文豪レスラー。ワン&オンリーのこの肩書を背負って活動を続けている作家、TAJIRI氏の新刊がアツい。
世界最大のプロレス団体・米WWEで長年にわたって活躍したTAJIRI氏は、世界中のプロレスファンにその名が知られた選手だ。各国のプロモーターからのオファーは引きも切らず。
その結果、TAJIRI氏にとって海外遠征は日常茶飯事。その旅の模様を準・実況式に綴(つづ)るのが、彼の『プロレス深夜特急』シリーズだ。その2冊目である『戦争とプロレス プロレス深夜特急「それぞれの闘いの場所で」・篇』には、最近3年間、計9行程の旅の模様が収められている。旅した地は日本も含め10ヵ国以上!
旅の時期が時期だけに、長期のロックダウンを経験した欧州各国のその後や、大量のウクライナ難民が流入したポーランドの人々の声など、ジャーナリスティックな興味に応えてくれる細部も充実している。
だがしかし、本書の魅力の核心となるのは、汎プロレス的ともいえるTAJIRI氏と人々との交流、そしてそこから紡がれる人生讃歌だ。思い煩うな、飛ぶ鳥を見て、TAJIRI氏を読め!
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――ご著書、非常におもしろかったです。シリーズのタイトルは『深夜特急』ですが、読み味としては沢木耕太郎さんよりむしろ椎名誠さんの『あやしい探検隊』シリーズに通じるものを感じました。
TAJIRI ありがとうございます。椎名さんは中学、高校、大学とずっと読んでいて、「ああ、こういう世界の住人になりたいな」と憧れていました。
――今、なられていると思いますよ。文章を書くようになったきっかけをお聞かせください。
TAJIRI プロレスをやっていると、リングの上で伝えられることは伝え切ってしまった、と感じるときが来るものです。もちろん、お客さんは僕らの試合を見ていろいろ感じてくれるわけだけど、こっちからは究極、技の数、うまさ、強さくらいしか伝えられない。
WWEでベルトを獲(と)ったあたりから、そのジレンマを強く感じるようになっていたのですが、ちょうどその頃、雑誌『アメリカーナ』からアメリカプロレスに関する記事の依頼があったんです。
書いて送ったら、編集者が具体的な注文をつけて返してくる。それを直したら、ぐっと内容に厚みが出てくる。「あ、文章っておもしろいな」と思って書くようになりました。最近では、いいなと思う文章に出会うと写真を撮っておいて、後で必ず見返すようにしています。
――今回は「戦争とプロレス」ということで、第1章に、ウクライナ戦争が始まって4ヵ月目のヨーロッパを旅されたときのことが書かれています。西はポルトガルやイギリス、東はポーランドまで幅広く周られ、戦争への反応を記録されていますね。特に印象に残ったことはなんですか?
TAJIRI 結局、僕たちは戦争当事国の人間ではないから、当事者にとっては最後まで無責任な傍観者にすぎなかったのかな、と強く思いました。
あと、ヨーロッパの人たちは、長いスパンで見ればしょっちゅう隣国から攻め込まれたり攻め込んだりを繰り返してきたわけで、みんな慣れているようなところがあり、その印象が強烈でしたね。
――オーストリアで出会ったシリア難民のレスラー、コーカス選手ことジョージさんの話には驚きました。トルコを脱出してヨーロッパを目指す際に、3mのボートに77人乗り込んだと書かれており、誤植かと思いましたよ。
TAJIRI 本当なんです。写真も見せてもらいましたが、ボートの上はもちろんすし詰め状態で、周りにもたくさんしがみついてました。そんな状態で荒れた海上を漂流してヨーロッパにたどり着き、そこから陸路を27日間歩いてのち、ドイツで難民認定を受けて、今はレスラーとして活躍してるわけです。
――ジョージさんが子供の頃からTAJIRI選手の試合のビデオを見ていらした、というのもすてきな縁です。
TAJIRI この本が出た後すぐに1冊彼にも送りました。喜んでいましたよ。「何が書いてあるのかわからないけど、オレの写真をこんなに載せてもらえて、ほんとプロレスやっててよかった!」って。次は彼を日本に招き、試合をさせたい。こういうこと書いてるのに、プロレス界から反応がなくて......。
――それはけしからんです。猪木イズムが足りてませんね。
TAJIRI ほんとにそうですよ。(アントニオ)猪木さんが生きていたら、読んでもらいたかった。
――ウクライナの団体からもオファーを受けたそうですね。戦争が終わったらぜひ行って、また書いていただきたいです。
TAJIRI そうですね。ただ僕はあんまりこっちから行こう行こうとがんばるのは苦手で、なるべく自然体で、来る話を受けるという姿勢でいたいです。無理しないこと。それって楽しむのにすごく大事な気がするんですよね。レスラーとしても、僕は受けのタイプですし。
――なるほど。TAJIRIさんの旅行記を味わい深くしているのは、共に過ごす相手を立てる優しい着眼点と豊かな感性だと思っています。「勝手な妄想」と書かれていますが(笑)。
例えば、イギリスの狭い道を猛スピードで飛ばすスポンサー男性の運転に、言葉にできない何かを「出し切った」様子を見てとる。ただ単に「危ないじゃないか」では終わらないのですね。そういった人間観察眼はどのように培われたのでしょうか。
TAJIRI 子供の頃からずっと、そういう目で周りを見てた気がしますね。人間がした行為、それ自体は出がらしでしかなく、そこに至る過程を追究するのがこの世で一番クラスにおもしろいと思ってます。
――プロレスも、勝敗以上に過程を大事にしますね。それとリンクしているような。
TAJIRI そうかもしれませんね。だけど、プロレスをやっている人間がそういう感じでものを言うと、嫌がるファンがけっこういますよ(笑)。
――本書では初の書き下ろし小説にも挑戦されていますが、次回作の構想はいかがでしょう?
TAJIRI 一発のラリアットを食らう瞬間にも、ものすごくいろんな思いや記憶が駆け巡っているので、いずれそれをじっくり書いてみたいです。こんなことばかり考えていると、ますます勝ち負けとか言ってる場合じゃなくなりますよ(笑)。
●TAJIRI
1970年9月29日生まれ、熊本県玉名市出身。94年9月19日、IWAジャパンでデビュー。その後、メキシコ・EMLL、アメリカ・ECWなどで活躍後、WWEに入団。帰国後はハッスルに所属、新日本プロレスに参戦、さらにSMASH、WNCを率いて独自の世界を築く。2014年にWRESTLE-1に移籍。17年にWWEに復帰するが膝のケガで退団。同年帰国後、全日本プロレスに参戦し、ヘビーとジュニアヘビーを超越して活躍。21年1月2日、後楽園ホール大会で全日本入団を発表。同年2月、ジェイク・リー率いる新ユニット「TOTAL ECLIPSE」に加入
■『戦争とプロレス プロレス深夜特急「それぞれの闘いの場所で」・篇』
徳間書店 2310円(税込)
大好評シリーズ『プロレス深夜特急』第2便。今回、世界のプロレスを知る男TAJIRIが訪れたのは、ウクライナ戦争、新型コロナ蔓延に見舞われた欧米各国およびアジア。各団体は大打撃を食らっていたが、世界のプロレス者たちはどんな状況からでも立ち上がる。旅先で出会った彼らは置かれた場所でそれぞれの人生を闘っていた。愛弟子フランシスコ・アキラの闘いを書いた、著者初の小説『アキラの居場所』も特別収録