マリナーズ戦では打者としてもピッチクロック違反を取られた。残り8秒までに打つ準備を整えるため、ルーティンが変わる打者もいそうだマリナーズ戦では打者としてもピッチクロック違反を取られた。残り8秒までに打つ準備を整えるため、ルーティンが変わる打者もいそうだ

2023年のシーズン序盤、メジャーリーグではルール変更が大きな話題になっている。保守的な印象があるMLBだが、今季の開幕前に「投手の投球間隔を規制するピッチクロックの導入」「極端な守備シフトの禁止」「牽制球の制限」「ベースのサイズ拡大」といった新システムが導入された。

昨年、MLBのコミッショナーであるロブ・マンフレッド氏は、声明文の中でその理由をこう記した。

「これらの変更は試合のペースを速め、アクションを増やし、故障を減らすために考案されました。数年間の入念なテストを通して野球というゲームを改善し、もっと楽しいものにする効果があると認められています」

近年はアメリカでも野球の人気低下が叫ばれて久しい。その理由として「試合時間の長さ」「アクションの少なさ」などが指摘されてきた。

それを解消するための新制度、まずピッチクロックは、投手がボールを受け取り、無走者の場合は15秒、ランナーがいる場合は20秒以内に投球しなければならない。制限時間オーバーの際にはボールが宣告される規則を導入することで、よりスピーディなゲームにすることをもくろんだ。

多くの打者のヒットを奪ってきた守備シフトをなくすことは、ゲームをよりエキサイティングにしたいという狙いが見える。また、ベースを大きくすれば、走者と野手が接触することでのケガのリスクが減る。

塁間距離も短くなっており、その上で牽制を1打席2回まで(3回失敗でボーク)に規制したのは、盗塁が増える効果も望んだのだろう。

中でも、一番の注目を集めているのはピッチクロックだ。各球場で大型時計によるカウントダウンが進み、今ではその時計に沿ってプレーが行なわれている印象もある。

春のオープン戦では、現場でも適応の難しさを指摘する声が多かった。今季からメッツに加わった千賀滉大も、オープン戦初登板の際に次のように吐露していた。

「残り5秒、4秒となると焦ってしまう自分がいた。すべてを急いでしまいました。打者との対戦を楽しむより、ピッチクロックで頭がいっぱいでしたね」

ピッチクロックの影響を受けるのは投手だけでない。打者も残り8秒までに打つ準備を整えなければ、1ストライクを宣告されてしまう。

メジャー1年目でレッドソックスの主軸を打つ吉田正尚選手も、オープン戦初戦で〝洗礼〟を受けた。構えるのが遅れたためにストライクを宣告され、「(打席に入る際の)ルーティンを変えなければならないことに気持ち悪さはある」と振り返った。

ピッチクロックが最も大きな話題になったのは、現地時間4月5日のマリナーズ対エンゼルス戦でのこと。今や〝メジャーの顔〟になった大谷翔平が投手、打者の両方でピッチクロック違反を犯したことで、適応の難しさが再び議論され、大谷が練習で新しい投球フォームに取り組む様子も報じられた。

球場には大きな時計(右)が設置されており、投球ごとにカウントダウンしていく。慣れるまでは気が取られそうだ球場には大きな時計(右)が設置されており、投球ごとにカウントダウンしていく。慣れるまでは気が取られそうだ

これらのシステムはメジャーで採用される前にマイナーリーグや独立リーグでテストされ、相応の効果が得られたのだという。

そうだとしても、正直なところ、開幕前の段階では無理強いされている感が強かった。これも時代の流れなのだろうが、〝間を楽しむ〟という、ベースボールの伝統的な魅力がないがしろにされているように感じたファンも多かっただろう。

ただ......これもアメリカらしい〝懐の深さ〟とでも言えようか。開幕から2週間以上が過ぎた頃には、ピッチクロックに対する批判的な声は激減した。

その背景として、MLBの狙いどおりの効果が出ている事実がある。AP通信の報道によると、開幕カードの平均試合時間は2時間38分で、昨季の3時間8分から30分も短縮。吉田が所属するレッドソックスは、開幕から4戦すべてで両軍の合計点が13点以上という打撃戦になったが、それでも3時間11分以上のゲームはゼロだった。

一方で、打率や盗塁数は向上するなどアクションの数は増加している。そういったポジティブな変化は、現場の人間も体感し始めているに違いない。

投手に不利になりうる変更のようにも思えるが、意外なことに、投手の不満の声はそれほど届いてこない。サイ・ヤング賞を3度受賞しているメッツのマックス・シャーザーのように、制限時間のギリギリまでボールを保持し、打者をじらそうとする投手もいる。

メジャー8年目、今季はツインズの先発投手として肘の手術から復帰した前田健太も、新制度を戦術に生かす考えを話していた。

「今はどうしても時間に追われながらというか、制限時間を過ぎないように、と考えてしまいます。ただ、時間ギリギリまで長く持ってみてもいいし、バッターもタイムが1回しか取れないので、今後は時間をうまく使えるようになっていけたら。決まったルールの中でうまく活用できるように努力したいと思います」

もちろん同じようにとらえている投手ばかりではないだろうが、新システムの効果が出ている以上、現行のルールのままゲームは進められるだろう。

今回のルール変更は本当に適切だったのか。その最終的な審判を下すためには、多くのサンプルが必要なのかもしれない。コミッショナーのマンフレッド体制下でよりフレキシブルになったMLBが、さらなるマイナーチェンジを施す可能性もある。

しかし、少なくとも現時点では、多くの選手が変更を受け入れ、自分に優位になるように活用法を考え、アジャストに努めている印象がある。

もともと〝移民の国〟であるアメリカは、新システムが浸透するのも往々にして早い。ピッチクロックをはじめとする新ルールも、それほど遠くないうちに話題にはならなくなっているかもしれない。