今年のプロ野球ドラフト会議は、9球団が1位指名の選手を事前に公表する異例の事態となった。
これまではサプライズ指名や、競合した際の交渉権獲得を巡る抽選がドラマを生んできたが、今回の競合は2選手。しかも2球団によるもので複数球団による抽選はなかっただけに、「盛り上がりに欠けた」と感じたファンも多いだろう。
かつて横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)などで活躍し、現在は解説者や野球系YouTuberとしても活躍する高木 豊氏は、今回のドラフトをどう見たのか。同氏はDeNAでヘッドコーチを務めた経験もあり、球団側とファン、双方の視点から「複雑な心境」と語る。
「ファンにとってドラフト会議は駆け引きを楽しむもの。例えば、玉手箱から最初に飛び出してくるものがわかっていたら面白くないですよね。指名選手を先に公表したらイベント性はないですし、プロ野球は〝興行〟ですから、今回の事態は看過できません。
ただ、首脳陣の立場からすれば、獲(と)りたい選手を公表してほかの球団を牽制(けんせい)することも考えます。
プロ野球はファンに勝利を届けることが一番のファンサービスという意味では、『この選手が入ったおかげで優勝できた』となるのが理想。だから球団側としては、『勝利を届けるためのひとつの戦略なんだ』と納得してもらうしかないですね」
その中で盛り上がりを見せたのが、今夏の甲子園で評価を上げた外野手、浅野翔吾(高松商高)を1位指名した巨人と阪神による競合だ。ライバル球団による抽選の結果、交渉権を獲得したのは巨人。その育成について、高木氏は次のように語る。
「考え方がしっかりしていますし、おのずと育っていきそうですね。ただ、彼はスイッチヒッターですが、『プロでも続けさせるのか?』が気になるところです。まずは右打ちでアピールしたいようですし、本人も『左打ちは、右打ちで活躍できてから取り組む』と言っていましたけど、コーチ陣の判断に注目です」
浅野は高校通算68本塁打を誇るスラッガーだが、1位指名を受けた後に「中距離打者として勝負したい。チャンスメーカーになりたい」と述べるひと幕もあった。
「彼は走力も高く、打率3割、出塁率4割くらいを目指せると思います。タイプ的には、1番や3番を務められるような選手になってほしい。
でも、プロ入り後もホームランを量産できるようなら長距離打者として歩んでいってもいいわけですから、早くから『自分は中距離打者だ』と決めつけないほうがいいと思いますね」
1位指名公表の恩恵が大きかったのは、共にリーグ優勝したヤクルトとオリックス。即戦力として期待される投手との交渉権を、すんなりと獲得した。
「ヤクルト1位の吉村貢司郎(東芝)とオリックス1位の曽谷龍平(白鷗大)は、競合しなかったのが意外なほどいいピッチャーです。『セ・パの優勝チームに、こんなプレゼントがあっていいのか』というくらい。
特にヤクルトは先発投手が不足していますし、吉村はすぐにでも先発ローテーションに入る力があると思います」
一方で高木氏は、「事前に公表、指名するのがその選手でよかったのか?」と疑問を抱いた球団もあるという。
「驚いたのは中日です。投手の仲地礼亜(沖縄大)を1位で指名することを事前に公表してそのとおりになりましたが、中日はキャッチャーも欲しかったはず。現在の正捕手である木下拓哉は、周囲からもリード面でいろいろ言われることがあり、ファームに落とされることもあった。
そういう扱われ方を見ていると、『木下の後釜になるキャッチャーは誰だ?』という話になりますが、現チームにはなかなか見当たりません。
そう考えると、例えばDeNAが1位で指名した松尾汐恩(大阪桐蔭高)を、競合になってでも1位指名する手もあったはず。松尾は『いくつかの球団が1位候補に挙げている』という報道がありましたし、中日がそう発表していれば、DeNA側も指名を迷ったかもしれません」
高木氏は「『仲地と松尾、どちらの評価が上か?』という問題ではない」と続け、あくまでチームの状況を考えた戦略の必要性を話した。
「仲地は注目度こそ高くなかったかもしれませんが、ここ最近上り調子で成長してきたそうですし、中日は素質を感じたんでしょう。仲地としても(抽選が外れた後に指名する)〝外れ1位〟より単独指名してくれたほうが気持ちがいい。入団後のモチベーションも考えて、心に訴えかける戦略だったのかなと思います。
ただ、事前に9球団が1位指名選手を公表していたので、松尾を1位指名しても複数球団による競合にはならず、おそらく2分の1の確率で交渉権を獲得できたはずです。なぜ、その2分の1の確率にかけられなかったのか。ドラフトの戦略としてどうだったのかな、とも思います」
事前の評価やドラフトの指名順位は、プロに入ってしまえば関係ない。〝外れ1位〟やドラフト下位の選手はもちろん、近年はソフトバンクの千賀滉大や甲斐拓也に代表されるように、育成ドラフトから球界のスターとなった選手も増えている。
「昨年に巨人がドラフト1位指名した大勢も、プロ入り前はそれほど注目されていませんでした。でも、ふたを開けてみたらストッパーとしてものすごい活躍をした。だからドラフトの結果だけで『成功か否か』を言うことはできませんが、もう少し駆け引きや戦略が必要だったのでは、と思う球団もありましたね」
ドラフトが本当に成功したかどうかは、今後の選手たちの活躍次第。それでも、今後も1位指名の事前公表が続くようであれば、球団もそれに合わせた戦略が必要になってくるかもしれない。