パリ五輪までおよそ1年。あと一歩のところでメダルを逃した東京五輪での無念をパリで晴らそうとしているのが、大岩剛(おおいわ・ごう)監督だ。
もはやA代表でも欠かせない存在となりつつある久保建英の起用、鍵を握るオーバーエイジ枠について、U-22の指揮官はどう考えているのか。知られざる日本代表のスタッフミーティングの内実も含め、ここに記す。(聞き手/中川絵美里)
■彩艶や玲央、佐々木......A代表級のGKがそろう
中川 パリ五輪までおよそ1年。もう来年なのかと感じる人は多いと思うのですが、監督としてはいかがですか?
大岩 あっという間ですね。これから先、9月にアジア1次予選が始まって、最終予選は来年4月中旬。東京五輪が1年延期になってずれ込んで、実質的に準備期間は2年半です。でも、切羽詰まった感じはないです。
中川 順調にチームづくりが進んでいるわけですね。今年3月にはドイツやベルギー、この6月にはイングランドとオランダ。マッチメイクも充実している印象があります。
大岩 昨年のW杯でのA代表の活躍、それとわれわれが攻守ともにアグレッシブにいくというスタイルが、ヨーロッパの強豪国から一定の評価をされているようで。タイミングも良かったんですよ。
6月にU-21の欧州選手権があって(取材は5月30日に実施)、各国とも強化を進める中で、インターナショナルマッチウイークには、どこもそれなりの相手を欲しているというか。
中川 大岩監督としては、選手の招集基準については当然それ相応のレベルを求めるわけですよね?
大岩 僕は常々選手たちに「A代表経由、パリ五輪」だと訴えていて。U-22といっても世間的には立派な大人だし、もはや育成年代と呼ぶには限界があります。世界各国を見渡せば、U-22世代でもA代表に交じって主力として活躍している選手も多いですしね。
だから代表期間のみならず、日頃から所属先のクラブでどう取り組んでいるのか、ピッチ外での日常生活に至るまで真摯(しんし)であるべきだと理解してほしいんですよ。
中川 監督業務としては、そうした点を見極めるための視察も大事な要素になりますよね?
大岩 もちろん。リサーチは入念にやっています。所属チームの試合はもちろん、普段はどうなのか練習での姿を見に行ったり。ただ、試合に出ていない選手が多いので、なかなかジャッジするのは難しいんだけれども。
中川 特にセンターバックの選手は、なかなか先発で試合に出られていない現状がありますね。
大岩 そう。センターバックに限らず、やっぱり経験を十分に積んだ選手とか、外国人選手が重用されるケースも多いのでね。
中川 そんな状況であっても、中には楽しみな選手もいますよね。例えばゴールキーパーなら、鈴木彩艶(ざいおん)選手(浦和)や小久保玲央(れお)ブライアン選手(ベンフィカ)は、本当にスケールが大きく、身体能力も秀でています。
監督からすると、例えばA代表のシュミット・ダニエル選手(シント=トロイデンVV)はセービングだけでなく足元の技術の高さなどにも定評がありますが、そういった要素を比較検討して選んでいるんですか?
大岩 技術的な面を細かくチェックするというのはないですね。代表レベルでは、スキルはあって当たり前ですし。そこにプラスアルファの特長があるからこそ、選ばれるわけで。彩艶や玲央、それに佐々木雅士(柏)などは、A代表に選ばれてもおかしくないパフォーマンスはあります。
あとは、ダン(シュミット・ダニエル)を超えていくには、やはりそれなりの経験値が必要で。だからハイレベルな国々と戦って、自分は何ができるのか、できないのかを見つけると同時に、どんどん練磨して成長していってもらいたいんです。
われわれも、彼らの日常との向き合い方、そこにこの1年半の成長ぶりと期待値を加味して選出していくので。
中川 「A代表経由、パリ五輪」でいえば、6月のA代表テストマッチには川﨑颯太選手(京都)が初選出されました。私、彼のことは非常に注目していまして。ボール奪取力や展開力がとても魅力的だなと。ただU-22世代では、川﨑選手のポジションは競争が激しいと思います。
大岩 よく見てるねぇ。さすが、地元清水の後輩(笑)。
中川 同郷の先輩、恐縮です(笑)。それはさておき。
大岩 そう、颯太にとってはいい刺激になると思います。これは颯太に限らず、前回A代表に呼ばれたバングーナガンデ佳史扶(かしふ/FC東京)とか、半田陸(G大阪)も同様で。
彼らがA代表に呼ばれていって、U-22との差はなんなのかを肌で感じ、そこで「A代表経由、パリ五輪」の意味を理解し、プレーや日常生活に生かしてもらえれば、チーム力はより増すでしょう。
■久保レベルの選手がまだまだ足りていない
中川 多くの可能性を秘めたU-22世代ですが、もはやA代表でも看板的存在になっているのが久保建英(たけふさ)選手(レアル・ソシエダ)です。所属チームでは欧州チャンピオンズリーグ出場権を獲得、マン・オブ・ザ・マッチには9回も選出されるという活躍ぶりですが、監督はどうとらえていますか?
大岩 すでにわれわれがどうのこうの評価するところにはいないですよ、彼の立ち位置としては。スペインでもそうだし、A代表でも、去年のW杯では苦労しながらも存在感を示しましたしね。われわれのチームで試合に出ることになっても、大いに期待したいです。
ただ、特別扱いするつもりはありません。あくまでチームの一員として、今現在高いレベルでやっていることを、われわれのチームに還元してほしい。そうすればチームのためにも、建英本人のためにもなるはずです。
この間ソシエダに行ったときに本人とも話しましたけど、「東京五輪では悔しい思いをしたから、ぜひ次の五輪も出たい」と。この先、パリ五輪への出場権を得て、もし彼が合流できるとなったら、ぜひチームの一員として協力してほしいですね。
中川 ちなみに、6月のテストマッチに臨むA代表には久保選手と同世代――つまり若い世代の選手が少ないんじゃないかという声も出ていますが、監督はどう感じていますか?
大岩 シンプルに実力が足りないからだと思います。建英レベルの選手がまだまだ足りないということですね。一方で、A代表の個々の選手のレベルがぐんと上がったとも言えます。Jリーグができて30年、僕も含めて当時の創生期には海外組なんかいなくて。
でも、今となってはその海外組が全世代トータルで70人いるわけです。ただ、U-22世代に限れば7人しかいない。かたや3月に対戦したドイツやベルギーなどは、1部でも2部でもリーグでレギュラーとして活躍する選手が勢ぞろいですからね。まだまだですね。
中川 海外組は自己主張が強く、自立心も旺盛だという話をよく聞きます。大岩監督は、国内組と比べてどう感じていますか?
大岩 それは間違いなくあると思います。でなければ海外にわざわざ行く意味がないですしね。国内組の選手たちだって、いずれは海外移籍を視野に入れて頑張っている選手が多いでしょうし。
だって、海外には助っ人として行くわけでしょう? 言葉はもちろん、文化もまったく違う国で、現地の選手以上の結果を求められるわけですよ。
トップのクラブであれば施設から何からひととおりそろっているところもあるでしょうけど、そうではない小規模のクラブであれば、すべてを自分で管理しないといけない環境を強いられるわけです。おのずとたくましくなりますよね。それは当然、ピッチの中でも表れます。
中川 心身ともにタフ、しかもアグレッシブになるから、結果的にプレーでも目を引くようになるというわけですね。
大岩 もちろんチームプレーですからね。国内組も海外組も、ひとたびピッチに立てば同じなんだけれども。個々を見れば、自立している人間とそうでない者ではどうしても差は感じますよね。そういう点も含めて、着実に日本の力は全体的に底上げされてきています。
■東京五輪チームから受けた報告書の中身
中川 チームがある程度完成されたところで、もし久保選手が入ってくるとすれば――化学反応が起こり、サッカーファンにとってはより魅力的なチームに仕上がると思います。そういった部分も監督の中で意識されていますか?
大岩 ええ、やっぱりファンの皆さんがあってのわれわれの活動ですからね。われわれが魅力あるサッカーを見せることによって、支持、注目というのは集められるわけですから。
となれば、ファンの期待に応えるべく、パリへの出場権が得られれば、建英のみならずオーバーエイジ枠も視野に入れてチームづくりはしていきたいと思っています。
中川 気が早いですけど、現時点で、オーバーエイジ枠で考えていらっしゃる選手というのは......。
大岩 記事にしないのであれば、オフレコとして今この場で言うよ(笑)。それは冗談だけど......真面目な話、オーバーエイジ枠自体はルール上許されているわけですから。それを活用することで考えうる最強のチームがつくれるなら、当然使いますよね。
中川 最強、でいえば、前回の東京五輪代表チームが日本のU-22世代史上最強の呼び声が高かったですが、あと一歩メダルには届きませんでした。最大の反省点はどんなところにあったのでしょう?
大岩 東京五輪のスタッフチームから、いろいろと報告は受けました。まず言えることとしては、やはり選手の枠には限りがあるということ。東京五輪での登録上限数は22人でしたが、決勝まで進む場合、短期間で最大6試合を戦わなければならないわけです。
そうすると、選手のコンディションが非常に重要で。なかなか状態が良くならない、ケガをしている、といった選手を何人も抱えているようだと、当然勝ち上がるのが難しくなってくる。
なので、心身共にタフな選手を選び、なおかつコンディションを最大限維持させるという点で、より緻密でなければならないと。もちろん東京五輪のチームもベストは尽くしたけれど、そこは今後の課題だと話していましたね。
中川 東京五輪代表は森保一監督が率いていましたが、監督間、世代ごとの監督同士での情報共有というのは盛んなのですか?
大岩 もちろん。森保さんはじめ、冨樫さん(剛一・U-20代表監督)、森山さん(佳郎・U-17代表監督)とも話します。監督同士で話をする時間というのは、すごく貴重なので。
今日お越しいただいたこのJFA夢フィールドは2020年にできましたが、同じ空間でスムーズにやりとりができるので、非常にいいですね。監督のみならず、コーチ陣もね。今年は、名波(浩)コーチや前田(遼一)コーチも入ってきましたし。
中川 各世代の監督やコーチが一堂に会す場所があるのは、情報交換やコミュニケーションを取る意味では大きいですよね。やっぱり、監督という仕事自体、非常に孤独だと思いますし。
大岩 おっしゃるとおりです(笑)。でも、これはほかのあらゆる組織の長や指導者にも同じことが言えるんじゃないですか。勝つために、道なき道を進むために決断しなきゃいけない。ただし、孤独であっても、孤立はしちゃいけないですね。裸の王様みたいなのはね。
中川 鹿島アントラーズを率いていたときは、チームづくりにもじっくりと時間をかけられたでしょうけど、代表監督となると時間的制約もあります。
大岩 そうですね。活動期間が短いのは本当に難しいですね。しかも国を背負うわけですから。当初、オファーをいただいたときもずいぶん悩みました。
でも早い段階で声をかけていただいたのは本当に光栄だったし、日本サッカーが掲げる「2050年までのW杯優勝」という目標達成に向けて道を切り開くのは、本当にやりがいがあります。
鹿島を率いていたときはAFCチャンピオンズリーグも獲れましたけど、あのとき得た経験も踏まえて、大会へのアプローチやスタッフとの一体感というのは常に忘れずにやっていきたいですね。
中川 ずばり、パリ五輪への意気込みを聞かせてください。
大岩 サッカー界における五輪というのは、W杯とは違って熱が入る国とそうではない国の差があります。ただ、われわれ日本の場合は人々の関心が非常に高い。
だから、メダルを獲るということを常に意識しています。選手たちにも都度ロードマップを見せて、メダルを獲るためには今こうしなければならないと伝えています。
アジア1次予選は、中東のバーレーンという酷暑の国で行なわれます。五輪への切符を手にするための公式戦ですから、非常にタフな戦いを強いられるでしょう。
そういった困難な状況下でも、いかにわれわれのスタイル――前線からアグレッシブにボールを奪って、ゲームの主導権を握るというやり方を貫き通せるか、最大限力を発揮することができるのか、そこにフォーカスして準備していきたいですね。
●大岩 剛(おおいわ・ごう)
1972年6月23日生まれ、静岡県出身。清水商高から筑波大へ進み、95年に名古屋に加入。名CBとして磐田、鹿島と渡り歩き、2010年に現役引退。翌年、鹿島のコーチに就任。17年より監督としてトップチームを率い、18年にACL初優勝へ導いた。20年よりJFAインストラクター。21年にU-18、22年にU-21代表監督を歴任。現在はU-22代表監督としてパリ五輪でのメダル獲得を目指す
●中川絵美里(なかがわ・えみり)
1995年3月17日生まれ、静岡県出身。フリーキャスター。『Jリーグタイム』(NHK BS1)キャスター、FIFAワールドカップカタール2022のABEMAスタジオ進行を歴任。2023WBC日本代表戦全試合を中継するPrime VideoではMCを務めた。今月より『情報7daysニュースキャスター』(TBS系、毎週土曜22:00~)の新お天気キャスターに就任。TOKYO FM『THE TRAD』の毎週水、木曜のアシスタント、同『DIG GIG TOKYO!』(毎週土曜25:00~)のパーソナリティを担当中
スタイリング/武久真理江(中川) ヘア&メイク/石岡悠希(中川) 衣装協力/louren Jouete ete