実はサッカー日本代表ファン歴26年・高橋杉雄氏。着用しているのは川崎フロンターレ時代の三笘モデルのユニフォーム実はサッカー日本代表ファン歴26年・高橋杉雄氏。着用しているのは川崎フロンターレ時代の三笘モデルのユニフォーム

ロシアのウクライナ侵攻に関する戦況・情勢の解説で連日メディアに出演している高橋杉雄氏。実は、川崎フロンターレのホームゲームと、埼玉スタジアムで行なわれる日本代表の公式戦はほぼ全試合スタジアムで生観戦するほどの"ガチサポーター"でもある。

現代軍事戦略論のプロは、森保ジャパンの戦いをどう見るのか? 米ローレンス・リバモア国立研究所主催の核戦略の会議から帰国した翌週、多忙な合間を縫ってインタビューに応じていただきました!(本文中敬称略)

■戦術のイノベーションは戦力の拮抗から生まれる

――まずは高橋さんのサッカーファン歴、観戦歴を教えていただけますか。

高橋 私はもともと野球ファンで、初めてちゃんとサッカーを見たのは1996年のアトランタ五輪、日本がブラジルを1-0で破った"マイアミの奇跡"です。野球の日本対キューバ戦が終わってザッピングしていたら、試合途中でまだ0-0だった。「おお、すげえじゃん」と思って見始めたら、伊東輝悦(てるよし)のゴールが生まれて。

――そこから、まずは日本代表の試合を見るようになったんですね。

高橋 そうです。ただ、スポーツファンとしてJリーグの地域密着の理念には共鳴していたので、ちゃんと好きなチームをつくりたいと思いました。その頃、神奈川の川崎に引っ越したんですが、やっぱり読売のヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)を応援する気にはなれない(笑)。野球では西武ファンでしたし。

――確かに、当時のヴェルディは完全に"読売のチーム"でした(笑)。

高橋 そこで97年にJFLに参入したのが川崎フロンターレだったんです。そのフロンターレが、98年のJ1参入決定戦でアビスパ福岡にアディショナルタイムで追いつかれて敗退する"博多の森の悲劇"というのを経験しまして。自分はこのチームを応援すると決めました。

――高橋さんがサッカーを見るときのスタンスは"戦術派"ですか、それとも"とにかく応援派"ですか?

高橋 どんなスポーツを見るときも基本は"戦術派"ですね。野球でも配球を考えるし、ラグビーも戦術を考えます。何で勝敗が決まったかをわかりたい、「ここで勝負が決まる」と理解しながら見たい......後半25分までは。最後の20分は戦術を忘れて応援しますが(笑)。

――現代サッカーの戦術は複雑で難解ですが、それが「見える」ようになったきっかけはあるんでしょうか?

高橋 ペップ(・グアルディオラ)がバイエルン・ミュンヘン監督時代に提唱した「5レーン理論」がすごくわかった試合があって。

19年に川崎フロンターレ対ジュビロ磐田をたまたまゴール裏で観戦していたら、フロンターレの選手たちがボール位置を基準点として立ち位置を決めている「レーン」がグラウンド上にはっきり見えたんです。その試合では7レーンで立ち位置を決めているんじゃないかと私は思ったんですが。

高橋杉雄

――高橋さんの専門分野である安全保障や軍事の世界でのイノベーションと、サッカー戦術の進化との間に何か共通点はありますか?

高橋 軍事における革命的な現象は、拮抗(きっこう)した相手がいるときに起こるんですよね。物量だけで勝てるならイノベーションは必要ないですから。例えば第2次世界大戦の時代、ヨーロッパもアメリカもソ連も日本も戦車をどう使うか、いろいろなことを考えていた。

そこで一番成功したのがナチス・ドイツで、いわゆる"電撃戦"という戦術が生まれたわけです。その成功にはいろんな理由がありますが、競い合った中で生まれたというのは間違いなくあります。

70年代からアメリカが情報技術に集中的に資源を投入し、いわゆるハイテク兵器のイノベーションが起きたのも、ソ連と拮抗する中で、相手の物量に核兵器以外の手段で対抗しようとしたからです。

その観点でいうと、近年サッカーの戦術がプレミアリーグを中心に発展しているのも偶然ではない。ごく一部のビッグクラブだけでなく多くのクラブに豊富な資金があり、移民も含めて世界中から身体能力の高いアスリートが集まっているからこそ、戦術を発展させないと勝てない。そこでトライ&エラーが繰り返されていくという構図です。

――戦術の最先端がクラブチームにある中、W杯という大会の魅力は?

高橋 国旗を背負ってプレーする選手たちを理屈なしで応援する楽しさがありますよね。そして、国旗を背負うがゆえに選手のプレーが変わる

最近の際立った例が今年6月のW杯欧州予選プレーオフ最終ラウンド、ウクライナ対ウェールズでのギャレス・ベイル(ウェールズ)です。自分勝手なプレーでレアル・マドリードにいられなくなったあのベイルが、プレスバックはするわ、最終ラインまで戻るわ、必死でボールキープして時間を稼ぐわ......。

選手があれだけの自己献身をすることによる試合の面白さは、やはり大きな魅力じゃないですか。

――今大会で日本代表は厳しいグループに入りました。番狂わせの条件はなんだと考えられるでしょうか?

高橋 W杯のレベルとなると撃ち合いでの番狂わせは考えづらいですから、基本は1-0の試合でしょうね。前回大会でいうと、例えばグループFのメキシコ対ドイツ。番狂わせが起こるとすれば、きっちり守って、しかもキーパーが当たっていて、カウンターで得点という形でしょう。

――より具体的に考えると、どんな戦い方が想定できますか?

高橋 よく指摘されるように、アジア予選とは完全に戦い方を切り替えるわけですよね。大迫(おおさこ・勇也)を外すならポストプレーからの組み立てではない。古橋(亨梧[きょうご])を外すならサイドから早めにクロスを入れて裏に抜けるわけでもない。

あれだけはっきりした特徴のある選手を入れなかったのは、逆にグループリーグ3試合それぞれの戦い方をはっきりイメージできているからだと思います。おそらく、いわゆる"自分たちのサッカー"を押し通すのではなく、相手に合わせて戦い方をチューンしていくのでしょう。

そして、森保監督はそれを一切表に出さないでしょうし、出すべきではない。対戦国に情報を与えてはいけませんから。その意味で、中山(雄太、ケガで出場を辞退)の代わりに招集されたのが国際的には情報がまったくない町野(修斗[しゅうと])だったというのは非常に面白いですよね。

高橋杉雄こちらは2010年南アフリカW杯の決勝トーナメント1回戦、フロンターレのレジェンド・中村憲剛がW杯初出場を果たした日本対パラグアイ戦の記念モデル

■あふれる三笘愛。南野の守備も注目

――森保監督は会見でもインタビューでも、戦術面や選手選考に関して具体的なことを絶対に言わない人ですよね。どういった指揮官だと見ていますか?

高橋 代表監督には戦術家としての能力に加えて、モチベーターとしての能力、セレクターとしての能力が必要とされます。その意味で特徴的なのは、メディアやサポーターから解任論が出た時期も、チームから不協和音が漏れてこなかったこと。

どの選手も負けを他人や監督のせいにせず「自分に矢印を向ける」コメントが多かったですよね。ということは、森保監督はモチベーターとしての能力が非常に高いと想像できます。

自衛隊ではそういった能力のことを「統率(とうそつ)」と呼ぶんです。上官は頭がいいだけではダメで、部下の心をつかむ必要があるということですね。

そして、セレクターとしての能力――これは誰かを「選ぶ」という意味と誰かを「選ばない」という意味と両方です――に関しては、これまで賛否両論がありました。

ただ今回のメンバー選考を見ると、おそらく戦い方のイメージに沿って、なんらかの基準が決まっている。誰かを選んだ理由、あるいは選ばなかった理由というのは、大会が終わってみないとわからない部分でしょうね。

――では、大会のキーマンとなる選手は?

高橋 三笘(薫[みとま・かおる])でしょう(即答)。

――三笘はフロンターレサポーターにとってどんな選手ですか?

高橋 「ウチの子」(即答)。

――ウチの子!

高橋 なんて言えばいいんですかね......西武ファンにとっての松坂(大輔)とも違うし。20年、21年のシーズンはフロンターレサポーターが運命を託した選手です。スタメンであれば「三笘がいれば大丈夫」。

あるいは途中出場であれば相手のサポーターに絶望感を与える。しかもドリブルで抜くしちゃんと点を取る。ファンとしてものすごくわかりやすい選手ですよ(笑)。

――起用法はどうなるでしょうか。代表では後半からの途中出場も多いですが。

高橋 三笘、久保(建英[たけふさ])に加えて相馬(勇紀)も選んだのは、左サイドで併用しながら相手のリズムを崩していく意図を感じますよね。

大会全体をにらむなら、本当は三笘を初戦からスタメンで使うより、後半の切り札として使っていきながら、決勝トーナメントに入って相手も疲れてきた時期に、より出場時間を延ばしていくのがベストかもしれませんね。もちろん実際には、日本にそこまで余裕があるとは思いませんが。

――ほかに気になる選手はいますか?

高橋 これは完全に個人的な想像ですが、前線からのプレスを考えるなら、南野(拓実)のスタメンというチョイスもありえるかな。スタジアムで生で見ていると、南野のディフェンスはやっぱりリバプール仕込みだなと感じます。

立ち位置、プレスの角度や速度、ひとりだけレベルが一段違うんですよ。攻めなきゃいけないコスタリカ戦と、耐える時間が長くなるドイツ戦やスペイン戦では、当然最適な選手も変わってくるでしょうし。

――では最後に、日本代表の順位予想、もしくは願望を聞かせてください。

高橋 最初から負けても仕方ないなどという試合はないというのが、私が応援するときの基本的なスタンスです。例えばラグビーでニュージーランドと戦うときも、1%の勝利の可能性を信じる。

その意味で、最後は勝って終わりたいという願望も込みで言うと「3位」ですね。ベスト8が目標だと、準々決勝は負けてもいいことになっちゃいますから。

それに、過去にも3位に中堅国が入ったことは何度もあります。例えば98年フランス大会のクロアチア、02年日韓大会のトルコ。非常によくまとまった中堅国がそこまで行く可能性は十分にあります。

――逆に言えば、「まとまっていること」が躍進の最低条件になるということですね。

高橋 それと、三笘が爆発すること(笑)。得点王を争うくらいの活躍をしてくれれば、準決勝まで勝ち上がる夢を見られると思います。

高橋杉雄

●高橋杉雄(たかはし・すぎお)
1972年生まれ。防衛省防衛研究所防衛政策研究室長。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、ジョージ・ワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。専門は現代軍事戦略、日米関係。今月発売された新刊『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』(森本敏・秋田浩之編著、並木書房)に論文『戦局の展開と戦場における「相互作用」』が収録