吉成名高 2001年生まれ、神奈川県出身。エイワスポーツジム所属。4歳で空手、小学3年生でムエタイを始め、12歳のときに初めて本場タイで試合をする。最も権威のあるラジャダムナン、ルンピニーの両スタジアムの王座を獲得した初の日本人。戦績46勝(29KO)5敗1分け 吉成名高 2001年生まれ、神奈川県出身。エイワスポーツジム所属。4歳で空手、小学3年生でムエタイを始め、12歳のときに初めて本場タイで試合をする。最も権威のあるラジャダムナン、ルンピニーの両スタジアムの王座を獲得した初の日本人。戦績46勝(29KO)5敗1分け

ボクシングに転向した那須川天心(なすかわ・てんしん)、その天心と昨年東京ドームで雌雄を決した武尊(たける)。彼らに次ぐ〝立ち技格闘技・第3の男〟が注目を集めている。その名は吉成名高(よしなり・なだか)。笑顔が爽やかな好青年だが、リングに上がると好戦的なムエタイファイターに変貌する。

5月14日、東京で開催された「KICKBOXING WORLD CUP」のメインイベントに登場したときもそうだった。痛烈なヒザ蹴りがボディにめり込むと、対戦相手のタイ人は悶絶(もんぜつ)しながら倒れ込んだ。一撃必倒の切れ味に場内は大きくどよめく。1ラウンド1分37秒、吉成のKO勝ちだ。

これで連勝記録を21に更新するとともに、来たる7月9日に東京で臨む、ラジャダムナンスタジアム認定フライ級王座への挑戦に弾みをつけた。

ムエタイは試合を組む専用スタジアムごとに王座が認定されているが、「2大殿堂」といわれるラジャダムナンとルンピニーが認定する王座が最も権威がある。

22歳の吉成はすでに両スタジアム認定のミニフライ級王座をそれぞれ奪取した実績を持つ。日本人で2大殿堂のベルトを腰に巻いたのは吉成が史上初。7月の試合で2階級制覇を達成すれば、これも日本人初となる。

5月14日、ラジャダムナンスタジアム認定フライ級タイトルマッチの前哨戦となった一戦で、タイ人選手をKOした強烈なヒザ蹴り 5月14日、ラジャダムナンスタジアム認定フライ級タイトルマッチの前哨戦となった一戦で、タイ人選手をKOした強烈なヒザ蹴り

だが、吉成の存在は世の中に知れ渡っているわけではない。天心vs武尊のようなキックボクシングの試合に比べ、吉成の闘いの舞台であるムエタイは「地味でわかりにくい」というイメージがあるからだろう。

しかし、KOを連発する吉成のファイトを目の当たりにすると、そのイメージが誤ったものであることに気づく。先に記したヒザ蹴りだけではなく、矢にも劣らぬスピードで繰り出されるヒジ打ちで顔面を切り裂き、相手を流血TKOに追い込むことも。

吉成は「ムエタイはタイの国技」と胸を張り、その醍醐味を次のように解説する。

「パンチやキックといったキックボクシングの攻撃に加え、投げ(崩し)やヒジ打ちも有効なので、よりスリリングな攻防が楽しめる」

ヒジ打ちが禁止され、相手をつかんでの攻撃が制限されたキックでは打ち合いが美徳とされる傾向がある。吉成も「やみくもに攻め、当たったらラッキー」というキックにありがちな攻防を認めないわけではないが、〝立ち技最高峰〟と位置づけられるムエタイの技術はキックのそれとは一線を画すると考えている。

「ムエタイはスキをつくらないように試合を組み立て、フィニッシュにつなげていきます。KOにしろ、相手をしっかり見た上で倒すケースが多いんです」

リング上の姿とは打って変わって、インタビュー時の吉成は謙虚で礼儀正しい好青年だった リング上の姿とは打って変わって、インタビュー時の吉成は謙虚で礼儀正しい好青年だった

兄の影響で幼少期に空手を始め、それからムエタイに転向した吉成だが、最初から強かったわけではない。小学生の頃は試合会場に行く車中で調子が悪くなることもあった。

「負けるのが怖い。痛いのもイヤ。マイナスなことばかり考えていました」

転機は小6のときに訪れた。ムエタイの本場タイに初めて足を運び、リングに上がる機会を得たのだ。当時は31~32㎏程度しかない小柄な子供だったが、現地の主催者が目見当で選んだ現地在住の対戦相手は自分より5㎏程度も重そうな年上だった。吉成は「試合前からビビっていた」と振り返る。

「試合が始まっても何もさせてもらえないまま負けました」

手痛い黒星ながら、初めての現地でのムエタイ観戦は刺激になった。ラジャダムナンで観戦後、興奮している吉成を引率したエイワスポーツジムの中川夏生会長は肩を叩いた。

「ここで王者になることを目指してがんばろう」

即座にうなずいたが、現実味がある夢だとは思えなかった。たとえラジャやルンピニーのリングで闘うことが実現できたとしても、両スタジアムの王者になるまでの道のりは遠いと感じたのだ。

「でも、それから練習を積み重ねていくうちに、中川会長の夢がふたりの夢になったと思います」

会長の思惑どおり、このタイ遠征をきっかけに吉成の覚悟は決まった。

「従来の練習ではタイの強い選手には勝てないと思い、コーチに10言われたら、11やろうと決心しました。練習が生活の軸になり、週6回の練習を休むことはなかった」

2015年にルンピニー、そしてラジャのリングに初めて上がった吉成は、現地でも注目を集める存在になる。18年12月9日にラジャのミニフライ級王座を奪取したときには人目もはばからず号泣した。

「昔からずっと欲しかったベルトだし、対戦相手のハーキュリーがすごく強かったので本当にうれしかった」

もう勢いは止まらない。19年4月14日には、当時空位だったルンピニー同級王座を強豪タイ人と争い、王座奪取に成功した。ルンピニーの王者になった日本人選手は名高が初めてで、2大スタジアム制覇も日本人初という記録ずくめの戴冠だった。

かつて日本のキックボクサーにとって、ムエタイは底なし沼のような存在だった。試合が進むにつれ、ズルズルとタイ人の術中にハマり、気がつけばミドルキックやヒザ蹴りにいいようにやられるケースがあまりにも多かったのだ。

一方、吉成は強豪タイ人との駆け引きになっても一歩も引かない。むしろ勝る場面も多い。なぜ先人たちにとっては底なし沼のようだったムエタイにアジャストできたのか。

「僕もそうだけど、今の日本はジュニアから上がってきている選手が多い。この世代はユーチューブなどで現地の技術をいち早く参考にすることができる。あとはタイ人の先生が日本に常駐して、ムエタイの技術をきちんと教えてくれることが多くなったからでしょう」

すでに吉成はふたつ目の夢も実現させている。中学時代の大晦日、中川会長の自宅でRIZINを観戦していたときのことだ。中川会長は「将来、RIZINに出よう」と新たな目標を立てた。

そして2020年大晦日、吉成はRIZINさいたまスーパーアリーナ大会に出場してタイ人選手から1ラウンドKO勝ち。大歓声を浴びた。「数年前までテレビで見ていたリングに自分は立っているんだ」と感慨深かった。

コロナ禍を経て今年2月、3年ぶりにタイのリングに上がると、ムエタイを取り巻く環境は大きく変わろうとしていた。吉成は「これまで観客はギャンブラーが中心でしたが、若い女性客のほうが目立っていた」と振り返る。

「試合後は『日本にいるの?』と錯覚に陥るほど、観客から写真撮影をねだられました」

ムエタイの試合前の儀式である、闘いの舞台を清め、神や師、親などへの感謝を表す「ワイクルー」を踊る吉成 ムエタイの試合前の儀式である、闘いの舞台を清め、神や師、親などへの感謝を表す「ワイクルー」を踊る吉成

客層の変化だけではない。それまで2大スタジアムでは禁止されていた女子の試合や総合格闘技の試合も組まれるようになった。

武尊が契約を結んだことで話題のONE Championshipも今年1月からルンピニーで週1回の定期戦をスタートしたが、ムエタイ定番の儀式である、試合前に選手が踊る「ワイクルー」を割愛したことで、現地では議論になっている。

大相撲の塩まき同様、ワイクルーには闘う舞台を清める意味合いがあるといわれている。吉成は「大会の進行上しょうがないケースもあると思うけど」と前置きした上で、「伝統として、僕はあったほうがいいと思う」と言う。

「今年2月のタイでの試合では日本の侍の動きを取り入れたワイクルーをやりました。そうしたらSNSで取り上げられ、そこから自分なりのワイクルーを踊る現地の選手が増えたと聞いています」

先述のように、直近の目標はラジャの2階級制覇だが、その先には3階級制覇を見据える。

「最終的には(かつて魔裟斗のライバルだった)ブアカーオのようなムエタイの伝説になりたい。今後タイでブアカーオや(武尊との対戦が期待される)ロッタンと同じリングに上がるチャンスがあれば上がりたい」 

もし天心vs武尊のようなキックボクシングルールでのビッグマッチのオファーがあったら?

「そこは相談ですね。理想をいえば、自分がもっと活躍して、そういう舞台でもムエタイでの闘いができるようになるのがベストだと思います」

ムエタイの概念を覆す男はどこまで強くなるのか。もうムエタイが地味でわかりにくいとは言わせない。

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【ラジャダムナンスタジアム認定フライ級タイトルマッチ】 
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