「投げる哲学者」今永昇太が30代で人間として目指したいこととは――? 「投げる哲学者」今永昇太が30代で人間として目指したいこととは――?

2023年3月、WBC決勝・アメリカ戦。その先発マウンドを任されたのは、横浜DeNAベイスターズのエース・今永昇太だった。

第2先発を務めた1次ラウンドで見せた自慢のストレートはMLBトップを上回るスピン量を計測し、スピードも自己最速タイの154キロを連発。世界を驚かせ注目を集めた左腕は、健やかなるときも、ケガで苦しんだときも、常に考える人であった。

「野球も人生もシンプルでありたい」と望み、ルーキー時代から"投げる哲学者"の異名を取りつつも、時には円陣の中心で「鳥になるぞ!」と叫んだり、ちょけたダンスを披露したりと、両極端な魅力を見せてきた。

世界一の栄冠に始まった23年、開幕から調整でファーム(2軍)にいる間にベイスターズはロケットスタートに成功し、サイ・ヤング賞右腕トレバー・バウアーもついにデビュー。

そして今永自身、9月に30歳を迎える。いろいろな意味で人生の転機となりそうな今このとき、"哲学者"が考えていることは――――。

■チャンステーマはメンタルのバロメーター

――今季の1軍初登板となった4月21日の広島戦(8回無失点)、28日の中日戦(7回無失点)と、好投手との投げ合いにロースコアで連勝。淡々とストレートで相手打線を封じ、エースの説得力に満ちた投球でした。

今永 正直、出来すぎだった部分もありますが、キャッチャーの戸柱(恭孝)さんともコミュニケーションを重ねて、やりたいことはできていたかなと思います。

――2試合ともピンチの場面では、相手の応援団が奏でるチャンステーマをマウンド上で口ずさんでいましたね。

今永 意図的に歌っているわけじゃないんです。でも自然と口ずさんでいるときは、雰囲気を楽しみながらいいマインドで投げられているので、パフォーマンスもいいですね。毎試合、いち早くそういうマインドになれるようにと心がけてはいるんですけど。

――以前からピンチで雰囲気にのみ込まれないためにと、クルマの中で各球団のチャンステーマを大音量で流していたそうですね。今年は4年ぶりに声出し応援が復活しましたが、いかがでしたか?

今永 ああ、確かにこんな感じだったな......と。普段聴いていたのは、純粋に好きだからというのもあります(笑)。

今永昇太

――ただ、無意識でも「横浜倒せ」という部分までは歌っていませんでした。

今永 怒られちゃいますからね(笑)。

――しかし、それを歌っても倒れないくらい、今のベイスターズは強いです。

今永 でも長いシーズン、どのチームもこういう時期を一回は挟むものなので。投手と打線が噛み合って"何をやっても勝てる時期"が早く来た。まだ僕はそれくらいにしかとらえていないです。

――昨シーズン、あと一歩でヤクルトに敗れた悔しさが残っているからですか。

今永 いや、去年は「あと一歩」ではなかったですね。歴然とした力の差があったことはみんなわかっています。スワローズの強さは、誰かがいなくても誰かがカバーすること。今のベイスターズはそれができていますが、シーズンは長いので、これから苦しいことのほうが多くなるとは思います。今は何も考えず、風の向くままに戦っていければいいかなと。

――WBCの後、ファーム調整の期間中にチームは素晴らしいスタートを切りました。そんな中での1軍初登板はどんな心境でしたか?

今永 もちろんプレッシャーはありました。みんなが頑張ってきたところに水を差してしまったらどうしよう、とか。すんなり入っていけてホッとしたというのが本音ですね。

今永昇太

――1軍初登板はWBC決勝からちょうど1ヵ月後で、日本代表組の投手では最も遅い開幕になりました。

今永 WBCが終わった後、三浦(大輔)監督には「肩肘もフィジカルも問題ないです、開幕から先発ローテーションでも行けます」とは伝えていました。ただ、WBCの期間は練習量も少なかったですし、僕は主に第2先発だったので、先発とは準備の仕方も出力も違う。しかも使うボールも変わるということで、監督からはじっくり調整しようと言っていただきました。

――WBCから戻って調子が上がらない選手も多い中、ここまで文句なしの内容ですが、調整中、ほかの日本代表組がもう1軍で投げているという焦りはなかったですか。

今永 確かにそういうプレッシャーもありましたけど、自分は自分なので。それに今は東(あずま)克樹もすごいし、石田(健大)さんもいい投球をしているので、俺がやってやろうというよりも、自分らしく投げられたらいいなという気持ちですね。

■バウアーは自分の体を理解している

――帰国から1ヵ月の調整では、ルーティンの再構築からやり直したそうですね。WBCから(ファームの本拠地である)横須賀へ、メンタルの切り替えもうまくできたということでしょうか。

今永 WBCでは敵味方ともに、あれだけすごい選手たちを間近で見てきたので。世界一になった達成感よりも、自分に足りないものがまだまだ多くて、やり方を変えないと理想とする姿にはなれないなというビジョンが少し浮かんだ感じです。

モードを切り替えるということではなくて、そのまま延長線上に今が継続しているというか。

――WBC決勝の試合後には、「自分のボールが通用したと思った瞬間は一度としてない」と語っていました。あのマウンドの緊張感はどんなものでしたか?

今永 うーん......もちろん緊張はしましたけど、僕はキャンプの紅白戦でも、オープン戦でも、ファームの試合でも、同じように緊張するので。それよりもブルペンのマウンドが合わなくて、試合前の練習でストライクが一球も入らなかったという、そっちの不安のほうが大きかったです。

――駒澤大学時代の東都リーグ入れ替え戦、プロ入り後のCS(クライマックスシリーズ)や日本シリーズなど、大舞台で好投してもチームが負けてしまうことも多かったと思いますが、世界一を決める試合で先発し、その試合に勝ったことは今永さんにとってどういう意味がありますか?

今永 結局、勝てば周りがすべて美談にしてくれるんだなということがわかりました。僕はあの試合2回1失点で、もちろん内容には納得できていないんですけど、勝ったからこそ「あの2回の2死一、二塁を抑えたから勝てた」と言ってもらえる。

でも同じ投球をしても、負けてしまえば「あのホームランの1点がね」と言われると思うんです。だから勝つことが一番。過去も美化してくれるし、周囲の雑音も消してくれるのかなと思いました。

今永昇太

――以前から、投げた試合はどんな内容でも全部勝ちたいと常々言っていましたよね。

今永 ただ、今までは自分が完璧に抑えて勝つことこそが最高だと思っていたんです。だけど、実は野球って、「自分のおかげで勝つこともなければ、誰かのせいで負けるということもない」。そういう考え方をしてもいいんじゃないかという思いが、このWBCを経験して生まれました。

――それは......どういうことでしょうか?

今永 野球というスポーツをもう一度考え直してみたんです。野球って、カバーし合えるスポーツなんですよ。準決勝で吉田正尚選手が同点スリーランを打ったように、誰かが最後に助けてくれるというマインドを持てれば、自分も思い切ってトライできるし、逆に誰かのミスがあったときにカバーする側に回ることだってできる。

「誰かがやってくれる」ということを、自分を許すためであれば、たまに、ちょっとだけ願ってもいいんじゃないかな......と。

――考え方の面でも、WBCで得たものは大きかったんですね。

今永 それと、これはダルビッシュ(有)さんがおっしゃっていたことなんですけど、人間の脳って基本的に体をあまり使いたくないので、放っておくと制限をかけようとする。でも逆に、すごい人たちに囲まれていると、脳が「自分もできる」と勘違いしてパフォーマンスが上がったり、できなかったことができるようになったりするそうです。

だから僕自身もすごい人を見つけたら、「自分にはできない」ではなくて、積極的に話しかけるようにしています。

今永昇太

――そういう意味では、バウアー投手と横須賀で一緒に調整したことも脳にとっていい"栄養"になっていますか?

今永 あのバウアーと同じ球場で野球をやっているからこそ、「なぜ彼はすごいんだろう、何がすごいんだろう」というのは考えますよね。

――今永さんの分析では、何がすごいんでしょう。

今永 まずは自分の体を知っているというところですね。こう動けばこうなる、こうなったらこう、こうだったらこう、という"マッチング"ができている。積み重ねの中でそういうことを理解できているので、体の状態によるブレも少ないし、パフォーマンスの波も小さいんじゃないかという気がします。

――バウアー投手はおちゃめな一面もありそうなイメージですが、今永さんと似ている気がしませんか?

今永 僕と比べたらバウアーに失礼ですよ(笑)。普段はあんまりしゃべらなくておとなしいですが、聞けば話が返ってくるタイプで、いろいろな話をさせてもらっています。

■30代で人間として目指したいこと

――今年でプロ8年目、世界一のマウンドも経験して、9月で30歳を迎えます。

今永 僕がルーキーのときに8歳くらい上だった人たちが30歳ですよね。だいぶ大人だなと感じていた気がします。今の自分はまだ幼稚ですね。

――先日の中日戦の後もダンスをさせられたそうですが、完封しても、ノーヒットノーランをやっても、よくチームメイトにいじられていますね。

今永 プライベートでの後輩との会話を客観的に思い出すと、「やっぱり俺、まだ30歳っぽくないなあ」と(笑)。

――野球選手としてパフォーマンスが一番いいといわれる年齢でもありますが、一方でダルビッシュ投手のように、30代後半以降もトップを維持している選手もいます。10年後は想像できますか?

今永 40歳のときにまだ野球をやっているか、それとも別の道に進んでいるのかは想像がつかないですけど、少なくとも今しっかりやらないと、そこまで野球は続けていけないですよね。僕自身、まだ最高球速も2、3キロは上げたいですし、平均球速も150キロ前後にはしたいと思っていて、そのためのトレーニングも始めています。

今永昇太

――一方で、「現役生活が終わった後の人生のほうが長い」とか、「自分ー(ひく)野球がゼロにならないように」ともよく言っていますよね。次の10年のために、どんな人間になりたいですか。

今永 そうですね......どんな人。別に誰かに目指してもらうような人になりたいとは思わないですし。ただ、今よりも少しだけ他人に対して思いやりを持った人間になれればいいかなと思います。

――思いやりですか。

今永 年齢を重ねていくと、今のように誰かにホメてもらったり、認められたりする機会が絶対に減ってくると思うんです。そういうとき、自分のことばかりになってしまうのはよくないので。ほんの少しの思いやりがあれば、平和でいられると思います。

――自分に対する思いやりはどうですか。

今永 僕、けっこう自分に甘いですよ。周りには見せないようにしているだけです(笑)。

――ところで、最近はSNSやYouTubeで発信する選手も多いですよね。今永さんは興味ありませんか?

今永 そんなことやる前に野球やれって言われるのが怖い(笑)。あくまでも僕にとっての話ですが、それをやることによって少し雑音が増えてしまうと今はとらえているので、今のところは必要ないかなという感じです。明日になったら急にやりたいって思うかもしれないですけど(笑)。

●今永昇太(いまなが・しょうた)
1993年生まれ、福岡県出身。駒澤大学から2015年ドラフト1位でDeNAに入団し、球速以上に威力のあるストレートを武器にルーキーイヤーから先発ローテ入り。昨年6月には日本ハム戦でノーヒットノーランを達成。17年のアジアプロ野球チャンピオンシップ、19年のプレミア12に続いて今春のWBCでも日本代表に選出され、決勝のアメリカ戦では先発の大役を任された