7月に静岡で行なわれた強化試合後、観客席に向かって手を振る富樫勇樹(右)ら日本代表。さまざまな選手を起用しながらW杯に向けてチーム力を高めている 7月に静岡で行なわれた強化試合後、観客席に向かって手を振る富樫勇樹(右)ら日本代表。さまざまな選手を起用しながらW杯に向けてチーム力を高めている

日本、フィリピン、インドネシアの3ヵ国で共催されるバスケW杯。沖縄で強豪国を相手に「1勝」を目指す日本代表は、出場を辞退した八村塁を欠く中でどう戦うのか?

■予選の3試合で最も重要なのは?

バスケットボール世界一を決めるW杯が8月25日に開幕する。日本代表は2大会連続での出場となるが、前回は全敗。一昨年の東京五輪でも1勝もできず、世界の壁の高さを感じてきた。沖縄でも開催される今大会は、まず白星をひとつ挙げること、そしてアジア勢で1位となり、来年のパリ五輪への切符を獲得することが最大の目標になる。

W杯の予選ラウンドで日本(世界ランキング36位)は、ドイツ(同11位)、フィンランド(同24位)、オーストラリア(同3位)と、「死の組」とも呼ばれる強国ぞろいのグループに入ってしまった。

ドイツはデニス・シュルーダー(トロント・ラプターズ)、フィンランドはラウリ・マルカネン(ユタ・ジャズ)、オーストラリアはジョシュ・ギディー(オクラホマシティ・サンダー)といったNBAのスター選手たちを抱え、サイズも国際的な経験値も日本をはるかに上回っている。

日本が準備段階で注力しているのが、初戦で対戦するドイツに勝つことだ。ここで勝利すれば当然、勢いがつき、次のラウンドに進む道も見えてくる。

ドイツは複数のNBA選手を擁(よう)するが、シュルーダーがほかのNBA選手のことを「代表活動に十分コミットしていない」と批判し、その選手が代表を辞退するなど、チーム内のまとまりを欠いている可能性がある。

順当にいけばドイツが依然として有利ではあるものの、大会初戦はどのチームにとっても難しいもの。日本とすれば、3ヵ国の中で最も実力が落ちるフィンランドよりも、ドイツと初戦で当たるのはむしろいいことではないか。

日本のトム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)も「日本にとって大きい。ああいったこと(ドイツのチーム内トラブル)を見ていると、チームのケミストリー(空気)に何かしらの影響があるかもしれない」と語っている。

日本は、この3ヵ国と過去に対戦経験があり、ドイツとオーストラリアには勝利を収めたこともある。ドイツ戦は親善試合ではあったが、それでも勝利という体験があることは悪いことではない。

■八村の穴を埋めるための戦術や選手

一方で今回の日本は、前回のW杯や東京五輪とはまったく異なるスタイルと陣容で臨む。特に、八村塁(ロサンゼルス・レイカーズ)が出場を辞退し、ナンバーワンの実力者が不在である穴をどう埋めながら戦うかが成否を分ける。

ホーバスHCは「全員がステップアップしなければならない」と話す一方で、戦術的に手を打っている。当初、スモールフォワードで起用予定だった渡邊雄太(フェニックス・サンズ)を、ポジションを上げてパワーフォワードに移して対処する。

渡邊は上背はあるものの、昨季のNBAで44.4%と非常に高い3P成功率を記録するなど、アウトサイドの技量に磨きがかかっている。ホーバスHCは、コートに立つ5人全員が3Pラインの外にポジションを取りつつ、アップテンポで3Pシュートを多用するという、世界でも独特のスタイルを用いている。

渡邊も外からプレーを始めることが多くなったが、八村に代わってインサイドに切れ込んだり、相手を引きつけて味方をノーマークにしたりという役割を担うことになる。

また、167㎝の富樫勇樹(千葉ジェッツ)と172㎝の河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ)という、世界的に前例がないほどの小柄なガードのコンビが、抜群のスピードを生かしてどれだけ活躍できるかも勝敗を左右する。とりわけ、「ディファレンスメーカー(勝負を決めるプレーをする者)」となりうるのが河村だ。

富樫と共にチームの司令塔を担う河村勇輝(左)は、米ネブラスカ大で活躍する富永啓生(右)らと同様に得点源としても期待される 富樫と共にチームの司令塔を担う河村勇輝(左)は、米ネブラスカ大で活躍する富永啓生(右)らと同様に得点源としても期待される

河村は、高校時代からアシストパスの能力が卓越していることで知られていた。しかし昨夏、日本代表に招集されてホーバスHCから「得点への意識の変化」を促されると、積極的にゴールへ切り込む、あるいは3Pを打つようになり、Bリーグでは30点以上取る試合も多くなるなど脅威が倍増。

昨季は所属チームをプレーオフに導き、リーグMVPを獲得するなど急激な成長曲線を描いており、22歳ながら日本バスケットボール界の顏のひとりになっている。

オフェンスもそうだが、河村は体の強さからくる"粘り腰"のしつこいディフェンスも強力で、NBAの2m級の選手相手にも効果的かもしれない。自分たちの攻撃回数を増やしながら、相手の攻撃をできるだけ減らしたい日本としては、彼の守備もかなり重要だ。

すでに触れたが、5人全員が3Pラインの外側にポジションを取り、そこから攻撃を展開する戦術を「ファイブアウト」と呼ぶ。これを行なうことで日本は選手間のスペースを広く取ることができ、その中でドリブルによるゴールへのアタックや、味方を盾にしてノーマークの選手をつくり、得点の確率を上げることを目的としている。

今年2月に日本国籍を取得した208㎝のジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷)も、八村が抜けたことによる高さ、得点力を補う選手のひとりで、3Pも高い成功率を残している 今年2月に日本国籍を取得した208㎝のジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷)も、八村が抜けたことによる高さ、得点力を補う選手のひとりで、3Pも高い成功率を残している

これを十全に機能させるためには、選手たちの瞬時の判断力が重要となってくる。ただ、代表活動を重ねてきたことで、彼らは頭で考えずとも体が反応するようになってきており、ホーバスHCも「最初はみんな、どう動けばいいかわかっていませんでした。

ですが、もはや中核メンバーは、われわれのスタイルのバスケを眠っていてもできるようになっています」と語っている。河村ら選手たちも、このスタイルが機能すると、5人が「ひとつの生き物のように見える」と表現している。

緊張と興奮のW杯が迫る。日の丸への思いが強い渡邊は、今回も日本が勝てない大会となった場合、代表から引退する覚悟があることを示唆している。主将の富樫も「出ることに必死だった」前回のW杯や東京五輪と違い、手ぶらで終わるわけにはいかないと強調する。

「前回のW杯などの経験もあるのでチームとして自信もありますが、もはや『いい経験になった』では済まされない。いい結果を残すことに集中していきたいです」