決勝戦の行なわれるルサイルスタジアム。収容人数は約8万8000人。全8会場のうち7つが新設。大会後はすべてが縮小または解体される予定だという決勝戦の行なわれるルサイルスタジアム。収容人数は約8万8000人。全8会場のうち7つが新設。大会後はすべてが縮小または解体される予定だという

われらが森保ジャパンが快進撃を続けるカタールW杯。大会への事前の関心度は実は日本に限らず、世界的にも低めだった。でも、始まってみればなかなかの盛り上がり! 史上初の中東開催、現地は今どんな感じ?

■カタール人は盛り上がってない!?

初の中東開催となった今大会、開幕前はカタールの性的少数者(LGBTQ)の扱いや外国人出稼ぎ労働者に対する人権問題などについて欧州から批判の声が上がるなど、盛り上がりが不安視されていた。加えて、カタールはそもそもサッカー人気が決して高いとはいえない国。果たして、開幕後の様子は?

11月20日(現地時間)に行なわれたカタールvsエクアドルの開幕戦、スタジアムには白い民族衣装をまとったカタール人を中心に6万7000人以上の観衆が詰めかけた。しかし、カタールが前半から2点を許す苦しい展開になると、ハーフタイム以降にほとんどのカタール人が席を立ち、試合終了時には半数も残っていなかった。

「ゴール裏には動員されたような応援団(おそろいの赤茶色のTシャツを着たサポーター集団)もいたし、地元のファンの多くがさっさと帰ってしまうし、奇妙なW杯開幕戦だったね(笑)」(英紙「メール・オン・サンデー」のオリバー・ホルト記者)

地元カタールが登場した開幕戦、エクアドルにリードを許す展開で客席はガラガラに地元カタールが登場した開幕戦、エクアドルにリードを許す展開で客席はガラガラに

W杯の盛り上がりは開催国の代表チームの頑張り次第ともいわれるが、カタールは第2戦にも敗れて早々にグループリーグ敗退が決定。ただ、大会が進むにつれ、ユニフォーム姿の大勢の外国人サポーターがドーハの街を活気づけている。特に目についたのは、隣国のサウジアラビア、同じイスラム圏のチュニジア、南米のエクアドルあたり。

ちなみに今大会、国外から最も多くの観戦チケットを購入したといわれるのがサウジアラビアだ。初戦でアルゼンチンに勝利を収めたこともあってか、メトロの車内で出会ったサウジの若者は興奮気味にこう言った。

「サウジから何人来ているか? そんなのわからないよ。車で国境を越えれば、すぐだから。見たか、メッシのあのざま(笑)。アルゼンチンに勝つなんて最高だよ!」

地元カタール人の盛り上がりはイマイチながら、日を追うごとに盛り上がりを見せているのは確かだ。

地下鉄で盛り上がるサウジアラビアのサポーター。中東勢や北アフリカ勢のサポーターの姿が目立つ。欧州勢は少なめ地下鉄で盛り上がるサウジアラビアのサポーター。中東勢や北アフリカ勢のサポーターの姿が目立つ。欧州勢は少なめ

■ビールは高いが、飲める場所は多い

イスラム圏のカタールでは表立った場所ではアルコールを口にできない。当初予定されていたスタジアムでのアルコール販売も、大会開幕2日前に急遽(きゅうきょ)中止が決まった。

公の場でアルコールの販売が行なわれているのは、首都ドーハのファンフェスティバル(FIFA公認のイベント会場)のみ。そこでは19時以降にバドワイザーの500ml缶が50リヤル(約1900円!)で販売され、連日大行列ができている。

開幕2日前にスタジアムでの販売中止が決まったビール。ただ、スタジアム以外では飲める場所も意外と多い開幕2日前にスタジアムでの販売中止が決まったビール。ただ、スタジアム以外では飲める場所も意外と多い

ただ、実はホテルのバーやレストランなどこっそりと飲酒できる場所は意外と多く、イスラム圏以外から来たサポーターからも不満の声はそれほど聞かれなかった。

取材陣の作業場となるメディアセンターにも屋外バー(店名は「オアシス」!)が併設されており、そこではファンフェスティバルより10リヤル安い40リヤル(約1500円)で同じビールが飲め、さらに15時から17時までの間は33リヤル(約1200円)で飲めるハッピーアワーもあった。

■一日2試合"はしご観戦"は体力勝負

カタールの国土の広さは日本の秋田県と同程度。しかも大会のスタジアムは、すべて首都ドーハ近郊に集中している。前回のロシアW杯や前々回のブラジルW杯では、観戦するメディアやファンは試合ごとに飛行機、または夜行列車などで十数時間かけて移動していたことを考えれば、これほどありがたいことはない。

このコンパクトなエリアに世界中から延べ約120万人の来訪者が見込まれているだけに、スムーズな大会運営を疑問視する声もあったが、開幕戦など大会序盤に多少の混乱があった程度でおおむね順調。むしろ1都市開催ならではの利便性が際立っている。

決勝の行われるルサイル・スタジアム。外観も豪華決勝の行われるルサイル・スタジアム。外観も豪華

ドーハメトロと呼ばれる地下鉄に乗れば、8つのスタジアムのうち5つにダイレクトでアクセスが可能。残りの3スタジアムもバスに乗り継ぐことで、ドーハ中心部から30分~1時間程度で行けた。

そうした環境だからこそ実現したのが、W杯史上初(?)の"はしご観戦"。グループリーグでは時間をずらして一日に4試合組まれていることが多く、試合を見た後に別のスタジアムに移動し、もう1試合見られるのだ(FIFAもそれを奨励していた)。

なんとも贅沢(ぜいたく)だが、そこには落とし穴も......。

大会2日目、筆者は16時からのハリファ国際スタジアムでのイングランドvsイランの取材を終えた後、18時半発のバスで次の会場となるアハマド・ビン・アリ・スタジアムへ向かった。

多少の渋滞もあったが約1時間で到着。アメリカvsウェールズが始まる22時まで作業をこなし、24時に試合が終わると記者会見を取材、ようやくスタジアムを出たのは翌1時半過ぎ。そこから宿泊先のアパートにたどり着くと2時を回っていた。

この日の正午には日本代表の記者会見を取材しなければならず、そこから徹夜で原稿を書き上げた。これが毎日続いたら体はもたない。すべてがドーハ近郊で行なわれているため「あれもこれもできる」と楽しみにしていたが、早々に大きな勘違いだったと気づかされたわけである。

スーク(市場)の土産物店にはメッシ・バージョンの民族衣装が売られていたスーク(市場)の土産物店にはメッシ・バージョンの民族衣装が売られていた

■強烈な冷房に震えながらの観戦

現地で出会った40代の日本人男性サポーターも、はしご観戦を2日続けたことで体調を崩し、翌日以降のチケットをリセールに出さざるをえなかったという。

「スタジアムに行くと意外と歩くじゃないですか。混雑緩和のために地下鉄やバスを降りてから、何かと迂回(うかい)させられて片道2、3㎞は歩かされる。さらに外は気温30℃以上あって暑いのに、スタジアムの中に入ったらエアコンがガンガンに効いていて寒くて......。疲労と温度差にやられました(苦笑)」

ほぼすべてのスタジアムが冷房を完備。座る座席によっては涼しいを通り越して寒いほぼすべてのスタジアムが冷房を完備。座る座席によっては涼しいを通り越して寒い

もともとカタールW杯は、夏開催(6~7月)を予定してスタジアムに空調システムの導入を決めていたのだが、紆余(うよ)曲折を経て冬開催(11~12月)に落ち着いた。夏場は気温が50℃近くまで達するためエアコンは必須だが、冬の今は日中こそ30℃を超えるものの、日が沈むと25℃を下回ることも珍しくない。

それでも、スタジアムに入ると各所に設置されたダクトから強烈な冷風が吹き出していて、座席によってはそれが直撃するのだ。筆者も寒さのあまり、薄手の上着を2枚重ね着してなんとかしのいだこともあった。そこまで冷やさなくてもいいのにと思うが、それが彼らなりのサービスらしい。

とはいえそれを除けば、前述したように大会運営やインフラは総じて好評。新設された7つのスタジアムはいずれも素晴らしく、広々として快適なメディアセンターをはじめ、午前6時から深夜3時まで3路線がほぼ2、3分間隔で動いているドーハメトロは、どれも最新鋭で驚かされた。

「スタジアムやメトロが素晴らしいのは当然だろう。だって、今大会は準備に2200億ドル(約30兆円)もかけたといわれているからね(苦笑)」(エストニアのサッカーサイト『サッカーネット』のハルベラ・オト記者)

チケットを求めてダフ屋と交渉していたドイツのサポーターたちチケットを求めてダフ屋と交渉していたドイツのサポーターたち

■円安の日本人には厳しい宿泊事情

一方、取材や観戦に訪れた多くの人が不満に感じているのが物価の高さだろう。

特に宿泊施設の数が来訪者に対して圧倒的に少なく、宿泊費が高騰しているのだ。日本人的には円安も相まって相当に痛い。筆者がこれまで取材でドーハを訪れた際に宿泊していた1泊1万円前後のホテルも、大会前に予約サイトで確認すると0がひとつ増えているほど。はっきり言えば限度を超えている感もある。

そこで今回は、多くのファンがFIFAと大会組織委員会がドーハ近郊に8ヵ所用意した宿泊施設「ファンビレッジ」に滞在しているといわれる。ネット上には「水道から茶色い水が出た」「金額に見合わない」「収容所」といった声もあるが、実際はどうか。

ファンビレッジにはテント型、コンテナ型、キャビン型とさまざまなタイプがあり、筆者はドーハ中心部から南へ4㎞ほどの地下鉄駅近くにある、コンテナ約8500個が並ぶファンビレッジを訪れた。

お昼過ぎに現地に着くと、屋外の大画面前には13時キックオフの試合を観戦しようと大勢の人が集まっていた。クッション型のソファを不自然に縦に積み上げているのが気になったが、暑さをしのぐため日陰をつくっていると聞いて納得。

ファンビレッジ内にズラリと並ぶコンテナ。1泊およそ3万円と安くないが、海外からのサポーターはおおむね満足そうファンビレッジ内にズラリと並ぶコンテナ。1泊およそ3万円と安くないが、海外からのサポーターはおおむね満足そう

ファンビレッジ内のファンゾーン。暑さをしのぐため、クッションを積み上げて日陰をつくっているファンビレッジ内のファンゾーン。暑さをしのぐため、クッションを積み上げて日陰をつくっている

滞在中の日本人男性サポーターの野村さんにコンテナ内を見せてもらった。4畳半ほどの広さにシングルベッドがふたつ、冷蔵庫にクーラー、扇風機、簡易シャワー、トイレがついている。テント型のビレッジではクーラーもトイレもないところもあると聞いていたが、ここはそこまで劣悪な環境でもなさそう。

「地下鉄の駅が近く、世界中から来たファンがたくさんいるので、W杯気分を存分に味わえます。ただ、1泊3万円超えでこれかって気持ちはあります(苦笑)」(野村さん)

一方でドーハ港に停泊する豪華客船をホテル代わりにしているファンもいた。日本人男性の原田さんはこう言う。

「窓ナシの部屋で3食ビュッフェがついて1泊3万5000円。食事代を考えたらファンビレッジのコンテナよりもお得です。でも、冷静に考えると......決して安くないですね(苦笑)」

ホテル不足のため豪華客船も活用。窓ナシの部屋で1泊3食付き約3万5000円ホテル不足のため豪華客船も活用。窓ナシの部屋で1泊3食付き約3万5000円

プールサイドに設置された大画面で試合を楽しむ人もプールサイドに設置された大画面で試合を楽しむ人も

■ドイツを破った日本代表の評判

ピッチ内では、大会3日目に出場チームの中で最もFIFAランキングの低いサウジアラビア(51位)がアルゼンチン(3位)を破ったほか、モロッコがベルギーに勝利するなど下克上のサプライズが相次いだ。

もちろん、ドイツに勝った日本もそう。筆者はドイツ戦の翌日以降、街ですれ違う人から「まさかドイツに勝つなんて。日本最高!」と何度も声をかけられた。

日本vsドイツを取材していたスペインのジャーナリスト、パブロ・メリアン氏は「日本がドイツに勝てるなんて誰も思っていなかった。75分間は厳しい展開だったが、最後の15分間は勇敢だった」と驚いた様子。

一方、敗れたドイツの日刊紙「F.A.Z.」のミカエル・ホレニ記者は「ドイツでは、日本に敗れたことで嘆きの声が上がったよ。ただ同時に、『日本は勝利にふさわしかった』との声も多かった。それだけに、第2戦のコスタリカ戦の結果は意外だったね」と日本の戦いぶりは落差が大きかったとした。

大会はこれから終盤戦。ますます目が離せない。

ドイツ戦勝利のインパクトは大きかった! コスタリカ戦の会場には、日本のユニフォーム(ただし、現地で売られている激安のニセモノ)姿の外国人が急増したドイツ戦勝利のインパクトは大きかった! コスタリカ戦の会場には、日本のユニフォーム(ただし、現地で売られている激安のニセモノ)姿の外国人が急増した