無保証の契約からNBAの舞台で這い上がってきた渡邊雄太も、一定の達成感を感じていたのだろう。7月9日、リモート会見で見せた表情は晴れやかだった。
「来季からフェニックス・サンズの一員として活動することになりました。来季に関しても楽しみにしていますし、(日本代表の一員として出場する)W杯も精神的に万全の状態で臨めるかなと思っているので、無事に契約が決まってよかったです。これから新しい挑戦が始まるので、頑張っていかなければいけないという思いです」
渡邊とサンズの契約が合意した、と伝えられたのは6月30日(日本時間7月1日)。今季のフリーエージェント(FA)選手の交渉が解禁された直後だった。
米メディアによって報じられた契約内容は、2年500万ドル(約7億2000万円/2年目は契約を継続するかFAになるかを渡邊自身が選択できる「プレーヤーオプション」付き)と必ずしも高額ではない条件だったが、この早期決着は渡邊がロールプレーヤー(補助的な役割を果たす選手)としては異例の〝人気商品〟になっていたことを物語る。
「うれしいことに、本当にたくさんのチームから話をいただきましたが、その中でもサンズ側に熱量があったのと、昨季一緒にプレーしたKD(ケビン・デュラント)がいたこともあって、決断自体にはそれほど時間はかかりませんでした。サンズは行きたいチームのひとつだったので、ありがたい気持ちでいっぱいです」
実際に渡邊には、10チーム以上から声がかかる争奪戦が起こっていたという。
昨季、ブルックリン・ネッツでプレーした渡邊はプレータイム、得点などで自己最高を記録し、NBA5年目にしてベストのシーズンを過ごした。
特に3ポイントシュート(3P)は、シーズン中に一時は成功率でリーグのトップに立ったほどで、最終的にも3P成功率44%という高い数字を残した。おかげで、シーズン前半はデュラント、カイリー・アービングといったスーパースターからも信頼を勝ち取った。
デュラントらが放出されたシーズン後半、同ポジションの選手が激増したこともあって、渡邊のプレー機会は激減した。
それでも、その貢献度は多くのチームの目に留まったのだろう。渡邊自身も「ブルックリンでの時間は自分のキャリアを左右した1年だったと思っています」と振り返ったが、確かにネッツでの働きによって渡邊のNBAキャリアは変わったのだ。
バスケットボールファンならご存じのとおり、サンズは2004年、田臥勇太が日本人初のNBA選手としてデビューしたチームである。以降もサンズは日本人選手に興味を示しており、1年前にも渡邊との契約を目指して動いていた。そんな経緯から、渡邊獲得の本命に挙げられていたチームだった。
チーム上層部の熱意に加え、今のサンズには前述どおり、ネッツで一緒にプレーしたデュラントが属していたのも大きかっただろう。
「(デュラントから)連絡があったことで、僕も(自身の新契約が)ニュースになっていることを知った感じです。彼は『また雄太と一緒にプレーできるのがすごく楽しみだ』と言ってくれました。本当にありがたいと思っています。僕自身も去年、KDとプレーしてすごく楽しかったので、また同じように楽しい時間を過ごせたらと思っています」
オールスター選出13度、ファイナルMVP2度、得点王4度という輝かしい実績を残してきたデュラントは、実は学生時代から渡邊の憧れの選手だった。そのスーパースターと昨季にチームメイトになり、ふたりの間にはケミストリーが生まれた。
生粋のスコアラーであるデュラント、ハッスルプレーが得意な渡邊のプレースタイルは最高にハマっていただけに、デュラントの「また一緒にプレーできるのが楽しみ」という言葉はお世辞ではなかったはずだ。
サンズでの渡邊の役割は、デュラントをはじめとする主力たちのサポート役。一昨年にファイナルにも進んだサンズは、今オフにトレードで、ワシントン・ウィザーズからブラッドリー・ビールを獲得。デュラント、デビン・ブッカー、ビールという新たなビッグ3を形成し、来季は本気で優勝を狙う。
スーパースターたちとの相性の良さが指摘されてきた渡邊には、やりがいのある職場だろう。ハッスルプレーとディフェンス、昨季に大きく成長した3Pでどれだけチームを助けられるかが見どころになる。
「チームとしては優勝だけを狙ってやっていく。その分、大変なこともいろいろあると思います。
ただ、NBAに入ったときはツーウェイ契約(基本はマイナーリーグ所属で、NBAにも日数限定で出場できる契約)で、『本契約を結ぶ』ことと『優勝』が大きな目標だったので、そのチャンスがあるチームにいられるのはすごくありがたいですね。ただそこにいるだけではなくて、戦力として優勝に貢献できるようになりたいです」
カレッジ時代から常に勝利にこだわってきた渡邊は、ついにNBAで優勝が狙えるチームに属したことになる。〝パワーハウス〟と呼ばれるべきスター軍団の中で、どれだけ自身の持ち味を発揮できるのか。長いシーズンを戦う中で、自らの役割を確固たるものにできるのかが試されることになる。
同じウェスタンカンファレンス西地区で、やはり優勝を狙う八村 塁(ロサンゼルス・レイカーズ)との絡みも楽しみだ。ドラフト外で入団し、長い長い階段を上ってきた渡邊。NBA6年目となるシーズンは、これまでで最も熱く、最もエキサイティングな1年になることは間違いない。