バンタム級世界4団体王座統一を成し遂げた井上尚弥が、スーパーバンタム級での闘いを始める。5月にも実現濃厚とされるのが、WBC・WBOの2団体統一王者、スティーブン・フルトン(米国)への挑戦だ。いきなりの大一番はどんな闘いになるのか?
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「色々と噂が飛び交っているまじでやれるんか!?!? やってやろうじゃねぇか!!!」(原文ママ)
バンタム級で世界4団体の王座を統一した井上尚弥(大橋)とWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者スティーブン・フルトン(米国)が、今春に日本で対戦することに合意したと米スポーツ専門局ESPNが報じた。
これを受け、井上は前述のようにツイッターを更新。スーパーバンタム級初戦でいきなりビッグマッチへ。果たして、どんな試合になるのか。元WBA世界スーパーフライ級王者で、『WOWOWエキサイトマッチ』の解説者を務める飯田覚士さんに聞いた。
「決して井上選手が有利な闘いではない。初戦からフルトンか!と驚いたくらいです。フルトンはスーパーバンタム級で総合力は一番だと思う」
井上が目指す4階級制覇。そして前人未到の「2階級で4団体統一」へ。そこには4つの障壁があるという。
1.階級の壁
ボクシングは17階級に細分化される。バンタム級(リミット53.52㎏)からスーパーバンタム級(55.34㎏)へ。ボクサーにとって、この約1.8㎏はとてつもなく大きい。飯田さんは自身の現役時代を振り返り、こう言う。
「下の階級から上がってきた選手は軽いと思えたし、練習の中で上の階級の選手とやるときは体負けすることもありました。相手のパンチは強くなるし、自分がガンと当てたと思っても効き具合が違う。別物になっちゃいますね」
井上はスーパーフライ級の初戦で、プロアマ通じてダウン経験のないオマール・ナルバエス(アルゼンチン)を4度倒した。バンタム級の初戦では、10年間無敗、長身のジェイミー・マクドネル(英国)を112秒で葬った。階級を上げるたびに減量苦から解放され、水を得た魚のようにパワーあふれる強さを発揮してきた。
飯田さんは「だけど......」と指摘する。
「今までは適正階級で勝ってきましたが、ここからは体格や骨格でアドバンテージのない世界に入る。本人の言うとおり、チャレンジ。そこがこれまでと違うところです」
車にたとえるなら、2ℓエンジンを積んだ井上はこれまで1.8ℓや2ℓの車と競り合ってきた。スーパーバンタム級となると、2.5ℓのエンジンの車と競走するようなものだ。
必要なのは、単純に体の大きさや体重ではない。
「大きくなった自分の体、その質量、重みを使いこなすことが大事。パンチを打つときは地面を踏み込んだ足から出力し、拳へ伝えていく。(体重を使いこなせず)ふわふわしていたら力が出ませんよね」
新たな階級に適応するには月日がかかるものだという。
しかも、フルトンはつい最近までフェザー級(57.15㎏)転向を計画していた。井上の身長165㎝、リーチ171㎝に対し、フルトンは身長169㎝、リーチ179㎝と大柄だ。初戦で階級の壁を感じるかもしれない。
2.負けないボクシング
右構えのフルトンは21戦全勝(8KO)。飯田さんは「反射神経が良く、負けないボクシングをする。相手からするとやりづらい」と分析する。KO率は38.1%と決して高くない。リーチを生かした遠い距離で闘うことを好む。
「倒すという闘い方をせず、勝つためにどうポイントを稼ぐか、そっちにエネルギーと時間を使っている」
かと思えば、元WBC王者ブランドン・フィゲロア(米国)との統一戦では接近戦で打ち合いを演じた万能型だ。
「フルトンは自分の接近戦の防御技術でしのげると思ったら、打たせない距離までくっつくとか、巧くて頭がいい。勝つことにこだわり抜く」
リスクを冒さず、より可能性が高い勝ち筋を選ぶ。そして、それを丹念に遂行する。井上にとっては経験したことのないタイプだろう。
3.ジャブの差し合い
見どころは「ジャブの差し合い」だと飯田さんは言う。井上のジャブは角度やタイミングをずらし、上下に打ち分ける。この突出した技術で試合のリズムをつくってきた。対するフルトンは長い距離から左を突き、フットワークも軽快でパンチをもらわない。
「1ラウンドなど序盤、どちらがジャブをたくさん当てられるか。当てたほうがリードしていく。リーチが長くて遠い距離の相手に井上選手は当てられるか。当たればそのまま崩していくので安心できる。だけど、当てられないと緊張感が高まります」
飯田さんはジャブの差し合いでは、井上のほうが「少し分が悪い」とみる。
「となると、井上選手はガードを固めて、相手を潰しにいくことになるのでは」
そこで求められるのが、今までとは違う闘い方だ。
4.二段構えの攻撃を
「フルトンは隙がない。井上選手は、ジャブの距離では打たせておいてガードし、何かもうひとつ工夫してから中に入るくらいやらないと、つかまえられないと思うんです」
それは好機が訪れたときでも同じだという。
「今まで井上選手は相手のパンチを外してバーンというカウンターで倒してきた。例えばさらにもう一発打ち込んだり、あとひとつフェイントを入れてから打ったり。二段構えをしないとフルトンには当たらないと思う」
そこまでしないとフルトンは攻略できないのか。逆に言えば、これまでは見せる機会のなかった技術がフルトン戦で披露されるかもしれない。
「玄人が声を出して喜ぶような試合になると思う。井上選手はキャリアがあるので、今までは必要なかったから使わなかった老獪(ろうかい)さといった、新しい部分や潜在能力がフル回転されるかもしれない。それもすごく楽しみです」
フルトン戦を乗り越えれば、4団体統一が見えてくる。
WBA・IBF統一王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)陣営も井上に興味津々。4月に予定されるマーロン・タパレス(フィリピン)との指名試合をクリアすれば、年内にも対戦の可能性が出てくる。
11戦全勝(8KO)のアフマダリエフは身長166㎝、リーチ173㎝。フルトンほどの大きさはない。
「アフマダリエフのほうが与(くみ)しやすい。出たり入ったり、スピード勝負すれば問題ない。中盤以降に倒せると思う」
飯田さんは「やはり最大の敵はフルトン」と強調する。4つの障壁を乗り越え、4階級制覇を達成できるか。
「井上選手の持っている期待値、ファンに応えるというエネルギーはすごい。打開していく、乗り越えていくみたいな才能。ほかのボクサーにないものを持っている」
これまで井上は幾度も「難敵」と呼ばれる相手に対し、期待以上の勝ち方をしてきた。スーパーバンタム級には強豪がひしめく。切望するヒリヒリする闘いと高度な技術戦。新たな戦場で井上が引き出しに隠し持っていた数々のスキルと共に、新たな闘い方があらわになるかもしれない。
■飯田覚士(いいだ・さとし)
1969年生まれ、愛知県名古屋市出身。大学在学中の90年に『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)の「ボクシング予備校」に出演。91年プロデビュー。97年にはWBA世界スーパーフライ級王者に。東京都内で「飯田覚士ボクシング塾ボックスファイ」を運営