カールのかかった長髪をなびかせ、身ぶり手ぶりで熱心に指導する。体は現役時代と比べると少し厚みを増したが、その闘志に陰りはない。今年1月の初旬、バルセロナのレジェンドの姿が、千葉県某所にあった。
カルレス・プジョル(44歳)。バルサひと筋、実に19年。最も偉大なDF、カピタン(主将)としてサポーターに愛された男は、世界の選手育成に関わる「株式会社ワカタケ」主催のキャンプで、日本の子供たちと一緒に汗を流した。
静かな生活を好む男でもある。2014年に引退して以降、指導者など多くのオファーがあったが、あえてサッカーとは一定の距離を置いている。それでもTwitterのフォロワー数は1200万人超と、つぶやくひと言がニュースになる影響力を持ち続けている。そんなプジョルが、独占インタビューに応じた。
「日本のラーメンは最高だね。友人たちから聞いてはいたが、これほどとは思わなかったよ」
屈託のない笑みを浮かべ、日本の印象をそう話した。プジョルは多くのレジェンドがそうであるように、慎重に言葉を選ぶ。そのため特定の選手の名前を出すことは極力避ける。そんな中で、まず名前が挙がったのは、ある日本人選手の名前だった。
「乾(貴士)とはある番組の企画で一緒になったんだ。非常にナイスガイで楽しい時間だった。日本がなぜ強くなったのか、彼との対談で理解できたよ。私が日本にいい印象を持つキッカケのひとつだったね」
多くのアタッカーと対峙(たいじ)してきた中で、最も印象的だった選手について聞くと、間髪を入れずにアルゼンチンの英雄の名前を挙げた。
「それはやはり、レオ(リオネル・メッシ)だね。彼が勝ち取ってきたトロフィーの数を見れば明らかだ。彼のことはバルセロナに入団した当初から知っているけど、初めて見たときの衝撃は鮮明に覚えているよ。ボールが足から離れないから、練習でもまったく奪えないんだ(笑)。
そんなレオに唯一欠けていたのが、W杯のタイトルだった。スペイン人の僕からすれば、アルゼンチンの優勝は複雑だけど、彼らはチャンピオンにふさわしいチームだったね。レオがトロフィーを掲げる瞬間は、世界中が待ち望んだ物語の終わり方だったんじゃないかな」
プジョルは、昨年に行なわれたカタールW杯を現地で数試合観戦した。その中には、スペインと日本代表の試合も含まれる。戦前の予想は、スペイン有利。プジョルも同様の見方をしていたようだが、結果は違った。
「正直、日本の選手や日本サッカーのことはほとんど知らなかったんだ。まず驚いたのは、プレスの速さ、攻守の切り替えといったスピード面。非常に現代的なチームだったね。
特に両サイドはスピードがあり、個の力でスペインの脅威となっていた。ドイツとスペインを破り、私の中では大会中で最もサプライズだったチームのひとつだよ」
日本代表とスペインは決勝トーナメント進出を果たすも、両チームはベスト16で姿を消した。プジョルから見て、日本が改善すべき点はどこにあるのか。
「個々の能力ではなく、戦術的な部分で気になる点はあった。それは、サイドの〝幅〟をうまく使えていなかったこと。幅を使いながら前進していく、という基本的な点は改善できる部分だろうね。
ミスを恐れてなのか、セーフティなプレーを選択することもあった。このあたりを戦術的に落とし込むと、もっとよくなる。それができれば、次の大会ではもっといい成績が期待できるかもしれないね」
一方で、スペイン代表については少し厳しい指摘もあった。今大会はスペイン国内で、ルイス・エンリケ監督に対して選手選考の時点から懐疑的な声が上がっていた。プジョルは「現状でベストなメンバーだった。外野から批判するべきではない」と前置きした上で、こう話す。
「今大会のスペイン代表に足りなかったのは〝経験〟だと思う。ちょうど今、世代交代のタイミングに差しかかっている。ガビやペドリといった才能がある若手も、W杯は初経験だった。彼らが経験を積んだ次回は、また違った結果が待っているだろう」
スペインサッカーといえば、ボールを保持しながら相手を支配する〝ティキ・タカ〟の印象が強い。バルセロナとスペイン代表で、長くそのスタイルのサッカーをしてきたプジョルだからこそ、感じることもあるようだ。
「現代サッカーではカウンターが効果的で、主流だ。私の現役時代よりも、競技スピードが著しく上がっている。もちろんカラーを一変させる必要はないが、スペインも変革期に差しかかっていることは間違いない。
DFの視点で言うなら、状況判断や先を読む力がより重要度を増すだろう。私が現役のときは、スペイン代表、バルセロナも攻撃的なチームで、DFからバランスを取るのは大変だったよ(笑)」
W杯や欧州チャンピオンズリーグでの優勝、欧州サッカー連盟(UEFA)の最優秀DFなど、数多くのタイトルを獲得したプジョルが最も誇りにしている個人賞がある。それは、09-10シーズンのボール奪取率が、欧州ナンバーワンだったことだ。
「私が考えるいいDFの条件は、相手の癖や展開を読む観察力。私はどんな試合でも相手チームを徹底的に分析した。攻撃的なチームでは、特に攻守の切り替えの速さは極めて重要だ。そんな環境だからこそ、DFとしての〝感覚〟が向上した面もあるんだ」
カタールW杯は下馬評が高くなかった国が、強豪国を破る試合も目立った。プジョルも、ナショナルチーム間の実力差が埋まってきたことを感じたという。そして、その傾向は次大会でも続くはず、とも予測する。
「すべてにおいて、よりスピードが求められる時代は続くだろうね。特に攻守の切り替えの速さ。それはモロッコの躍進を見ても明らかだ。大国でなくても、組織でそれが徹底できる国は、上位に食い込んできてもおかしくない。その国が日本であっても、もはや驚かないよ」
レジェンドの貴重な金言は、どこまでも的確で、示唆に富んだものだった。