SC相模原は「エナジーフットボール」というコンセプトを掲げ、常にゴールへ向かい続け、目先の勝利だけでなく観客に高揚感を与えられるサッカーを目指すという SC相模原は「エナジーフットボール」というコンセプトを掲げ、常にゴールへ向かい続け、目先の勝利だけでなく観客に高揚感を与えられるサッカーを目指すという

選手としては2002年日韓W杯に出場し、引退後の解説業でもチャンピオンズリーグ決勝など、いくつものビッグゲームに携わってきた戸田和幸(とだ・かずゆき)氏。選手、解説者のどちらも輝かしいキャリアだが、2023年シーズンからは、ついにJリーグ監督としてのキャリアも歩み始める。デビューを間近に控えた今、いったい何を語ってくれるのだろうか?

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■現役時代からあったプロとしての矜持

今年30周年を迎えるJリーグで、変革期を迎えているクラブがある。それがJ3・SC相模原だ。同クラブは2008年に設立され、わずか6年でJリーグへ加盟。しかし、昨季はJ3最下位という結果でシーズンを終えている。

そんな中、2023年シーズンから株式会社DeNAが親会社となり、新監督には日本サッカー界のレジェンド・戸田和幸氏が就任。新たなチームづくりの担い手となった彼のサッカー観に迫る。

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昨年12月の就任記者会見に登壇したSC相模原の代表取締役社長・西谷義久氏(左)と新監督の戸田和幸氏(右) 昨年12月の就任記者会見に登壇したSC相模原の代表取締役社長・西谷義久氏(左)と新監督の戸田和幸氏(右)

――はじめに、SC相模原の新監督になったきっかけを教えてください。

戸田 今シーズンからSC相模原の代表取締役社長に就任された西谷義久さんにお声がけいただいたのが始まりです。本当に運と縁だと思います。

――2017年にS級コーチライセンスを取得後、なぜプロチームではなく、大学や社会人カテゴリーで監督を?

戸田 現役時代から、プロ監督はずっと志していました。でも、実践の積み上げも必要だと思っていて。もともとすぐに挑戦しようとはまったく考えてなかったです。自分には期待している一方で、心配しているところもある人間なので。

――SC相模原でプロ監督デビューを決心した理由は?

戸田 これも運と縁です。大学、社会人を指導してきた流れで、ちょうどSC相模原の新しいプロジェクトも始まるというお話をいただいて。

これまでもプロ監督のオファーはありました。でも、そこに入るだけで満足とはならないので。大事なのはその先で何ができるか。どうせならユニークな取り組みがいいし、チャレンジできる場所がいいと思っていたんですよ。SC相模原のプロジェクトはそれがそろっていた。

もちろん、生まれ育った相模原に運命的なものも感じていますが、そういう見栄えだけじゃなく、内容をしっかり確認した上でオファーを受けました。

――具体的にプロジェクトのどこに魅力を感じましたか?

戸田 クラブのフェーズが切り替わるタイミングだったのは大きいです。設立から素晴らしいスピードでJに上がって、ある程度定まってきた部分もあるけど、新しい親会社のDeNAと、新しいコンセプトで、新しい選手・スタッフを呼んでチームをつくれるのは魅力的かなと。

よくあるJクラブと同じことを目指すわけではない。フットボールのスタイルもそうだし、地域に対しての貢献、存在感もそうだし。西谷さんからいただいたオファーからは、しっかり目指すものも感じられたので。このチャンスを逃すわけにはいかないと思わせてくれるプロジェクトだと思いました。

日韓W杯は印象的な赤いモヒカンで出場。持ち前の戦術眼や高強度のプレーで日本初のベスト16に貢献した 日韓W杯は印象的な赤いモヒカンで出場。持ち前の戦術眼や高強度のプレーで日本初のベスト16に貢献した

――プロジェクトを通じて、地元・相模原にはどのように貢献を?

戸田 プロスポーツっていうのは娯楽なんですよ。皆さんはそれを見ている間に嫌なことを忘れたり、何かエネルギーをもらったりして、生活に戻っていくじゃないですか。プロスポーツが存在する理由は結局それだから。

現役のときから思っていましたけど、地域の人が関心を持てないとか、見てくれる人の心に引っかからなければプロチームとしての存在意義はないんです。

――今シーズンの選手リストは20人以上が新加入で、新卒など、フレッシュな選手が多いですよね。

戸田 年齢に関してはクラブが決めていたことです。でも、どっちみち新しいフェーズに切り替わるときには、まっさらなほうがいい。今取り組んでいるスタイルもかなりレアなので。分厚いキャリアがあると逆に適応しづらいかもしれない。

あと、指導者をやっていると1周回って、フィジカルの重要性に戻ってくる。戦術は必要だけど、動く体がないと思い描いたことは表現できないので。

――スタッフ陣にも新しいメンバーが多いですね。

戸田 僕が単体でSC相模原に来るのか、一緒に来る人がいるかどうかでかなり違いますから。今回は関係性のある人たちを呼べた。とはいっても、イエスマンはいらないってずっと言っていました。

監督はチーム全体を統括するじゃないですか。僕の視点とか、考えはいずれにせよ必要なんですけど、それがもし間違ったときに、誰かが言ってくれることが重要なんです。そういうふうにやっていけば、少なくとも変な方向にはいかないんじゃないかなって。

――徹底されていますね。

戸田 選手に向き合うまでに、まずコーチングチームが大事になるので。コーチ間で意思疎通ができた上で、メニューをつくって、トレーニングを迎えられるかがすべてだから。それによって選手への影響も変わる。僕はそっちから取りかかりましたね。

きちんとプレーコンセプト映像をつくって渡したり、その上で意見交換したりって始まったので。選手やスタッフとか、ゼロからのチームの割には、大きな不安要素もなく、いい雰囲気で進めている感じはあります。

これまでの指導者キャリアでは分析からフィジカルコーチまでひとりで担当してきたが、今は仕事をうまく割り振り、チーム全体で躍動することがテーマだという これまでの指導者キャリアでは分析からフィジカルコーチまでひとりで担当してきたが、今は仕事をうまく割り振り、チーム全体で躍動することがテーマだという

■選手、解説者を経てついにプロ監督へ

――戸田新監督を語る上では解説者としてのキャリアも外せませんが、解説者の経験は監督業に生きていますか?

戸田 そもそも、僕は解説者として試合を見てこなかった。サッカーという競技そのものを理解するために、一生懸命見てきましたから。それがすべて監督業につながっているのは間違いないです。

解説者のときは、できる限り試合を正確に理解して、情報過多にならない形で、自分の持っている情報を捨てまくって、視聴者の理解につながるよう伝えるということをしていた。

解説業は腰掛けみたいに聞こえてしまうかもしれないけど、それは違くて。僕は欲張りで、指導者も解説者もフルでやるっていうことをずっと続けてきたので。これまでの指導者キャリアも、今のプロカテゴリーと同じような気持ちで時間を使ってやっていました。

――両立はとても大変だったのでは?

戸田 去年までのライフスタイルだと、朝の練習行って、昼にちょっと寝て、そこから練習の振り返りをして、解説業の準備をして、夜中の3時ぐらいまで作業して寝て、6時半に起きて練習行って。二足のわらじを大真面目に履いていたから、はっきり言ってめっちゃ大変でした。

ずっと妻からも体の心配をされていて。急性難聴になったこともあれば、ちょっとフラフラになったときもある。自分はどちらも一切妥協せずにやってきましたから。

――今、忙しさは変わりましたか?

戸田 今はSC相模原だけで、ここでのことに時間が使えるので、クリエーティビティは上がっていると思います。

でも、今の現場で気をつけなきゃいけないのは、インプットの時間をなくさないことですよ。最先端がどうなっているかも含めて、常にアップデートをしないといけない。監督が自チームのことだけになった瞬間にチームって止まるんですよ。そういう人はいっぱい見てきたから。

忙しいのはわかる。僕も新しいチームが始まって1ヵ月ぐらいで、まだまだ手探りなところも残っているし、時間は必要。でも、インプットの時間だけはなくなると、すぐ止まる気がして怖いんです。

その怖いって気持ちを持ち続けて、毎日のトレーニングのために、どれぐらいの時間を使ってワンメニューをつくれるのか、フィードバックを行なえるのかが重要かなと。自分もコーチも選手も、目指すものをずっと意識し続けられるかが鍵だと思います。

――最後に、新シーズンの意気込みをお願いします。

戸田 新しい始まりにふさわしいものを見せられるかどうか。プロチームとして目指す成績ってのは言わなくても決まっています。

そうじゃなくて、楽しみにしている人たちがあっと驚くようなものが提供できるか、関心がない人の耳にも届くようなものが提供できるか。スタジアムに足を運ぶ人が増えて、今までとは違う熱気がそこにつくれるか、これに尽きます。3月4日のホーム開幕戦(vsガイナーレ鳥取)、皆さん期待していてください。

●戸田和幸(とだ・かずゆき) 
1977年生まれ、神奈川県相模原市出身。1996年に清水エスパルスでプロデビュー、2002年には日本代表として日韓W杯に出場、その後イングランド1部リーグのトッテナム・ホットスパーなど、数多くのクラブでプレーし、2013年に現役引退。そこから昨年末までは解説者として数多くの試合を担当した。指導者キャリアは2018年の慶應義塾大学に始まり、一橋大学、東京都社会人1部リーグのSHIBUYA CITY FCを経て、今シーズンからJ3・SC相模原の監督に就任