「1軍」「2軍」と聞くと、わたしは洋服のことが頭に浮かびます。特別な日に着るお気に入りの洋服たちも、新しい服を買うとどんどん優先順位が落ちていく。そして頭に浮かぶのは、「そろそろ2軍行きかしら」。2軍に落ちた洋服が1軍に戻ってくることはほとんどありませんが、1軍と2軍を行ったり来たりするのがプロ野球。今日は「2軍行き」について語らせてください。
「2軍行き」というと後ろ向きな言葉に聞こえるかもしれませんが、選手の成長や調子を取り戻すために必要なことです。先日は、阪神の佐藤輝明選手が「出場選手登録を抹消」されたことがニュースになりました。難しい用語ですが、つまり「2軍で再調整してきてくれ」ということです。
佐藤選手は、5月は絶好調でしたが、6月に入ると打撃不振に陥り、月間打率は.179まで落ち込みました。スタメンではなくベンチで試合を見ているよりも、2軍の実戦の中で調整したほうが、ペナントレースを大きく左右する夏場から先に向けて調子も上向きになることが期待できます。だから今季初の2軍行きは、まだ若い佐藤選手への愛のあるムチだったということでしょう。
佐藤選手は3年目の若手ながら、チームの打撃の中心選手として期待され、実際に活躍してきました。それゆえ、2軍行きが報じられると大きなニュースに。ヤクルトであれば、村上宗隆選手であれば調子が悪くても、なかなか2軍で調整とはならないですよね。おそらく佐藤選手は、そのボーダーラインの真上にいたんだと思います。実際に、佐藤選手の2軍での再調整が決まった時は、ファンの間でも意見が分かれたようですね。
2軍行きを命じるのは、いろんな理由があると思いますが、思い出すのはDeNAの京田陽太選手が中日にいた時のケースです。試合中にゴロをはじき、内野安打と判定されたことに激怒した立浪和義監督は、試合中にもかかわらず京田選手に2軍行きを命じました。
試合後のインタビューで「戦う顔をしていないから」と理由を説明していたのを聞いて、そんな理由があるのかと驚きました。その件については、ファンの間でもさまざまな意見が出ていたと記憶しています。
中には、「立浪監督は直情的な判断をした」と思った方もいるかもしれません。ただ、監督や首脳陣は総合的に考えているはずで、おそらくコーチとも協議をしたのでしょう。
京田選手は2017年に新人王を獲得したエリート選手。もっと伸びて欲しいからこその判断だったと思えば、佐藤選手のケースとまったく一緒ですね。
立浪監督はあえて厳しい言葉を使って、ファンの目を京田選手ではなく、自分に向けさせたとも考えられます。あのまま出場を続けていたら、非難されるのは京田選手だった可能性もありますから。
今シーズン開幕直後の4月には、ロッテの松川虎生捕手が、プロ入り2年目で初の2軍落ちを経験しています。昨年、佐々木朗希投手との史上最年少バッテリーで完全試合を達成したことでも話題になりましたが、現在も2軍で調整を続けています。
たまに1軍で出るよりは、2軍で出場機会を増やして経験を積ませたいという意向なのでしょう。2軍では半分近くの試合でスタメンマスクをかぶっています。試合を作り上げる大事な役割がある捕手にとって、試合に勝る経験はないのでしょう。
ちなみに、佐藤選手が2軍に落ちたということは誰かが1軍に上がるわけですから、2軍の選手たちにとって大きなモチベーションになります。1、2軍の入れ替えはチームの緊張感にもつながりますね。
佐藤選手が2軍落ちした2日後に昇格したのは、6年目の熊谷敬宥選手。昇格後の試合では代打で打席に立ち、結果は四球でしたが、次の試合では代走として見事に盗塁を決めています。佐藤選手が1軍に再登録できるのは7月5日以後。少なくともそれまでに、熊谷選手はしっかりと結果を残したいですね。
あらためて言うことではないですが、1軍と2軍ではコーチが違います。学生時代に違う先生に教わると気分が変わったように、コーチが変わることで、それがすごくハマる場合もあります。ヤクルト2軍の畠山和洋コーチなどは、ご自身が2軍にいた頃は"やんちゃ"だったようですから、さまざまな選手のよき相談相手になってくれそうな気がします。
冒頭でも言いましたが、2軍行きは決して後ろ向きなことではありません。選手が成長していく中で必要な"痛み"なのだと思えるはず。ファンとしては公示に注目して、監督やチームの意図を汲み取るのも面白いかと思います。それではまた。
★山本萩子(やまもと・しゅうこ)
1996年10月2日生まれ、神奈川県出身。フリーキャスター。野球好き一家に育ち、気がつけば野球フリークに。
2019年より『ワースポ×MLB』(NHK BS1)のキャスターを務める。愛猫の名前はバレンティン