3年のとき、後輩がキックでプロデビュー。その姿を見て「カッコいいな。オレも」とプロの道に進む。
キックボクシング団体「Krush」で王者になり、K-1でも2017、19年とスーパーバンタム級WORLD GPを制し、世界をつかんだ。しばらくすると、新たな目標を見いだせなくなっていた。
「ある程度の相手と闘って勝っても、また次もこの選手がリベンジしてくる、みたいな感じだったんです。自分の中でK-1ではやり切ったな、ゴールに行ったのかなというのがありました」
――モチベーションが保ちにくくなっていたと。
「はい、挑戦したい気持ちがあって。高校のとき、ボクシングで全然いい結果を出せなかった。それでチャレンジしようと。その頃、尚弥さんの試合を見たのもあって」
――19年11月、フルラウンドの死闘となったノニト・ドネア(フィリピン)戦ですね。
「前のほうの席で見させてもらって、本当に盛り上がって。雰囲気とか、尚弥さんもすごいなと引きつけられました」
キックは25戦23勝(16KO)2敗の戦績を残し、20年3月の試合を最後に引退。元K-1世界王者の肩書を引っ提げ、井上の所属する大橋ジムへ。ボクシングの世界チャンピオンを新たな目標に設定した。
フットワークや間合いなど、キックとボクシングの技術は似て非なるもの。例えば、頭を深く下げるディフェンスはキックでは膝蹴りの餌食となるリスクがあるためご法度だが、ボクシングでは不可欠。適応するのは簡単ではない。
八重樫トレーナーは武居を初めて見たとき、「ボクサーのセオリーにはない打つタイミングや避(よ)け方。こんなに癖の強い選手、どうすればいいのか」と戸惑ったという。
だからといって武居を正統派のスタイルに矯正することはなかった。悪癖のみそぎ落とし、長所はとことん磨いていく。バックボーンを生かしつつ、武居しかできない、オンリーワンのボクシングを確立しようとしている。
八重樫トレーナーは「攻防兼備の完璧なボクシングを求めていない」と言う。井上のような洗練された技術は「芸術」と評される。だが、「武居はそれとはちょっと違う。びっくり箱みたいに何が飛び出すかわからない、みんなが『エッ』と驚く。そういうボクサーでいい」と表現した。
ファイトスタイルだけではない。武居は培ってきたK-1の精神を貫き、今なお背負っている。
これまで質問を投げかけると、じっくり考え、丁寧に答えを導き出していた。だが、この問いにはすぐ口を開いた。
――K-1をやってきて、ボクシングに生かせているところはありますか?
「やってきた自信です。K-1でやってきた、という自信はあります」
――世界王者にもなりました。
「リングへの慣れ、経験値ですね。K-1の大きな舞台でトップの選手と闘ってきた自信がある。試合で変な緊張をしないですから」
――K-1への思いが強い。
「育ててもらった感謝の気持ち。いろんな思いを背負っています。K-1王者としてボクシングでも成功したい。僕が負けたら......じゃないけど、そういう気持ちがある。両方で世界王者になった人はいないですよね」
――観客を意識した試合をする。それもK-1からですか。
「(その日の興行の中で)一番目立とうと思っています。(K-1時代も)武尊(たける)選手がメインでも自分が一番早く倒す、派手な倒し方をしたい、じゃないと埋もれちゃうと思っていたので」
ボクシング転向から1年半が過ぎ、世界を狙える位置まで駆け上がった。しかし、「自分はまだまだ」と思わせてくれるボクサーが身近にいる。米専門誌『ザ・リング』が認定する、全階級を通じての世界最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド」で1位になった井上だ。
昨年6月、一度だけ軽い手合わせをしたことがある。
「怖かったですね。12ラウンドやったんですけど。精神的にも肉体的にもきつかった。常にピリピリしていて、やられるなという感じでした」
出したパンチは防がれ、得意の飛び込んでの右フックも打たせてもらえない。常に井上のパンチが当たる距離にいる気がする。力んでいたのか、翌日は全身筋肉痛になった。
「一番いいチャンピオンがいる。頂上が見えるというか、ありがたいですよね」
ここからは世界への道。その中で、同じくキックからボクシングへ転向してくる〝神童〟那須川天心(なすかわ・てんしん)との対戦も期待されるだろう。
――那須川選手とは小さい頃にキックで対戦経験(3敗1分け)があります。
「最高でドローで1回も勝っていない。内容は覚えていませんが、速くてうまい選手だったという記憶がありますね」
――ボクシングでも対戦してみたいですか?
「天心君のデビュー戦でやりたいとかそういう気持ちはないです。いつか、お互い上のステージにいたとき、タイミングが合えばやりたいなって」
――いざ実現となれば、注目されるビッグマッチです。
「だから、それまで自分も一戦一戦負けられないです」
次戦は12月13日、東京・有明アリーナで東洋太平洋王座の初防衛戦。世界ランカーのブルーノ・タリモ(タンザニア)を迎え撃つ。メインは井上のバンタム級4団体統一戦。井上拓真や清水 聡、平岡アンディら、大橋ジムの主力選手がそろう豪華興行だ。
「倒して勝ちたい。早いラウンドで倒すチャンピオンになりたいです」
穏やかな、しかし意志の強さが伝わってくる口調でそう言った。
何が飛び出すのかわからないびっくり箱。対戦相手を派手に倒し、会場にパンチの音が残響となってこだまする。一番目立つ。そのスタイルはこれからもずっと変わらない。
●武居由樹(たけい・よしき)
1996年生まれ、東京都足立区出身。大橋ジム所属。元K-1WORLD GPスーパーバンタム級王者の肩書を引っ提げボクシングに転向し、昨年3月にデビュー。今年8月、東洋太平洋スーパーバンタム級王座獲得。戦績は5戦5勝(5KO)。12月13日に初防衛戦を行なう