ア・リーグ東地区で首位争いをするボルチモア・オリオールズへの電撃トレードが実現した藤浪晋太郎。アスレチックスでリリーフに転向し、目覚ましい投球を継続してきた彼はいかにして「覚醒」したのか?
■平均球速100マイル超! 覚醒で実った電撃移籍
ア・リーグ西地区どころか、30球団で最下位だったアスレチックスから、優勝も狙えるア・リーグ東地区1位のオリオールズへ――。なんとも高低差の大きい移籍劇に驚いた人も多かったはずだ。
そんな電撃トレードが実現したのは、開幕直後の不調を脱した、直近1ヵ月の好成績によるもの。6月20日以降は約1ヵ月間も無四球を継続し、平均球速は100マイル(約160.9キロ)超と支配的なリリーバーとして覚醒した。
この覚醒について、「メジャー挑戦は成功する」と太鼓判を押していたのが野球評論家のお股ニキ氏。もともと藤浪のファンで、素質を高く評価していた同氏は3年近く前から連絡を取り合い、渡米前にも本人から直接指導を請われ、継続的に意見交換を行なう関係性だ。
「わずか数ヵ月で本当にいろいろなことがありました。そもそもメジャー初挑戦で、ストライクゾーンも打者傾向も野球文化も変わるのだから、慣れるまでに時間がかかるもの。それなのに理不尽なほど世間から叩かれながらも、ついに覚醒して評価を勝ち取る。これほど濃密な時間を送れるのは、藤浪のスター性とポテンシャルがあればこそです」
では、その覚醒の背景をお股ニキ氏に教えていただこう。まずは覚醒前後の成績面を改めて整理したい。4月の先発時には防御率14点台で、日本メディアの取り上げ方も辛辣(しんらつ)なものが多かった。だが、その見方は真実をとらえていない、とお股ニキ氏は指摘する。
「初登板も2回までは完璧でした。今はその投球を中継ぎの1イニング限定でやっている状態です。藤浪本人は出力を上げすぎてケガすることを心配していましたが、吹っ切れたのか投げ方がよくなりました。本人が先発希望なのは重々承知していますが、中継ぎの適性も高いです」
中継ぎとしてアジャストするためのきっかけはなんだったのか? お股ニキ氏はそのポイントとして、5月末以降の変更点を挙げてくれた。
「当初はノーワインドアップで投げていましたが、セットになると乱れる傾向がありました。 リリーフということもあり、常時セットポジションにして、やや二段モーション気味に変更。これにより、走者の有無に関係なく投球内容が安定しました」
下半身をしっかり沈めてから投げるのが特徴的な投球フォームだ。
「そもそも藤浪は『ここ5年ほどタイミングが合わない』と言っていました。それが合い出したというか、合う投げ方がわかったというか。投球動作は上半身と下半身の連動が不可欠ですが、5月末以降の新しい投げ方はタイミングや角度も含め、うまく噛み合いました」
新セットポジション導入が5月27日のアストロズ戦。その結果として、6月以降の投球が安定したのだ。それを裏づけるように、アスレチックスの投手コーチが「藤浪が覚醒した試合」としてメディアに答えたのが6月2日の試合と、きれいに合致する。
「6月2日のマーリンズ戦は、自身初のオープナー(本来リリーフの投手が短いイニング限定で先発を務めること)として登板。先制2ランを浴びはしましたが、この試合あたりから球速が上がりだした印象です。シーズン当初はおっかなびっくり投げていたストレートも、『100マイル超で投げれば大丈夫だ』と自信が持てた試合だと思います」
この100マイル超のストレートで存在感を示した試合が、5勝目を挙げた7月4日のタイガース戦。同点の9回に登板して3者連続三振を奪い、最速102.1マイル(約164.3キロ)を計測。元三冠王で通算3000本安打のミゲル・カブレラも3球三振に仕留めた。
「この日、メジャー全体の球速ランキングで藤浪がトップ5を独占しました。まるで全盛期のチャップマンのような現象です。日本人が球速でメジャー1位に立った。これほどのポテンシャルを持っているのが藤浪なんです」
■スイーパーも超進化! 制球安定の要因は?
新投球フォームで導かれた、ストレートへの自信。だが、今の藤浪を語るには変化球の存在も外すわけにはいかない。
「渡米直前のオフに練習したのはツーシームとスイーパーで、それだけでなく全球種の質を上げる取り組みをしました。6月頃から球種配分も変更があり、この時期から縦のスライダーを投げるのはやめて、フォーシーム中心にカッター、スプリット、スイーパーのシンプルな構成になりました」
スイーパーといえば、大谷翔平のウイニングショットとして今季話題になったボールだが、実は藤浪もスイーパーを習得し、鍛錬していた。しかもシーズン中に改良が施されていたというのだ。
「5月末以降、スイーパーの球速は1マイル下がって83マイル(約133.5キロ)ほどに。一方で横変化は3㎝大きくなって27㎝になり、逆に縦変化は3㎝小さくなって6.24㎝に。この2~3㎝の変化量が投球内容に大きな変化を生むことになるんです」
また、投球分布図で見ても、開幕当初よりも各球種のバラツキが減り、きれいに投げ分けられるように改善されていることがわかるという。
「藤浪は、本人も認めるように不器用なタイプ。数多く投げ込んで練習して感覚をつかんでいくタイプなので、中継ぎで実戦登板が増えたこともプラスに働いたと思います。5月末頃には『もう少しの噛み合わせで抑えられるようになると思う』と私も藤浪も言っていて、本当にそのとおりになってうれしいですね」
では、開幕当初の四球乱発から一転、「12試合連続無四球」へと変貌した要因はなんなのか? この点を尋ねると、お股ニキ氏は「そもそも四球をマイナスにとらえすぎている」と指摘する。
「四球を毛嫌いする人の多くは野手出身で、投手心理を理解していない。『四球を出すな』と言うとよけいに出るし、真ん中に置きにいってしまうと、かえって打たれます。
藤浪も最初の2ヵ月、コントロールを気にするあまり、落ちないフォークを投げて逆に打たれたこともありました。逆説的ですが、相手打者にボール球に手を出させないと四球は減りません。ただストライクゾーンの枠内に投げればいいという問題でもないんです」
そんな藤浪にとってプラスに働いたのは、捕手がストライクゾーンの真ん中にアバウトに構えるようになった、という変更点があったことだ。
「これは統計的にも証明されているようですが、投手のボールは狙ったところから20㎝ずつくらい左右上下にブレるのが普通です。藤浪のように球威も変化量もある投手の場合、ヘタにストライクゾーンの四隅を狙うよりも、アバウトに真ん中を狙ったほうがストライクゾーン内に程よく散り、自然といいコースにいくものなんです」
これら数々の変更点によって、開幕当初14点台だった防御率も、6月、7月は平均4点台に落ち着いてきた。ちなみに昨年、藤浪の成績について、お股ニキ氏は「メジャーで中継ぎなら3~4点台」と語っていた。ズバリ、的中である。
■優勝&来季契約へ! カギは"7回の男"
さて、藤浪が移籍したオリオールズとはどんな球団なのか? 地区優勝は9年前、ワイルドカードでのプレーオフ進出も7年前と、ここ10年余りは低迷続きだが、今季は地区首位を走る好調ぶりだ。
「データ分析による投手力改善に定評がある元アストロズのフロント出身者が、ヘッドハンティングで移籍してきたのが4年前。彼らの"目利き"にかなった選手が結果を出し始めて強くなってきた球団です」
つまり、藤浪もその"目利き"に認められたということだ。その新天地で、藤浪はどんな役回りになるのか?
「オリオールズには、100マイルの剛球とスプリットで三振を奪いまくるバティスタというクローザーがいて、8回に投げるカノもいい投手です。ただ、このふたりにつなぐ前に打たれてしまうケースも多い。そこで藤浪が"7回の男"に定着できれば地区優勝も見えてくるし、自身の来季契約にもつながってきます」
また、若き正捕手ラッチマンも、今の藤浪にはくみしやすい相棒になるという。
「ラッチマンは本当に優秀で、昨年デビューして以降、オリオールズは一度もスイープされていない、というデータがあるほど。バッティングもフレーミングもよく、キャプテンシーもあって頭もいい。今後、メジャーを代表する捕手になると期待されているだけに、藤浪にとっても頼もしい存在になるはずです」
そんな環境で、どんな成績を期待できそうか?
「今後20試合20イニング以上を投げて、30奪三振&防御率2点台は期待したい数字です。何よりも、紆余(うよ)曲折がありながらもポテンシャルに見合う舞台に立つことができた。藤浪という男の物語は起伏に富んで面白いです。優勝を狙うチームで、その実力を認められてほしい」
もしオリオールズがワールドシリーズを制覇すれば、なんと40年ぶりの大快挙。その栄光の歩みに藤浪がどれだけ貢献できるのか。今年のポストシーズンは痛快な物語が楽しめるかもしれない。