野球はバッターが打席に立つと勝負が始まります。投手の手から離れたボールの行方は、大きな意味を持ちます。ストライクになるのか、ボールか。バッターは振るのか、振らないのか。「1球目」が持つ意味は、思っているよりも大きいかもしれません。
5月6日に神宮球場に観戦に行ったヤクルトvsDeNA戦も、(我がヤクルトは17点取られて負けました......)先発の"ライアン"小川泰弘投手は、主審のプレイボールの声がまだ響く中で投じた初球を、先頭バッターの佐野恵太選手にスタンドに運ばれました。打たれた瞬間に「入った」とわかる強烈な当たりで、ガクッときたことを覚えています。
プレイボール直後は投手の調子も整っていませんから、不安定な立ち上がりを突くという意味でとても有効な一発でした。実際に、その試合で小川投手は自責点8で降板しましたから、見事に出鼻をくじいたことになります。
一般的に投手は、「ストライクゾーンを徐々に広げる」という狙いもあってボールを投じているそうです。初球がストライクだったら、2球目はさらにボールひとつぶん外に投げる、そして3球目でもっと広げて、自分が投げやすい環境を整える。ということは、初球は一番甘い球になる可能性が高いということ。そういう意味でも、初球を狙うのは理にかなった戦法ですね。
さらに、コントロールがいい投手を相手にする場合は「追い込まれて不利なカウントになる前に打たないと」という気持ちが働くでしょう。決め球がある投手が相手でも、ストライクが多くなるほど不利になっていきます。ストライクの重みが増す前に初球から振っていくのも、狙いとしては理解できます。
ただ、打者にとっては初球を打ち損じた時のリスクもあります。番組でご一緒している小早川毅彦さんがおっしゃっていたことが印象的だったのですが、基本的に初球を見逃す選手が多いのは、「打ち損じたら後悔するから」だとか。
もっといい球がくる可能性もありますし、投手に球数を投げさせないで凡退してしまうこともあるわけです。初球を狙う打者は、それらのリスクを承知した上で、強い気持ちで振っていることを教えていただきました。
近年は、投手が分業制になっていることも影響しているかもしれません。特にメジャーリーグだと100球前後で投手が降板することが多いので、調子がいい先発投手には少しでも球を投げさせたいですよね。そこで1球で凡退するのと、5球投げさせるのでは全然違います。
個人的に好きなのは、投手が相手の意表をつくスローカーブを1球目に投じるシーンです。打ち気の打者が、意表をつかれたような顔になるのも痛快です。ちなみに、四球や死球のあとの1球目も、投手心理として「ひとつでも多くストライクを先行させたい」という気持ちが強くなるので、それを狙おうという打者の思惑も生まれます。
1球目は投球の組み立ての第一歩。それまでの"文脈"がほとんどないからこそ、初球はどんな球がくるかわかりません。ということは、1球目を投じる前に、すでに駆け引きは始まっているとも言えます。"様子見"と思われる初球ですが、やはり重みがあるんです。
書店で小説の冒頭の一文を読んでから買うタイプの私にとって、投手の1球目もその日の調子や攻め方を知る重要なヒントです。野球は「一打席一会」ですし、「一球一会」。だからこそ、どのシーンも見逃してはいけません(そうなると、いつビール飲んだらいいの......)。
ちなみに、私の結婚の決め手になったのも、初球のストレートでした。ど真ん中の直球がずばんと決まり、それから相手のことを意識するようになりました。打席に立った瞬間に、どんな初球がくるのか。そこから勝負は始まっているのですね。それではまた来週。
★山本萩子(やまもと・しゅうこ)
1996年10月2日生まれ、神奈川県出身。フリーキャスター。野球好き一家に育ち、気がつけば野球フリークに。
2019年より『ワースポ×MLB』(NHK BS1)のキャスターを務める。愛猫の名前はバレンティン