人生とは勝負の連続です。しかし、最後まで勝ち続ける人はほんのひと握り。では、負けたらそこで終わりかといえば、人生はどこまでも続いていきます。そうなると、どうやって負けるかが重要なんだと思います。負けたことが糧になるかどうか、その人の人生を大きく左右することでしょう。
ということで、今回は野球の「敗戦処理」についての話題をお届けしたいと思います。
去る8月25日の中日対DeNA戦。中日が2-8のビハインドで迎えた9回表、投入された近藤廉投手がDeNA打線に打ち込まれ、まさかの1イニング10失点を喫します。1回で費やした62球はプロ野球歴代2位の記録。肩を落として息も絶え絶えになっていても、がんとして交代させなかった立浪和義監督の采配には疑問の声も上がりました。
育成出身3年目の近藤投手は、昨年は故障によりほとんど実践経験がなかったため、実に2年ぶりの1軍のマウンドでした。しかし、連打を浴び続け失点を重ねるうち、次第に敵チームのファンからも「頑張れ」の声がかかるように。
敗色濃厚な試合で、「主戦級の投手を注ぎ込みたくない」というチーム事情もわからなくはないですし、「ここを抑えてほしい」という近藤選手に対する首脳陣の期待もあったのでしょうが......さすがに見ているほうも心が痛くなりました。
負けている展開とはいえ、最後をきっちり締めれば次につながるわけですから、近藤投手もここに賭けた特別な思いがあったことでしょう。でも、このような結果になってしまったことは、とてもショックだったろうと想像します。近藤選手は翌日に2軍落ちが発表されました。
この出来事から約一週間後の9月2日の巨人対DeNA戦。4―12と巨人が8点ビハインドで迎えた8回裏に、北村拓己内野手が8番手の投手として登板しました。
メジャーリーグではよくあるものの、日本では野手が登板することは珍しく、2020年8月7日の巨人対阪神戦で、同じく巨人の増田大輝内野手が登板して以来、3年ぶりのことでした。
報道によれば、北村投手は残り投手陣が少ないのを察して、自ら登板を志願したとか。プロになってからはもちろん、高校の大半を内野手として過ごした北村選手が、投手としてプロのマウンドに立つことはどれだけ勇気が必要だったことでしょう。
北村選手はソロホームランを浴びたものの、1回を1失点で見事に投げきり、満員の観客、ベンチの選手やコーチも大きな拍手を送りました。原辰徳監督のベテランらしい柔軟さが表れたシーンだと思いました。
この試合の直後にSNSで見られたのが、「対戦相手に失礼だ」という意見。前回の連載でも書きましたが、最後まで手を抜かないのが日本的"美学"なのでしょう。
でも、チームの最大の目的は、ペナントレースを勝ち抜くことです。目の前の1勝を捨てても、限りある選手を守ることのほうが大事な場合もあります。大リーグでは野手を緊急登板させることは、決して相手に対して失礼な振る舞いとはとられません。それは(最終的な)勝利を目指す上で、非常に合理的な考えだと理解しているからです。
そして、意外とファンも温かい目で見守っています。年間を通してなかなか見られるシーンではありませんから、「珍しいものが見られた」と満足できるオマケも。
負けている時に出てくる投手を「敗戦処理」と呼ぶこともありますが、実はもうひとつタイプがあります。それが僅差のビハインドで出てくる投手です。
元ヤクルトの松岡健一投手などは、まさにそんな投手でした。
先発は7回を3失点で抑えるのが仕事だとしたら、彼らの最高の目的は、1点も追加点を与えないこと。2015年に優勝した時は、ロマン、オンドルセク、バーネットという勝利の方程式があったわけですが、その陰には"マツケン"がいたんです。
僅差のビハインドの状態で出てきて、いい投球をして、逆転につなげる。必勝パターンだけでなく、そうやって拾った勝ち星があったから優勝できたのでしょう。ダメ押しをされなければ、最後までファンの応援も盛り上がります。後ろで出てきた投手が頑張ることで、たとえ負け試合でもファンは前を向いて家路につくことができるんです。
夏の甲子園の決勝で慶應に負けた仙台育英監督の名言ではありませんが、「人生は敗者復活戦だ」と私も思います。
今回はとても残念な結果に終わってしまったかもしれませんが、近藤選手の次回登板時には、大きな声で声援を送りたいと思います。
★山本萩子(やまもと・しゅうこ)
1996年10月2日生まれ、神奈川県出身。フリーキャスター。野球好き一家に育ち、気がつけば野球フリークに。
2019年より『ワースポ×MLB』(NHK BS1)のキャスターを務める。愛猫の名前はバレンティン