レジェンドOB・田中選手が語る勝利のカギレジェンドOB・田中選手が語る勝利のカギ

前々回(予選プールで3勝)、前回(地元開催で初のベスト8進出)と、過去2大会でいずれも世界を驚かせたわれらがジャパン。果たして、今回は......。直近3度のW杯に出場したレジェンドOB、田中史朗選手(NECグリーンロケッツ東葛)に勝利のカギを聞いた。

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■強化試合で目についたミスの理由とは?

ラグビーW杯フランス大会が9月9日(日本時間)に開幕する。

日本代表(世界ランキング14位。8月28日付、以下同)は前々回、前回と過去2大会共に世界を驚かせた。今回も期待したいところだが、直近のテストマッチでは振るわない結果が続いている。

7月頭から国内で行なわれた強化試合では、ニュージーランド代表の2軍「オールブラックスXV」に連敗すると、トンガ(15位)にこそ勝ったものの、フィジー(7位)、サモア(12位)には退場者を出すなどして敗戦。8月27日の事前合宿地でのイタリア(13位)との最終調整試合でも終盤に突き放され、21-42と大敗した。

テストマッチは「あくまでテスト」との考え方もあるが、前回まで3大会連続でW杯に出場してきた日本代表のレジェンドOB、田中史朗選手はどう見ているのか?

――テストマッチで結果が出ず、心配する声も出ています。

「コミュニケーション不足のせいか、ミスが目立ちました。気になったのは試合中、(選手が)すごく静かだったこと。どうしても自分と同じポジションのスクラムハーフ(9番)の選手に目が行ってしまうのですが、齋藤直人にしても、流大にしても、声が出ていなかった気がします。

いつもなら彼らがキツめのことを言いながらFWを無理やり動かしたりしているのに、声が出ていないことで(チーム全体の)能力を生かし切れていなかったというか。

僕なんかは足も遅いし体力もない。その代わり声だけはずっと出していました。だからこそ、皆もやるべきことを理解してくれたんだと思っています。

本番までもう時間はあまりありません。ただ、声を出して気持ちを切り替えるだけですから、そこはすぐに修正できると思います」

――予選プールではチリ(22位)、イングランド(8位)、サモア、アルゼンチン(6位)と順に戦います。あらためて印象は?

「イングランドは昨年末に(15年W杯で日本代表を率いた)エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)が解任されるなど調子を落としている時期もありましたが、W杯が近づく中、状態を戻しつつあります。

アルゼンチンも近年は力をつけていて、個々の能力も高い。チリとサモアには簡単に勝てると思われているかもしれません。ただ、7月の札幌でのサモア戦はリーチ(マイケル)の退場もあって敗れましたが、そもそもサモアはベストメンバーではなかった。

W杯はどのチームも目の色を変えて臨んできます。サモアはもちろん、チリにも油断すれば痛い目に遭うかもしれません」

――準々決勝進出には少なくとも3勝が必要になる?

「3勝はマストです。チリとサモアに勝った上で、イングランドとアルゼンチンのどちらかにも勝つ必要がある。ただ、15年W杯では、日本は3勝してもダメだったんですけどね......」

ラグビーW杯の予選プールは1回戦総当たりで行なわれ、上位2チームが決勝トーナメントに進出する。サッカーなどと違い、勝ち点は「勝ち=4、引き分け=2、負け=0」で計算。また、条件を満たすことで得られる「ボーナスポイント」も存在する。

4トライ以上の獲得で、勝敗に関係なく勝ち点1、敗れても7点差以内であれば勝ち点1というもので、つまり、勝利で最大勝ち点5、敗れても展開次第で最大で勝ち点2を得られる。

――確かに、15年W杯では3勝(1敗)を挙げたのにプールを突破できませんでした。

「当時はボーナスポイントまで考える余裕がなく、スコットランドに大敗したことが響きました。勝ち上がるにはいろんな計算をする必要がありますし、今回も初戦のチリ戦ではできればボーナスポイントも取りたいです」

――15年は初戦の南アフリカ戦の大金星後に祝杯を挙げた選手もいて、それが続くスコットランド戦の敗戦につながったのかもしれないという話もされていましたね。

「後半ボロボロでしたからね(苦笑)。もし(飲むのを)止めていたらスコットランドにも勝てたかもしれないし、止められなかった自分が悪いんですけど......。

その教訓もあって19年は勝っても飲まないようにとチームで徹底していましたし、そういう経験があるからこそ、今はもう飲んでいる選手はいないんじゃないですか。飲んだとしても、たぶん体をリラックスさせる程度。僕もお酒は大好きですが、19年は大会中一滴も飲まなかったですからね」

――振り返れば、8強入りした前回大会も直前までチーム状況は心配されていました。

「15年も19年も、大会前はチームの調子が悪くて......。15年は大会直前のテストマッチでジョージアに最後の最後にモールからトライを取って逆転勝ちして、ようやくチームがひとつにまとまりました。19年なんて大会初戦のロシア戦も微妙でしたからね」

――ロシア戦は立ち上がりにミスがあって先制を許した中での逆転勝ちでした。

「苦しみながらもそこでボーナスポイントを取れたのが大きかった。それで、第2戦が当時世界ランキング2位のアイルランド戦で、その試合前のミーティングでジェイミーHCの『誰も俺たちが勝つと思ってない。だから俺たちでハリケーンを起こそう』みたいな言葉があって、チームが一気に結束し、勝てました。チームはふとした瞬間に変わるもの。だから、今回も切り替えさえできれば大丈夫」

■個々の能力は4年前より確実に上

――格上のイングランドやアルゼンチンから勝利を奪うには、どんなことが必要?

「(W杯登録メンバー)33人全員のハードワークは絶対です。ひとりでもサボる選手がいればアウト。前日本代表HCのエディーは以前こんなことを言っていました。

『日本はしんどいことをしないと勝てない。でも、逆に日本ほどしんどいことをできるチームはほかにない』。相手がしんどいときに最後まで頑張ってこそ、日本にチャンスが生まれると思います」

――躍進のカギを握っている選手を挙げるとすれば?

「やっぱりリーチですね。主将を姫野(和樹)に譲ったことでプレッシャーから解放され、生き生きしているように見えます。ここ数年はケガもあって、一時は本人も『もう引退かも』と言っていたのですが、結局アタックでもディフェンスでも一番のキープレーヤーは彼だと思います」

ラグビーの代表選手は、居住年数など一定の条件を満たせば、国籍と異なる国の代表としてプレーできる。多様なルーツを持つ選手たちが、日本代表としてプレーするのもラグビーの魅力のひとつだ。

――過去のW杯では、外国籍の選手が『君が代』を一生懸命練習しているということも話題になりました。

「19年大会では全員が歌っていました。リーチがひとりひとりに丁寧に歌詞の意味を教えたりして。『君が代』を歌うことで少しでも国を背負う意味を感じられるような気がしますし、それがつらいときの頑張りや粘りにつながるというか。

ただ、最近はそこまで徹底されていないのかも......。強化試合では、外国籍選手だけではないですが、歌えていない選手がいたのは気になってしまいました」

――最後にあらためて日本代表へのエールをお願いします。

「シンプルにチームとしてひとつにまとまってほしい。個々の能力は4年前より確実に上がっていますし、経験値もある。それなのに、まとまらないだけで負けるほどつらいことはないじゃないですか。

僕だってできれば出場したい。でも、出場できない。そういう選手や関係者、家族のためにもしっかり結果を求めて頑張ってほしいと思います」

●田中史朗(たなか・ふみあき) 
1985年生まれ、京都府出身。伏見工高、京産大を経て、2007年に三洋電機(現埼玉パナソニックワイルドナイツ)へ。08年に日本代表入り。13年に日本人で初めてスーパーラグビーに参戦し、ハイランダーズ(ニュージーランド)で4シーズンにわたってプレー。W杯は11年、15年、19年と3大会連続出場。現在はNECグリーンロケッツ東葛所属。日本代表75キャップ。ポジションはスクラムハーフ。166㎝、75㎏