アナウンサーにとって「声」はとても大事なものです。聞きやすい声で、わかりやすく伝える。それが第一の仕事ですから、私も喉の調子には常に気を遣っていて、大きな声はあまり出さないようにしています。
野球では、大きな声で味方を鼓舞することがあります。高校野球の中継などでよく見られる光景だと思いますが、実はプロ野球でも一生懸命声を出している選手がいます。ということで、今日のテーマは「声出し」について。
今回、なぜ「声出し」というテーマにしようかと思ったかというと、とても印象的な試合があったことを思い出したからです。
2021年11月、私は東京ドームで行なわれたヤクルト対オリックスの日本シリーズを観戦に行きました。母親と今の旦那さんの3人で行ったのですが、旦那さんはプロ野球を見るのが初めての経験で、何もかも興味津々の様子でした。ヤクルトファンの私と母は試合に夢中でしたが、旦那さんは試合中にとても気になることがあったようです。
「向こう(オリックス)のベンチに、とても賑やかな人がいる」
確かに、客席にいても声が聞こえるくらいの大きな声で叫び続けている選手がいたんです。よく見ると大下誠一郎選手(現ロッテ)で、試合開始から終了までずっとベンチで声を出していました。
パ・リーグの試合はあまり球場で見たことがなかったので、とても新鮮でした。オリックスのベンチは常にいい雰囲気でしたが、「大下選手の声出しのおかげでチームのムードがよくなってるのかも」と感じたほどです。
高校野球では「声出し=ムードメーカー」というイメージもありますが、プロになると、声を出す選手は少なくなる印象があります。いえ、声を出している選手は多いけど、大下選手ほど目立つ選手がいない、と言ったほうがいいかもしれません。
声を出すというのは、「相手に呑まれない」ということ。どれだけ劣勢でも「いけるいける」といった声があるだけで気持ちは変わるでしょうね。2020年に現役を引退してしまいましたが、元DeNAの飛雄馬さんもよく声を出していた選手でした。常にポジティブな言葉で、みんなを元気づけていたのが印象的でしたね。
現在、飛雄馬さんは、横浜DeNAベイスターズベースボールスクールでコーチを務めています。さまざまなことを学ぶ子供たちに声をかけてあげるのは、とても重要でしょうね。飛雄馬さんのそんな一面が評価されて、DeNAは球団職員&スクールコーチというセカンドキャリアを用意したのかもしれません。
メジャーにはメンタルコーチというポジションがあり、心身の安定や、目標設定などを選手と一緒に行なう役割を担っています。現在、日本でもメンタルコーチの導入は進んでいますが、ベンチの中から選手を引っ張っていく声出しも、それと同じくらいの効果がありそうですね。
お笑いタレントの松村邦洋さんは「挨拶にスランプなし」という名言を残していますが、野球選手も打撃ピッチングには波があっても、声出しにはなさそうですよね。声でチームを引っ張る選手は、誰かに「声を出せ」と言われたわけではないと思います。大下選手も飛雄馬選手も、選手たちを鼓舞する役割を自ら担っていたんでしょう。
ちなみに、声出しが契約更改の際に評価された例もあります。契約更改の場で「声出し料」を求めたのは、元オリックスの下山真二選手。2005年シーズン、下山選手は出場機会に恵まれなかったものの、ポリープができるほど声出しを頑張ったことが認められて年俸がアップしました。
チームが勝てなくても、試合に出られなくても、自分の存在感を示す。それもプロとして生き残る道のひとつなんですね。
シビアなプロの世界、自分をアピールする方法はいろいろあるということ。みなさんも球場に足を運んだ際には、ベンチの様子にも注目してみてください。それではまた。
★山本萩子(やまもと・しゅうこ)
1996年10月2日生まれ、神奈川県出身。フリーキャスター。野球好き一家に育ち、気がつけば野球フリークに。
2019年より『ワースポ×MLB』(NHK BS1)のキャスターを務める。愛猫の名前はバレンティン