ドラフト注目の大阪桐蔭のエース・前田は、左手親指のケガの影響もあって本調子とはいかず。履正社との大阪大会決勝は8回3失点で、チームは完封負けを喫した ドラフト注目の大阪桐蔭のエース・前田は、左手親指のケガの影響もあって本調子とはいかず。履正社との大阪大会決勝は8回3失点で、チームは完封負けを喫した

今夏の高校野球地方大会は「波乱」が相次いだ。春の選抜高校野球大会(センバツ)を制した山梨学院、準優勝の報徳学園が地方大会で敗退。センバツの優勝校と準優勝校が2校とも夏の甲子園に出られないのは、実に15年ぶり。ほかにも智弁和歌山、明徳義塾、東邦、作新学院といった甲子園常連校が続々と敗れた。

東東京大会では帝京、関東第一、二松学舎大付、修徳と有力校がベスト4にも残れない激動の展開。そんな混乱の間隙(かんげき)を突いて、新鋭の共栄学園が甲子園初出場を決めている。

極めつきは高校野球界の大横綱・大阪桐蔭が大阪大会決勝戦で敗れたことだ。今年の大阪桐蔭はエース左腕・前田悠伍を擁して、センバツではベスト4。今夏も甲子園に出ていれば間違いなく優勝候補筆頭に挙がったはずだ。

ただし、なんでもかんでも「波乱」と評するのも早計だろう。そもそも野球はボール、バット、グラブとさまざまな道具を介するスポーツだけに、不確定要素が多い。また、夏の高校野球は一発勝負のトーナメント戦で、多少の戦力差ならひっくり返せる要因がそろっている。

さらに今夏から、地方大会でもタイブレーク制度が導入されたことも「番狂わせ」が起きやすくなった一因だろう。

タイブレークとは、延長10回表から無死一、二塁で攻撃を始める特別ルールのこと。得点が入りやすい状況が設定されることで、ある高校野球監督は「9回までの流れがリセットされ、別物の野球になってしまう」と難しさを語る。山梨学院は山梨大会準決勝でタイブレークの末、駿台甲府に7-9で敗れている。

また、強豪校の敗退が「波乱」と報じられることは、近年の甲子園出場校が固定化されている裏返しでもある。

2019年まで13大会連続で夏の甲子園に出場した福島の聖光学院に代表されるように、各地域に絶対的王者が君臨して新興勢力が台頭しづらい状況になっていた。

〝一強化〟が進めば地域内の他校のモチベーションが下がり、高校野球人気の低迷にもつながりかねない。その意味でも今夏に「波乱」が続出したことは、高校野球の活性化につながるはずだ。

一方で、ファンにとっては甲子園という大舞台で有望選手を見られない残念さもある。地方大会で敗退した有力校の中から前評判の高かった逸材を紹介しよう。

まずは、なんといっても前出の前田だ。重力に逆らうような弾力性のあるストレートと、高精度のスライダー、チェンジアップなどの変化球、高校生離れした制球力とマウンド度胸。「大阪桐蔭という名門にこんな完璧なエースがいたら反則ではないか......」と思ってしまうほどの絶対的な存在だった。

ところが、今夏は左手親指の皮がめくれた影響もあって、登板機会はわずか2試合。履正社との決勝戦では8回3失点と、本来の投球は見せられなかった。

甲子園で〝有終の美〟を飾れれば、前田の評価はさらに高まったはず。それでも、大会後に台湾で開かれるU-18ワールドカップでの代表選出は確実とみられるだけに、体調を完全に戻して前田らしい投球が見られることを祈りたい。

U-18代表でのアピールに成功すれば、今秋のドラフト会議で複数球団から1位指名を受けても不思議ではない。

享栄の東松は、愛知大会の準々決勝で愛工大名電にコールド負けという悔しい結果に。ただ、今後の伸びしろも含めてプロの評価は高い 享栄の東松は、愛知大会の準々決勝で愛工大名電にコールド負けという悔しい結果に。ただ、今後の伸びしろも含めてプロの評価は高い

前田が「柔の左腕」なら、「剛の左腕」として注目を集めたのは東松快征(享栄)だ。父・宏典さんは重量挙げの元日本チャンピオンで、自宅にバーベルなどのトレーニング器具がそろう環境に育った。厚みのある体格から放たれる剛速球は捕手のミットを「ズドッ!」と押し込み、最速152キロをマークする。

今夏は自身にとって初めて古豪復活を期す享栄にとっても28年ぶりの甲子園出場が期待されたが、愛知大会の準々決勝で愛工大名電に0-10とコールド負け。先発登板した東松は立ち上がりからつかまり、2回途中7失点でノックアウトされた。

制球面に課題を残したとはいえ、東松はまだ発展途上の素材段階。今後さらにスケールアップできれば、とてつもない剛腕になるだろう。

東松と同じく甲子園不出場組では、坂井陽翔(滝川二)も高校最後の夏に甲子園のマウンドを踏めなかった。身長186㎝の長身でボールに角度があり、最速149キロを計測する本格派右腕。多彩な変化球を操る器用さも併せ持ち、大化けが期待できる好素材だ。

今夏は兵庫大会の準決勝で、結果的に甲子園に出場することになる明石商と対戦。坂井は2失点完投と好投したものの、1-2で惜敗。聖地での登板はかなわなかったが、投手としての資質の高さはスカウト陣にアピールした。

センバツ準優勝キャッチャー、報徳学園の堀も夏は甲子園に届かず。だが、強肩強打、走力もある身体能力の高さでプロの道を開くか センバツ準優勝キャッチャー、報徳学園の堀も夏は甲子園に届かず。だが、強肩強打、走力もある身体能力の高さでプロの道を開くか

野手陣に目を移すと、今春のセンバツ準優勝に大きく貢献した堀 柊那(報徳学園)の名前がまず挙がる。

運動能力が高く、超高校級の強肩とキャッチング能力を武器にする好捕手。プレーからよけいな力みが感じられず、プロテクター姿が絵になる。センバツ準決勝では、大阪桐蔭を相手に好リードで勝利に貢献した。

今夏は5回戦で神戸国際大付と対戦し、2-3で敗退。不振だった打撃面に復調の気配があっただけに無念さも募った。プロでは攻守に存在感を見せられるか。

投打二刀流で話題になった武田陸玖(山形中央)は、山形大会決勝戦まで進出したものの日大山形に4-6で敗退。投手としては最速147キロの切れ味鋭いボールを武器とし、野手としては抜群の身体能力を生かした走攻守で魅(み)せる。

投打共にスカウト陣から高く評価されているものの、どちらかといえば野手としてのポテンシャルを買う声が大きい。二刀流にこだわりを持つ武田が今後どんな道を歩むのか、興味は尽きない。

一流アスリートを目指す彼らにとって、高校野球は人生の通過点である。悔しさをバネに、いつか大輪の花を咲かせる日が訪れるだろう。