デビュー戦に勝利し、キック時代からおなじみの「トリケラトプス拳」ポーズを決める那須川デビュー戦に勝利し、キック時代からおなじみの「トリケラトプス拳」ポーズを決める那須川

キックボクシングの"神童"那須川天心(なすかわ・てんしん)が4月8日、ボクシングデビュー戦を6回判定勝利で飾った。日本ランキング2位の実力者を終始圧倒したが、一部ではパンチ力を疑問視する声も。プロはどう見たのか? そして今後の展望は? 元世界王者、飯田覚士(さとし)氏が解説!

■わずか2ヵ月でボクシングの距離に

「全部ひっくるめて合格点でしょう。デビュー戦ですからね。スゴいと思います」

那須川天心のボクシングデビュー戦(スーパーバンタム級6回戦)。元WBA世界スーパーフライ級王者で、WOWOW『エキサイトマッチ』の解説者を務める飯田覚士氏は率直な感想を述べた後、すぐにこう加えた。

「『合格点』と言ったのは、試合前、僕はアマゾンプライムの番宣で那須川がラスベガスで元世界王者のアンジェロ・レオ(米国)とスパーリングする映像を見ていたからです。(2月9日のプロテストでのスパーリングから)短期間でこんなに成長するのかと、衝撃的でした。

僕の中ですごく期待値が高まっていたので、デビュー戦は驚きというより、『なるほどな』という納得感がありました。試合が決まった当初は相手の与那覇(よなは/勇気)にもチャンスがあるとみていたんですが、ラスベガスでのあのスパーリングを見たら『ムリだ』と思いましたね」

那須川は2月13日にデビュー戦の発表記者会見を行なった後、同月25日から約3週間、ラスベガスでトレーニングを積んでいた。

キックボクシングで42戦全勝(28KO)という驚異的な戦績。蹴りだけでなく当時からパンチでも際立ったものを見せていたが、似て非なるボクシングになじむのには時間を要するとみる向きもあった。飯田氏が続ける。

「僕もキックの選手にボクシングを教えた経験があるんですが、なかなかボクシングの距離感にアジャストできない。(蹴りがない分)ボクシングのほうが20~30㎝ぐらい相手に近いんです。

距離をつかんだ後はレベルを上げるごとに数㎝単位で縮めていくことになりますが、この作業は通常は1年以上かかります。それを那須川は2ヵ月で一気に詰めてしまった。その点でも天才だと思います」

日本バンタム級2位の与那覇勇気を終始圧倒。2回にダウンを奪い、4回にはラッシュをかけた日本バンタム級2位の与那覇勇気を終始圧倒。2回にダウンを奪い、4回にはラッシュをかけた

デビュー戦で際立っていたのが那須川のスピードだ。

「スピードに加えディフェンスもいい。そして、『今そこで打つ』というトップ選手クラスのタイミングでパンチが出ていた。反応スピードが素晴らしいですね」

派手なKO勝ちを期待したファンも多かったが、2回にダウンを奪うにとどまった。4回にはラッシュしたが倒しきれなかった。那須川自身も試合後、「(ストップまで)持っていきたかった。もっと倒せるパンチを磨きたい」と口にしている。この点を飯田氏はどう見たか?

「一番やってはいけないのは行きすぎてガス欠になることなので、ペース配分したのだと思います。今回初めて6回を戦ってみて、スタミナがどれだけ残っていたか、残っていればもっとパンチを打てたなとか、わかったはず。

確かにパンチのある選手ならば4回で仕留めていたかもしれないけれど、本人も『あれでは倒れないんだな』と課題にしたと思う。経験を積んでいけば、足を止めて打ち合うことも、『今』というタイミングで倒すこともできるようになると思いますよ。

本人がパンチ力の強化を課題に挙げているのならば、それはそれでスゴいこと。どうやったら倒せるのかというところに思考がいっているわけだから。デビュー戦を終えたばかりでそう考えること自体がスゴいです」

■3試合目時点で日本トップの実力に!?

もしも飯田氏が那須川と対戦したら、どう戦うか。

「与那覇と同じく、こちらがプレッシャーをかけて那須川が下がる展開にします。中に入ったところを、彼はカウンターで右フックか左ストレートを狙ってくると思うので、それをすべて外す。そしてその打ち終わりにガードを固めて距離を詰め、さらに半歩ずらした位置から打つとか......」

先の先の先まで読み合う将棋の有段者のような話だが、要はすでに那須川がそういうレベルにあるのだと飯田氏は言う。

「世界レベルの選手でも単純に攻めていったら那須川のパンチをもらうでしょうね。それぐらい彼にはセンスがある。パンチをもらわないためには二段、三段構えぐらいしないとムリです」

元WBA世界スーパーフライ級王者・飯田覚士氏 (撮影/森合正範)元WBA世界スーパーフライ級王者・飯田覚士氏 (撮影/森合正範)

順調な船出をした那須川は、今回の勝利で日本ランク上位入りが濃厚だ。次戦は8月が有力視されている。

「次が8月、その次が12月ぐらいかな。3試合目が終わった時点で実力的には日本でトップになっているかも。彼は探求心が強いので、今年だけでもすごく伸びると思います。

その間にボクサーとしての体もつくれると思うので、それから適正階級を見極めればいいんじゃないですかね。個人的な希望とすればハード路線を行ってほしい。簡単には倒せないようなクセのある世界ランカーなどとの試合を見てみたいですね」

期待は膨らむばかりだが、現実問題として近い将来、那須川は世界王座を手にすることができるのだろうか。

「来年の今頃は日本のトップに立っていると思うので、その時点で世界を射程にとらえるはず。早ければ来年中に世界挑戦があるかも。世界? もちろん獲(と)ると思います」

●元WBA世界スーパーフライ級王者・飯田覚士(いいだ・さとし) 
1969年生まれ、愛知県名古屋市出身。大学在学中に『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)の「ボクシング予備校」に出演。91年プロデビュー。97年にはWBA世界スーパーフライ級王者に。「飯田覚士ボクシング塾ボックスファイ」会長。WOWOW『エキサイトマッチ』解説者