「周りにこれだけのレベルの選手がいる中、デビュー戦で迷いなくシュートを打てるのがすごいです! 『彼はスーパースターになる』と(チームメイトと)話していました」
バスケットボール日本代表のキャプテンを務める富樫勇樹が、絶賛した選手がいる。その名は、金近 廉(かねちか・れん)。
今年2月、日本・フィリピン・インドネシアで8月に共催されるバスケW杯前の最後の公式戦が行なわれた。当時19歳でデビューした金近は、3Pシュート6本を含む20点をたたき出した。
ただ、彼のすごさはシュート力にあるのではない。
野球界の〝令和の怪物〟佐々木朗希を思わせるような思考を持っているところに、大いなる可能性を感じさせるのだ。
佐々木は昨年、28年ぶりの完全試合を成し遂げ、13者連続奪三振のプロ野球新記録を達成した。彼がプロ1年目に公式戦で一度も投げなかったのは有名だ。
体が成長過程にあり、ケガのリスクが高かったため、所属する千葉ロッテマリーンズが作った、ケガを防ぎながら成長するプログラムに沿って練習していたからだという。
金近が周囲を再び驚かせたのは今年4月。大学3年になる前に東海大を中退し、プロバスケットボールリーグ・Bリーグの最多勝利記録と最多タイトル記録を持つ千葉ジェッツと〝練習生〟契約を結んだからだ。
Bリーグは10月に始まって6月に終わり、選手登録の期限は3月13日まで。プロ選手として登録できるのは、来シーズンから。試合に出られないのに、金近がプロの環境で練習に専念する道を選んだから、周囲は驚いた。
ジェッツの選手編成の責任者である池内勇太GMは語る。
「金近は自己分析能力がずばぬけていて、自分に必要なものも言語化して理解します。彼くらいの年齢であれば将来的なビジョンもなくプロの試合に出て、名前を売りたいという選手が多いのですが」
Bリーグには、一般企業のインターン制度に当たる「特別指定制度」がある。大学バスケのオフシーズンである1月から3月にこの制度を使い、プロで武者修行をする選手は多い。
ただ、金近はこれまでプロのオファーを断ってきた。オフ期間を体づくりや体のケアに充てたいと考えていたからだ(それに加え、最初の2年間で学業の単位を多く取りたいという意志もあった)。
体づくりにこだわった理由は、これまでの経験則からきている、と金近は話す。
「(U-19W杯などで)国際試合も経験させてもらいましたけど、海外には自分よりも背の高い選手が多くて......」
金近の身長は196㎝だが、世界のバスケ界には2mを超える超人がゴロゴロいる。
「彼らに当たり負けをしているようでは、(バスケの試合では)いつまでたっても勝てません。だから、彼らと対等以上のフィジカルをつけないと、と考えていたんです」
そのように課題と向き合っていた金近は、今年2月に日本代表の活動に参加したことで、新たな事実に気がついた。
「大学のレベルでは体をさらに鍛えなくても戦えてしまうため、現状で満足してしまうかもしれません。それではダメなので、環境を変え、上のレベルでやらなければと考えました」
出した結論は、体を劇的に変えてくれる環境を持つジェッツに入団することだった。
現在の金近は、ふたつの目標を掲げている。
・海外の選手にも当たり負けしない体をつくる。
・ケガをしづらい体をつくる。
ジェッツにいれば、バスケの練習、筋トレ、体のケア、食事を1ヵ所で完結できる練習拠点「ロックアイスベース」を使用できる。2021年3月に完成した日本バスケ界最新鋭の施設で、それらを効果的に活用できるスタッフがそろう。
池内GMは胸を張る。
「『とにかく体を大きくしよう』とトレーニングをするチームは多いですが、うちは違います。例えば、オフ明けの練習ではジャンプテストから始め、体の調子を分析し、数値化して、何が足りなくて、どんな筋力は十分なのかなどを測りながらトレーニングできる環境があります」
実際、ケガを予防するためのメニューに取り組むことで、金近にも発見があった。
「筋力のバランスが良くない部分や、筋力が足りず、本来使うべきではない箇所の力でカバーしていた部分もあるとわかって。そういうところも改善してもらっています」
何より大きいのは、金近は〝練習生〟であるため、直近の試合に向けたコンディショニングづくりを考慮しなくてよいことだ。だから、2ヵ月間を目安に、筋肉痛のような状態が続くほど高い負荷をかけた練習に取り組んでいる。
いわば「金近特別プログラム」だ。すでに驚くべき成果を上げており、初めの1ヵ月で体重は4㎏も増えた。
普通は努力しても、成果が出るまでには数ヵ月から1年ほどかかったりもする。それなのに、こんなに早く効果が出るとは! 金近はうれしい悲鳴を上げている。
4月6日。入団会見の翌日、金近は大学とジェッツ両方の先輩である大倉颯太と一緒に、ZOZOマリンスタジアムを訪れた。その日の先発は、あの佐々木だった。
「ほぼ同世代(※佐々木が1学年上)で、あれほど堂々とプレーしているのを見て、本当に刺激になりました。佐々木選手のことを詳しく知っているわけではないですが、すごい努力をしているはず。自分が納得できる努力をしていければ、あれだけ堂々としたプレーができるのかなと」
現代のアスリートが活躍するために必要なのは、自らの体と向き合い、まじめにトレーニングに取り組むことだ。
例えば、野球界では、大谷翔平は遊びに行くことよりも、体のケアやトレーニングを選ぶ。サッカー界では、筑波大卒の三笘 薫が「スピードが落ちるから体を大きくするべきではない」という慣習を疑い、体を大きくしながら世界最高峰のプレミアリーグで存在感を増している。
バスケ界でも、そんな資質を持つ20歳の青年が、ブレイクの時に向け、努力を続けている。8月のW杯で、日本代表最年少の金近が、世界を驚かせても不思議ではないのだ。