「予言が的中する」「苦言が的確すぎる」と、解説者から現場への復帰を熱望されていた"元優勝監督"は、1年目から期待どおりの、いや期待以上の采配を見せてくれた。
名将・岡田彰布の何がどうスゴかったのか、監督・コーチ経験者や、現場で取材するマスコミ関係者にたっぷり聞いて10項目にまとめてみました!!
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開幕から好調をキープし、5月中旬には首位奪取。6月、7月にそれぞれ一瞬だけ2位に転落するも、その後はまさに独走! 8月は18勝7敗、そして最後は怒涛(どとう)の11連勝で優勝決定と、歴史的な強さでリーグ優勝を決めた阪神タイガース。
猛虎復活の立役者は、誰がどう見ても15年ぶりに復帰した岡田彰布(おかだ・あきのぶ)監督だろう。念願の〝アレ=優勝〟を果たしたベテラン指揮官の何がどうスゴかったのか?
■スゴ一 いきなり決めた! 代打の「神采配」
「この人についていけば優勝できる」
ファンも選手もそう実感したのが4月2日、開幕カード3戦目の対DeNA戦。2点差に詰め寄られ、4-2で迎えた8回裏の攻撃をスポーツ紙阪神担当記者が振り返る。
「打席に入ったのは、3番・ノイジーの守備固めでレフトに入っていた島田海吏。ところが、初球を見送って1ストライクとなった直後、ベンチから岡田監督が出て代打・原口文仁を告げたんです」
そして、その原口が2球目(原口にとっては初球)のストレートを叩いてレフトスタンドへ一直線。このダメ押し点が効いて、阪神は開幕3連勝を飾りました」
打席途中での代打など、通常はケガなどのアクシデントがない限り考えにくい。しかし、岡田監督はこのドンピシャ策について「島田が初球を見逃したとき、こりゃ原口のほうがタイミング合うなと思ったんよ。原口は速い球得意やからね」と振り返ったのだという。
「今の若い選手たちも、スゴい監督だと聞かされてはいたものの、何がどうスゴいのかは知りません。それが開幕3戦目で飛び出した〝神采配〟で、期待や尊敬が一気に膨らんだんです」(阪神担当記者)
■スゴ二 奇策にも必ず「根拠」がある
この采配に限らず、岡田監督の用兵の的確さは誰もが認めるところだ。
「状況が違うので安易に比べるべきではありませんが、矢野燿大前監督の采配は『打ってほしい、抑えてほしい』という思いを込めた〝願望の采配〟でした。
一方、岡田監督は完全に〝根拠の采配〟。試合後に確認のため質問しても、必ずしっかりとした答えがある。言葉にすれば当たり前のようですが、ここまで徹底した監督はなかなかいません」(阪神担当記者)
■スゴ三 大胆な作戦も迷わず決行する「勝負勘」
今季、阪神のほぼ全試合をチェックしていた〝元・神打撃コーチ〟の野球評論家・伊勢孝夫氏が言う。
「今季、チームの得点力を上げたポイントは8番に座る木浪聖也でした。ここを動かさなかったことも含め、野手であれ投手であれ、起用に逡巡(しゅんじゅん)がまったくない勝負勘の鋭さはさすがです」
伊勢氏が象徴的なシーンとして挙げるのは、優勝マジックを7に減らした9月9日の対広島戦だ。2回に迎えた1死一、三塁のチャンスで、岡田監督は打席に入った投手・大竹耕太郎の4球目にバスターを指示。バントと見せかけての強攻策は見事にハマり、レフト線への痛烈な二塁打となった。
「カウントが2ボールになったところで、広島ベンチはバントと決め込んだか、野手が前進守備を敷いた。そこで強攻策に転じた。――理屈ではそうなりますが、投手に、それもまだ序盤の2回にやらせるのは、常識的には考えられない作戦です。
しかも大竹は今季、ソフトバンクから現役ドラフトで移籍してきたばかりで、バットもろくに握ってこなかった選手。まさか強振してくるとは広島ベンチも考えていなかったのでしょう。優勝が間近ということで強気な作戦もアリな状況でしたが、それにしても大胆でした」(伊勢氏)
伊勢氏は今季の阪神を見ていて感じたことがあるという。
「試合の後半に盗塁が多い印象がありますね。概して中継ぎ投手というのは、目の前の打者を抑えたい気持ちが強く、先発より牽制(けんせい)がヘタだったり少なかったりするケースが多い。岡田監督もその傾向がわかっていて、どんどん走らせていたように思います」
■スゴ四 主力は固定するが特別扱いしない
引き続き伊勢氏の話。
「岡田監督は就任当初から、軸となる選手の守備位置をコロコロ変えるべきではないと公言し、大山悠輔は一塁、佐藤輝明は三塁から決して動かしませんでした。おかげで守備も安定し、特に佐藤輝はずいぶんうまくなったと思います。
その半面、自分勝手な態度を示せば、佐藤輝であってもバシッと2軍に落とした。このあたりは岡田監督ならではの扱い方でした」
■スゴ五 投手出身者顔負けの「繊細な続投術」
「野手出身にもかかわらず、実に細かな継投をされる監督ですね」
中日前監督で、WBCでの投手コーチ経験もある与田 剛氏はそう語る。
例えば8月1日の対中日戦。先発の西純矢は球威が落ちて代え時に見えたが、7回もマウンドに上がり投球練習を行なった。そこで中日の立浪和義監督は、左の代打・三好大倫をコール。
すると、岡田監督は待ってましたとばかりに右の西純から左の桐敷拓馬にスイッチしたのだ。得意の左対左からスタートできた桐敷は7、8回をピシャリと封じた。
「相手の攻撃を読み、代打を誘っての継投など、投手出身の監督でもなかなかできるものではありません。聞く限り、継投のほとんどを投手コーチではなく、ご自身の主導でされているとのことですが、そこにはオリックスでの監督経験(10~12年)や解説をされていた時期に学ばれたことも生かされているのではと思います」(与田氏)
■スゴ六 緊急事態にも動じない「準備」
今季は開幕時に抑えでスタートした湯浅京己が不振に終わったが、実は岡田監督は春季キャンプの時点で「(WBCの影響で)今シーズンはキツいかな」と予測していた。与田氏が言う。
「そこで湯浅の代わりを含めたブルペン陣の戦力を春季キャンプから探し、あらかじめ石井大智や島本浩也らに着目して構想を練り始めていたんです」
かくして、シーズン中であってもリリーフ陣の再編成はスムーズに進んだ。それにしても、と与田氏はこう続ける。
「優勝チームにもかかわらず、失策数はリーグワーストの79(9月19日現在。以下同)。ところが失点は387とリーグ最少でした。つまり、野手がエラーをしても投手陣が踏ん張り点を与えなかったことで、チーム全体に和を生んだのだと思うんです。
普通はミスが失点につながってチームが一気に落ち込むところで、今季の阪神はまれに見る〝逆転効果〟が生まれた。これは将たる監督がブレずに戦ってきたからこそでしょう」
■スゴ七 65歳の最年長監督だが、「記憶力」がヤバい
岡田監督と接するマスコミ関係者は緊張を強いられる。データを知らなかったり、数字が間違っていたりすると、すぐに指摘されるからだ。在阪テレビ局関係者が言う。
「評論家時代にゴルフで知人らとコースを回っているときも、野球の話が出ると、10年以上前の成績についてもよどみなくしゃべっていました。それどころか他人同士の会話でも、『違う、それは甲子園やのうて広島の試合や』とか『あれは88年やのうて87年や』なんて指摘するほどです」
■スゴ八 「野球脳」の源は趣味のアレ?
独特の勝負勘と判断の速さ、抜群の記憶力は趣味で養われたのでは、との説もある。
「岡田監督の将棋好きは球界では有名。アマ三段レベルの実力者だそうです。阪神前政権時代には、2回が終わったあたりで試合の流れを読み切り、6、7回の選手起用を考えたり、逆に早々と代打の切り札を使ったりといった伝説が残っていますが、数手先を読む力も将棋に通じるところがありそうです」(在阪テレビ局関係者)
そして、興味深いのはその棋風だ。将棋に詳しい元阪神担当記者のスポーツ紙デスクが解説する。
「将棋の指し手には、ざっくり言って〝攻め〟と〝守り〟があります。普通、守りを好む人でも攻めの一手を指されてから守りの一手を指すのですが、岡田監督の場合、攻められる前にもう守りの手を指しておく。これはアマではなかなかいない棋風です」
野球の采配も、野手出身でありながらチームのベースはあくまでも守備重視。攻撃もエンドランなど派手な作戦を多用することはなく、1、2番が出塁してクリーンナップで還すオーソドックスな得点が基本パターンだ。
ブチ切れれば、相手が審判だろうが相手監督だろうが激しいコメントを残す岡田監督。だが、こと勝負に関しては〝受けの勝負師〟なのかも。
■スゴ九 選手のこともめちゃ細かくチェック
チーム全体を見なければならないのが1軍監督だが、なんと岡田監督は「今季は2軍の試合もiPadで全部見とったよ」と言う。報告として上がってきたデータを見るのは普通だが、中継映像まで欠かさず見るという監督はそうはいない。
そしてもちろん、毎朝のスポーツ紙は全紙目を通す。自身の名前が出ていれば、小さなコラムまでしっかり読む。
「だから2軍選手たちの成績も毎日、監督の頭の中で更新されている。当然、1軍ならそれ以上です。
例えば、中野拓夢が5月に早くも昨季の四球数を上回ったとか、伊藤将司があと少しで規定投球回数に届くといった個人成績の細かい部分まで、コーチから教えられるまでもなくリアルタイムで把握しています」(前出・阪神担当記者)
そして、中野には打撃練習中にさりげなく声をかけて選球眼の向上を褒め、伊藤将は優勝後も先発で起用し、規定投球回をクリアできるようアシスト。
また、シーズン前半に中継ぎとして大車輪の活躍をした加治屋 蓮は、夏以降はファーム暮らしだったものの、「貢献者やからな」と、出番はなくても優勝直前に1軍に引き上げられた。
「そういえば、今岡真訪打撃コーチが現役時代、不振だったシーズンの終盤に1軍に呼ばれたのですが、なんとこれは誕生日に合わせての昇格でした。そして結果は見事にバースデーホームラン。ここまで細かい芸当ができる監督はほかに知りません」(阪神担当記者)
■スゴ十 実は「アレ」を誰より楽しんでいた
今季のチームスローガンでもあり、ファンやメディア、選手の間で合言葉となった「A.R.E.=アレ」。さすがに当の岡田監督本人はうんざりしていたのではないかと思いきや、どうやらそうでもないらしい。
「優勝インタビューでさえ自分から『アレはもう封印です。優勝と言いましょう』『アレの後は考えていなかった。(日本一をどう呼ぶか)皆さん、いいのがあったら教えてください』と言うなど、最後までノリノリでした(笑)。
そもそも監督就任時、自身の口グセである〝アレ〟を優勝の代名詞に使い、選手たちによけいな重圧をかけないようにと自ら発案したものですから」(前出・在阪テレビ局関係者)
そして、前回の阪神政権時代のピリピリした雰囲気とは、ベンチの空気も大きく変わったという。
「とにかく笑顔が増えた。優勝するほど勝っているのだから当然といえば当然ですが、選手がミスをしても苦笑程度だったり、昔に比べて穏やかになりましたね。
前回の阪神監督時代やオリックス監督時代は、『アレ』といえば恐怖の対象でした。『言わんでもわかるやろ!』が口グセで、『代打アレや』とか『次のピッチャーはアレ用意させとけ』とだけ言われるコーチ陣も相当苦労していた。もちろんわれわれマスコミも苦労しました(苦笑)。
ところが今季は、毎回ミーティングに出て必要なら選手個々にも助言をし、コミュニケーションを図ってきたんです。それだけ温和になったことで、『アレ』で遊ぶ余裕もできたのかもしれません(笑)」(前出・スポーツ紙デスク)
スゴいぞ、名将A.R.E.岡田!