FC町田ゼルビアの黒田監督FC町田ゼルビアの黒田監督

高校生とプロは違う。シーズン開幕前にはそんな懐疑的な声も一部で聞かれた。だが、青森山田高校を全国屈指の強豪に育て上げた名将は、見事なスタートを切ってみせた。ロマンあふれる挑戦、ここまでの手応えを黒田 剛(くろだ・ごう)監督に聞いた。

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■「シュートを打たせず無失点を追求する」

昨季はJ2で15位(22チーム中)に沈んだFC町田ゼルビア。だが、黒田 剛新監督を迎えた今季は、第14節終了時点で9勝3分け2敗で首位に立つ好スタートを切った。高校サッカーの名門からやってきた指揮官は、チームに何を注入したのか。

――ここまでの手応えは?

黒田 まだシーズンの3分の1を過ぎたばかりで手探り状態。私自身、Jリーグでの指揮は初めてですし、毎日必死に戦っているところです。

――それでも失点はリーグ最少(第14節終了時点で7)。堅守は際立っています。

黒田 そこはキャンプからこだわってきたところです。昨季、町田は42試合で50失点しているのですが、高校生でもありえないような無駄な失点がいくつもありました。

守備は「こうなったら、こうやる」「ここはこうする」という原理原則さえ守れば、ある程度防げるものですが、びっくりするほどそれが徹底されていなかった。基本に返ることで無駄な失点を減らせるとは思っていました。

――黒田監督の「無失点や勝負にこだわる姿勢」は選手からも聞こえてきます。

黒田 取られていい失点なんてないし、打たれていいシュートなんてないですからね。どんなシュートでも打たれれば失点につながる可能性はあるし、シュートを打たせず無失点をとことん追求することが勝利への近道になります。

失点さえしなければ、少ないチャンスから1点を奪うことで勝てますし、勝負へのこだわりという部分は高校サッカーでもJリーグでも変わりません。

――そうは言っても、高校とJリーグでは監督の感じるプレッシャーも違うのでは?

黒田 プロでは家庭のある選手もいますし、お金や生活がかかっていますから、より責任が重いというか。でも、勝負の世界ですし、プレッシャーはなかったらつまらないじゃないですか。

――戦術面ではロングスローを活用するほか、第10節の大分との首位攻防戦ではデザインしたCKから鮮やかに先制点を奪って勝利しました。青森山田の代名詞ともいえるセットプレーの強さも武器になっています。

黒田 まだ、それほどじっくり練習しているわけではないんですけどね。ひとつ決まって今後はもっと意識高く取り組んでくれると思います(笑)。

――ロングスローには賛否もありますが。

黒田 それも含めてサッカーですし、接戦の中では特に重要になります。セットプレーからの得点は相手に与えるダメージも大きいし、特長を持った選手がいるなら使わない手はないですよ。

黒田 剛 1970年生まれ、北海道出身。登別大谷高校、大阪体育大学を経て一般企業に就職するも、教員の道を選び、94年に青森山田高校のコーチに就任、95年から監督に。2006年度には日本サッカー協会認定S級コーチライセンス取得黒田 剛 1970年生まれ、北海道出身。登別大谷高校、大阪体育大学を経て一般企業に就職するも、教員の道を選び、94年に青森山田高校のコーチに就任、95年から監督に。2006年度には日本サッカー協会認定S級コーチライセンス取得

――町田には横浜FMでJ1優勝経験のあるブラジル人FWエリキ選手や、カタールW杯でゴールを決めたオーストラリア代表FWミッチェル・デューク選手ら経験ある外国人のほか、青森山田時代の教え子である藤原優大選手や宇野禅斗選手もいます。高校生とプロでは選手への接し方も異なると思いますが......。

黒田 距離感は重要ですよね。高校生とプロでは子供と大人くらい違いがあります。ただ、その一方でプロの中でもプライドを持って自立した選手と、まだメンタル的に弱く幼い選手がいます。そのへんは見極めながら接しないといけないと感じています。

選手をコントロールする点では、素直さが残る高校生のほうがやりやすいかもしれません(笑)。

――藤原選手は「オフの前日には自分だけ『遊ぶなよ』とクギを刺されます」と言っていました(笑)。

黒田 優大と禅斗は中高6年間指導した教え子ですからね。ふたりとも青森山田の看板を背負ってプロ入りした選手なので頑張ってほしいという思いがある一方、彼らを過保護に起用するわけにはいかないと考えています。誰もが認める状況で試合に出てほしいし、どうしても厳しい目になってしまう。

優大はプロ3年目ですが、プロになりさまざまな洗礼や誘惑もあったでしょうし、久しぶりに会ったらまったく持ち味を出せていなかった。ただ、今はまた少しずつよくなっているので期待しています。

■「目の敵にされているのも感じます」

黒田監督は1994年に青森山田高校に赴任し、2005年夏のインターハイで初の日本一。直近7年間の高校選手権では優勝3回、準優勝2回と圧倒的な結果を残してきた。それでも育成年代からプロの指導者への転身については、驚きとともに「アマチュアに何ができるのか」と懐疑的な見方も少なくなかった。

――Jリーグの監督には以前から興味があったのですか?

黒田 正直、町田からオファーをもらうまではプロの監督になろうと思ったことはなかったんです。高校サッカーの指導者として充実した日々を過ごしていましたし、結果を出したことでそれなりのリスペクトもしてもらえるようになった。それを簡単には手放せないですよね(笑)。

ただ、21年度の松木玖生(現FC東京)の代に高校選手権だけでなくインターハイ、高円宮杯U-18プレミアリーグ(EAST)を含め三冠を成し遂げたことで、モチベーションのコントロールが難しくなっていたのも事実です。

そんなタイミングで町田から話をいただき、このまま定年まで高校サッカーの指導者を続けることが自分にとっていい人生なのかを考えました。待ち続けていたわけではなかったんですが、これを逃すと次にいつチャンスが来るかはわからない。またイチからチャレンジするほうが自分らしいと思ったんです。

――これまでJリーグの監督は元選手がやるという流れが強かっただけに、黒田監督の就任には注目が集まりました。期待する声はもちろん、やっかみめいた声もあります。

黒田 アウェーの甲府戦(第11節)では、私の名前が紹介されるとブーイングでしたね。青森山田時代に山梨学院高校さんと何度も対戦していたので、山梨のサッカーファンの方には「絶対に黒田に負けるな!」という思いがあったのかもしれません(苦笑)。

また、プロで長く監督をやられている方にしたらプライドもあるでしょうし、1年目の私に負けられないと目の敵(かたき)にされているのも感じます。それなのに町田が首位に立っているのだから面白いわけがない。ただ、それでリーグが盛り上がればいいじゃないですか。

――もし結果が出なければ、黒田監督にはさらなる向かい風が吹く可能性もあるわけで、なかなか大変ですね。

黒田 もちろん、いくら高校サッカーで全国優勝したからといって、「プロでは無理でしょ」と思う方がいるのはわかります。

ただ、そういう逆風の中、クラブに請われて監督に就任したわけですし、私自身、やるからには爪痕を残したい。高校サッカー界には将来プロの指導者を目指している人もいますし、私が成功例となれば後輩への道をつくることができるかもしれませんから。

■「J1昇格は優勝の後についてくるもの」

町田は昨年12月に親会社の大手IT企業サイバーエージェント社長の藤田 晋氏が、クラブの社長兼CEOに就任。オーナー自らが経営に乗り出し、今季は20人の新加入選手を迎えるなどJ1昇格に向けて本気度を見せている。

――最後に今季の目標を聞かせてください。

黒田 昇格は優勝した後についてくるもので、あくまで目標はJ2優勝。もちろん結果的に2位3位で昇格ということもあるかもしれないですが、最初から優勝を放棄する必要はないです。もちろん、初めての挑戦で不安がないわけではありません。ただ、危機感があるからこそ、準備を怠らないようにと思うわけです。

町田はまだ勝ち慣れていないチームなので、どこかに甘さが見え隠れしていますが、私は大の負けず嫌い。少しでも早く、選手全員が勝者のメンタリティを持ち、勝利にこだわっていくチームにしていきたいと思っています。