大谷のバットが止まらない! ホームラン量産体制に入った6月、バッティングにどんな変化が起こっていたのか?
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■まるで〝バットを長く持ったボンズ〟
エンゼルス・大谷翔平の快音が、そして打撃成績の向上が止まらない。
6月20日時点での月間本塁打は9本で、シーズン24本塁打は2位のアーロン・ジャッジ(ヤンキース)に5本差をつけるリーグ1位。年間53本塁打のハイペースだ。また、長打だけでなく、15試合連続安打を記録するなど月間打率は4割超え。シーズン打率もついに3割に到達した。
ちなみに、46本塁打でシーズンMVPに輝いた2年前の6月も月間13本塁打と打ちまくったが、今月の成績はトータルでもそのとき以上。得点、安打、本塁打、打点、四球、打率、出塁率、長打率、OPSと、なんと打撃9部門で月間リーグ1位。すさまじい成績を叩き出している。
注目は、やはり2年前に逃した本塁打王のタイトルだ。最大のライバルで昨季ア・リーグ本塁打王のジャッジが負傷離脱中の今、さらに差を広げれば、大谷のタイトル獲得も現実味を帯びてくる。
そして、開幕前の時点で「ケガなく打席数を確保できれば、今季は本塁打王も狙える」と語っていたのが、本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏。その根拠と、実際に本塁打を量産できている要因について詳しく解説いただこう。
まず、お股ニキ氏が挙げるのは打撃の「安定性」だ。
「MVPを受賞した2年前は〝一発か三振か〟という打ち方でしたが、今季は万能スタイルに。打率が3割を超えてきたのはすごい。まるで〝バットを長く持ったボンズ〟のようなイメージです」
ボンズとはもちろん、MLB歴代1位となる通算762本塁打、シーズン73本塁打の記録を持つスラッガー、バリー・ボンズ(元ジャイアンツなど)のこと。あれだけの偉大な打者にもかかわらず、実はバットを短く持ち、コンパクトなスイングを心がけていたのだ。
「こまのようにコンパクトに回るバッティングだからこそ飛びます。最近の大谷はそういう打ち方ができています」
その視点で比較すると、これまでの大谷は、遠心力はあるものの、〝一か八か打法〟だったようだ。
「当たったときは飛ぶけど、ストレートには間に合わず、変化球にはタイミングを崩される。今季序盤も、WBCで活躍したことで力みがちょっとあったかもしれません」
■好調の要因は「グリップ位置」&「オープンスタンス」
確かに、今季も決して順風満帆だったわけではない。5月途中まではストレートに差し込まれがちで、左投手にも2割台前半に抑え込まれていた。
そんな大谷に「ターニングポイントがあった」とお股ニキ氏が指摘するのは、5月31日のホワイトソックス戦。第2打席で14号、第3打席で15号と2打席連続弾を放った試合だ。
「この試合から、打席でのグリップ位置を下げるフォームに変更しました。大谷本人もこの日の試合後、『何かひとつの理由ではない』としながらも、グリップ位置を調整したことに言及していました」
Yahoo!ニュースコメンテーターであるお股ニキ氏は、実はその9日前の5月22日時点で「打席ではややグリップを高く上げすぎなので、もう少し自然に構えてもよさそう」と指摘。
まるで大谷がそのコメントを読んだかのようなタイミングでの修正だった。
「今季の大谷はバットを構えるグリップの位置が高すぎて、右肩もやや入りすぎていました。そのため、スムーズにバットが出にくかった。開幕当初、打撃妨害が多かったのもバットを引きすぎていたためでしょう。
でも、グリップ位置を下げたことでバットがスムーズに出るように。このクラスの選手になると、ちょっとした微調整でも大きな変化が起きる場合があります」
また、グリップ位置以外にも、打席内での変化があった。構え方の「オープンスタンス」の微妙なさじ加減だ。
「私は以前より、対右投手は普通に構え、対左投手では気持ちオープンスタンスで構えることを推奨していて、大谷もそれを実践していました。
ただ、最近はややオープンになりすぎて、左投手の外に逃げるスライダーなどを追いかけてしまい、インコースのツーシームにはやや差し込まれ気味に。でも、今はそのオープンの開き具合を狭めて、いいバランスになっています」
この「グリップ位置」、そして「オープンスタンスの調整」の合わせ技のバランスが噛み合ったのが5月末。その結果として6月の快進撃につながった、というのがお股ニキ氏の見立てだ。
「実際、5月31日時点で対左投手打率は.230だったのが、わずか半月で.260超えと3分以上も急上昇。真の一流は、相手が右か左かで成績が変わらないんです。その域に達してきた証しといえます」
■好調維持へのカギは「肩乗せ打法」
では、どうしたらこの好調を持続できるのか? 「好不調の波をいかに小さくするか」と語るお股ニキ氏は、さらにこう続けた。
「一般人なら、バッティングセンターで1打席打つだけでも疲れますが、プロ野球選手はそれを一日4回ほど、100試合以上重ねるわけで、疲労が大きい仕事です。だからこそ、再現性を持たせて疲労をいかに抑えるか、という観点が重要になります。二刀流での出場を続ける大谷にとって、一番の敵は疲労ですから」
そのための具体策として、以前からお股ニキ氏が提唱していることがある。バットを肩に乗せて構える「肩乗せ打法」だ。
「肩乗せ打法はバットを掲げず、肩に寝かせてそこから振るだけなので、再現性を保ちやすく、疲労の軽減にもつながります。実はWBCの打撃練習では、この『肩乗せ』のイメージでバットを体の近くに寝かせて構えていました。また、最近の打ち方はややこの意識が感じられるので、いい傾向といえます」
また、「肩乗せ打法」によって、好調の要因となったグリップ位置は自然と低くなり、コンパクトな回転で打ちやすくなるという。
「日本人はコンパクトにすると飛距離が出ないと言いがちですけど、そうではない。ボンズしかり、現役なら2020年MVPのフレディ・フリーマン(現ドジャース)がコンパクトの極み。
日本球界でも王貞治、ランディ・バース、城島健司、現役なら中村剛也(西武)がそう。大谷も回転とコンパクトな動きで力を発揮するすべを身につけていますから」
いずれにせよ、大事なのは結果うんぬんではなく、その過程。構えが良くなれば自ずと結果はついてくる、とお股ニキ氏は語る。
「大谷自身、『一番大事なのは構え』と言っています。そして、ここ最近は構えの段階での見え方がいい。そこがピタッと決まったら、あとはそこから振るだけですから」
このように、まさに全体のバランスが整ってきた今の大谷。では、本塁打王獲得のために疲労以外で懸念点があるとすれば?
「噂されるトレードがあるかどうか。もしナ・リーグにトレードになると、成績がリセットされてしまいます。それさえなければ、本塁打王は十分狙える位置にいます。サイ・ヤング賞も期待していましたが、5月以降、若干調子を落とし気味。アジア人初の本塁打王を取ってほしいです」
そんな大谷の調子に引っ張られたように、エンゼルスも6月は好調。このままの調子が続けば、大谷入団以来初となるプレーオフ進出にも望みがある状況だ。
「WBCを優勝して疲れもあり、達成感というか燃え尽き症候群のようなものが若干はあったはず。それでも、『メジャーリーグでも優勝してやる』というモチベーションは、大谷の活躍のためにも重要な要素になると思います」
「なおエ(「なおエンゼルスは敗れた」の略)」と揶揄(やゆ)されてきたエンゼルスにとっても、大谷が絶好調な今こそ頑張りどころ。
タイトル獲得のためにも、プレーオフ進出のためにも、ますます大谷のバットに期待したい。