WBCを経て、最速165キロの最強技巧派に!WBCを経て、最速165キロの最強技巧派に!

WBCで圧巻の投球を披露し、開幕後も無双していた投手・大谷。だが、4月28日の登板では5失点、5月4日の登板では4失点を喫してしまった。〝投手最高の栄誉〟サイ・ヤング賞受賞の前に立ちはだかる課題とは?

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■圧巻だった3、4月。大谷の「3つの変化」

新たな歴史をつくり続けるエンゼルスの大谷翔平。今季は「投手・大谷」が絶好調だ。

3、4月の開幕1ヵ月は6試合を投げて4勝、防御率はなんと1.85。5月になって防御率は2点台になったものの、奪三振数(59)と奪三振率(13.62)、被打率(.125)はリーグ1位(5月9日時点)。

この調子が続けば、期待したくなるのは〝投手最高の栄誉〟サイ・ヤング賞の日本人初受賞だ。

「被打率.125なんて、サイ・ヤング賞投手でも見たことがない数字。今季の大谷は、四球は多いですが、とにかく打たれないのが特徴です」

こう語るのは『週刊プレイボーイ』本誌おなじみの野球評論家・お股ニキ氏。

2012年秋には「来年のサイ・ヤング賞はマックス・シャーザー(当時タイガース)かダルビッシュ有(当時レンジャーズ)」と発言し、実際に翌年、シャーザーがサイ・ヤング賞選出票で1位、ダルビッシュが2位になるなど、この賞についての造詣は深い。そんな識者に、今季の大谷の投球について解説していただこう。

そもそも、大谷の「防御率1点台無双」は昨夏からずっと続いていた、と指摘する。

「8月途中からツーシームを使い始めると、今季途中まで『先発10試合連続で2失点以下』を継続。ストレート、フォーク、スライダー、スイーパー、カーブ、スラッターと、もともと多彩な球種を扱っていたところにツーシームを覚えて、より幅が広がりました。人間が投げられる球種をほとんど投げているような状態です」

そんな〝2022年版〟から、今季は3つの点で変化が起きているという。

①ストレートの進化

「WBCから実感していましたが、ストレートの質が改善しました。ややマッスラ気味かつ沈んでいたのが、投手から見て右上方向に気持ち伸びるようになりました」

実際、以前は3割を超えていたストレート被打率は、今季序盤はなんと0割台だ。

「改善したストレートに加え、160キロで横に動くカット気味のマッスラも意識して投げ分けられています」

②スイーパーの多投

もうひとつの変化は、最近の大谷の代名詞ともいえる「スイーパー」。WBC決勝でアメリカ代表主将のトラウトから三振を奪った球として話題を集めたが、今季序盤の大谷は投球割合のうち、なんと5割近くをスイーパーが占めていた。

「一般的なスライダーより横滑りし、かつ落ちないのが大谷のスイーパーの特徴で、40㎝以上曲がる場合も。ゲームの世界では真横に曲がるイメージがあるスライダーも実際には少し沈むのが普通だが、大谷の場合は上に吹き上がっていくイメージ。ゲームの世界を現実化してしまった」

そのため、スイーパーは打者にとって浮き上がるように見えるという。

「WBCでトラウトがなぜ空振りしたかといえば、スプリットなど落ちる球をケアし、スイーパーが想定よりも落ちないと感じたためでしょう。また、バットに当てたとしても、バットの上のほうに当たって打球速度の弱いポップフライになりやすい球です」

③ピッチコムで自らサイン

こうした個々の球種の進化・変化に加え、高い投球術も兼ね備えているのが大谷のすごさだと語るお股ニキ氏。さらに、今季からサイン交換のための電子機器「ピッチコム」でのサイン発信が投手側からも可能になったことで、「二刀流」ならではの強みが発揮できているという。

「打者としても最高峰だからこそ、相手打者の心理や狙いを読み取り、打者が嫌なボール、狙っていない球種、スイングに合いにくい軌道を瞬時に選択してサインを出し、変幻自在に投げ分けられます。

つまり、サイ・ヤング賞4年連続受賞の大投手グレッグ・マダックス(元ブレーブスなど)のように相手の狙いを読んで外すことが可能になった。3、4月の大谷は〝最速165キロを投げる技巧派〟というハイブリッド状態にありました」

■日本人初受賞へ。大谷の「3つの課題」

もっとも、4月最後の試合で5失点、5月初戦でも4失点を喫するなど、完璧というわけでもない。サイ・ヤング賞受賞のための改善点はどこにあるのか。お股ニキ氏は3つの課題を指摘する。

①スイーパー偏重からの脱却

今や投球割合の5割近くを占めるスイーパー。一方で、今季の四球の多さはスイーパーの多投も一因だと指摘する。

「スイーパーは大きな変化で細かい制球が難しい。また、腕のアングルを下げるため、知らないうちにフォームに横ぶりの癖がついたり、足の着地の仕方が変わってしまったりする。結果的に制球やほかの球種への悪影響も生じやすいボールです」

また、スイーパーは右打者に効果的な半面、左打者はあまり苦にしない球種だという。

「大谷もそこは織り込み済み。対左打者へのスイーパーは縦に落としたりして抑えていますが、得意のはずの右打者に制球が乱れ始めており、狙われたり見極められたりして、出塁を許してから左打者に長打を浴びてしまっています」

対策として、本来の決め球だったスプリットと、質の高くなったストレートとカーブの投球割合を変更すべきでは、と提案する。

「スプリットの投球割合は現状わずか6%。ストレートの26.5%もかなり少ない印象です。『球速が速いストレートが最も肘への負担が大きい』というのが現在の球界のコンセンサスで、なおかつ大谷は昨年までストレートを打たれていたので、今の投球割合になっています。

そもそもスプリットは左右問わず効果的で、スイーパー主体の投手が最終的に行き着く球。カーブも左に有効です」

5月4日のカージナルス戦では侍ジャパンで共に戦ったヌートバーから3三振を奪うなど、自己最多タイの13奪三振を記録5月4日のカージナルス戦では侍ジャパンで共に戦ったヌートバーから3三振を奪うなど、自己最多タイの13奪三振を記録

確かに、5月4日のカージナルス戦では左打者にスイーパーをスタンドに運ばれるなど4失点したものの、ストレートを中心に15個のアウトのうち13個が三振アウトという驚きの内容だった。また、スプリットとカーブを増やすことでフォームの安定も期待できる、とお股ニキ氏は話を続ける。

「スイーパーの多投で腕のアングルが下がり気味になった結果、スプリットは2021年の一番よかった時期と比べると、少し質が落ち気味。少し上から投げる意識でスプリットとカーブを投げれば打者の狙いも外せて、フォームも乱れにくくなるはずです」

②ピッチクロック対策

大谷を悩ますのは相手打者だけではない。今季から試合時間短縮のために導入された「ピッチクロック」をいかに攻略するかも鍵を握る。

「ピッチクロックがあるために間を取ることができず、ゆっくりと息を吐いてためをつくってから投げることもできない。むしろ投げ急いでしまい、フォームも前に突っ込みがちに。崩れたときに微調整の間を取りづらいため、今季は大谷以外の有名投手でも一度乱れて打たれだすと止まらないことがよくあります」

3回まで完全投球を見せながらも、4回に突如崩れた4月28日のアスレチックス戦が象徴的だ。

「1番打者に死球を与え、盗塁を警戒してクイックで投球したことでタイミングが乱れてしまい、一気に5失点。力感調整やフォーム調整が万能の大谷でも、少しのことでこれだけ乱れてしまう。やはり投球は高度で難しい技術だということがよくわかります」

③二刀流による疲れ対策

さらに、試合時間短縮を是とする今のMLBの状況は、二刀流・大谷ならではの難しさも生んでいるという。

「イニング間は2分15秒以内に投球を始めなければなりませんが、走者として塁にいた投手に対してこの間隔は短すぎます。

アスレチックス戦で崩れた場面も、大谷は直前に走者としてずっと塁にいたので疲れもあったはず。二刀流の大谷に対してはもう少し配慮が欲しい、とエンゼルスのネビン監督も訴えていましたがそのとおりだと思います」

こうした試合中の疲れにとどまらず、シーズンを通した疲労という面でも、二刀流であることがサイ・ヤング賞受賞へのハードルとなるのは明らかだ。

「過去に3度受賞している現役の3選手、シャーザー、ジャスティン・バーランダー(ともに現メッツ)、クレイトン・カーショー(ドジャース)に共通するのは、いつ・どこでも変わらない高い再現性にあります。

同様に、今季、サイ・ヤング賞を争うソニー・グレイやジョー・ライアン(ともにツインズ)、ゲリット・コール(ヤンキース)、シェーン・マクラナハン(レイズ)といった投手たちもやはり、高い再現性に裏打ちされた安定感と制球力の持ち主です。

一方、疲れがたまりやすい二刀流の大谷はこの再現性の点で不利になります」

ただ、大谷は再現性タイプではないところが魅力であり、そこがサイ・ヤング賞への希望にもなるという。

「試合ごと、球種ごとにフォームやアングルを変えまくる変幻自在型。再現性は各球種ごとに安定していれば問題ありません。投手専任であればサイ・ヤング賞の最有力であるポテンシャルを、二刀流でも発揮できるか。ぜひ、日本人初受賞を達成してほしいです」

一昨年のMVP、昨年の投打W規定達成に続き、今年も歴史的偉業に期待したい。