不動のボランチとしてジュビロ磐田の黄金期を支え、2006年開催のドイツワールドカップには、日本代表の中心メンバーとして出場。日本サッカーが世界水準へと飛躍していく瞬間をピッチの中央から見つめていた福西崇史。
そんな福西崇史が、サッカーを徹底的に深掘りする連載『フカボリ・シンドローム』。サッカーはプレーを深掘りすればするほど観戦が楽しくなる!
第72回のテーマは、サッカー選手の怪我について。最近、ヴィッセル神戸の齊藤未月選手やアビスパ福岡の佐藤凌我選手が長期離脱の大怪我を負うニュースが続きました。そこで改めて選手の怪我について、自身の経験も交えて福西崇史が解説する。
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8月にヴィッセル神戸の齊藤未月選手(左膝関節脱臼、左膝複合靭帯損傷、内外側半月板損傷)、9月にはアビスパ福岡の佐藤凌我選手(左膝前十字靭帯損傷、左膝外側半月板損傷)が、試合の中で重傷を負うという痛ましいニュースが続きました。
とくに齊藤選手の左膝複合靭帯損傷というのは、今まで聞いたこともないほどの重傷です。全治は約1年の見込みとされていますが、復帰までにどれほど長い道のりかわかりません。佐藤選手にしても全治8ヶ月の大怪我です。まずは彼らの1日でも早い回復を願いつつ、今回は選手の怪我についてお話ししたいと思います。
私もプロ3年目に足首を負傷し、そこから復帰してすぐに膝の内側靱帯を損傷。膝の手術をしました。そして、足首の怪我も含めるとちゃんと復帰できるまでに半年かかるという経験をしました。キャリアで初めての大怪我です。怪我をした当初は「人生が終わってしまうかもしれない」と、そんな思いにかられていましたね。
それほどサッカー選手にとってサッカーができないというのは、かなりの焦りや不安、プレッシャーにかられるものです。私の場合は、足首の怪我から復帰してすぐにまた怪我をしたので、余計に焦りを感じましたし、メンタル的にかなり沈んでいました。
怪我をした瞬間は「やっちゃったなあ」とネガティブな思いばかりが頭の中を駆け巡るもので、そこからメンタルを切り替えることはなかなか難しいことです。まずは詳しい検査をして症状や復帰までにかかる期間などを診断されます。
手術をするのは患部の腫れがひいてからなので、その間に同じ怪我を経験した選手たちに話を聞いたり、助言をもらったり、そうすることで少しずつ心の整理がつき、ようやくメンタルも回復していきました。
そして手術が終わる頃にはメンタルは割り切れていて、復帰に向けてだいぶポジティブな状態になっていました。彼らも似たような状況だと思います。
ただ、二人がタフだなと思ったのは、怪我をしてからすぐに自身のSNSで関係者やファン・サポーターに向けてポジティブな発信をしていたことです。私の時代には当然SNSはなく、そんな発信をする感覚や発想はありませんでしたね。かなり凹んでいたし、とても人様に現状を話せるような状況ではありませんでした。
でも今の時代の選手ならではと言えますが、心配の声だけではなく、接触した相手選手への誹謗中傷が多くなってしまう中で、彼らがすぐに現状とポジティブな思いを発信するのは大事なことだと思います。それには大きな勇気や決心が必要だと思いますが、その発信をすることでたくさんのサポートする声が集まり、それが復帰まで長い道のりの支えになっていくはずです。
怪我をするのは良いことではないし、しないに越したことはないというのは大前提ですが、大怪我を経験することで彼らの今後のキャリアにとってポジティブにできる面はあります。
私は怪我をきっかけに怪我や自分の体にかなり向き合いました。それまでは若かったということもあって、怪我を意識することなんてなかったし、体のケアもあまりしていませんでした。
そこから食事の面に気をつけたり、怪我について勉強したり、日頃の疲れが体にどう影響するのか、どういうケアが必要なのかなど、コンディショニングにまつわるさまざまな知識を身につけて、アスリートとしての意識がかなり変わりました。自身のコンディションについて意識が変わり、知識がつくことで、彼らのキャリアがより伸びる可能性は大いにあります。
また、患部だけではなく、改めて自分の体の強いところ、弱いところを見つめ直す時間ができ、トレーニングの仕方や方針を考える良い機会でもあります。患部の補強をするためのフィジカルトレーニングはもちろん、今まで足りなかった柔軟性を高める人もいれば、他の箇所で足りなかった筋力を高める人もいます。
私もそれまで筋トレはしていましたが、野生児のような選手でした。でも怪我をしてからより具体的に自分に足りない箇所であったり、柔軟性であったり、体の使い方など、総合的な体の作り方を深く考えて、よりアスリート的になってフィジカルコンタクトも強くなりました。
こうしてあらゆる面から体と向き合う時間は決して無駄ではなく、長い目で見ると大きくプラスになるものだと思います。もちろん、怪我をせずにこういったことと向き合えればいいのですが、私の場合は怪我をしたことが真剣に取り組む大きなきっかけでした。
そして、なにより怪我を通して家族やスタッフ、チームメイトをはじめ選手の仲間、クラブ、サポーター、本当に多くのサポートを受けて、選手生活だけでなく、その後の人生においても大事なこと、人の大切さを学ぶ機会にもなると思います。たくさんの人が自分の復帰を待っていてくれる。これ以上の励みはありません。
リハビリが順調に進み、初めてグラウンドを歩けたときは本当に嬉しいものでした。それまで立ちたいのになかなか立てないストレスを抱えていました。やはり選手はグラウンドに立ってこそです。それまでも大事にはしていましたが、練習や試合のひとつ一つをより大事にして、より感謝できるようになりましたね。その意識も大きく変わりました。
それまでもわかっているけれど、怪我をして本当の意味で気づかされることはたくさんあります。その中で復帰までの時間をどれだけ有意義にできるかは選手次第です。それによって、復帰後のキャリアは違うものになるはずです。
齋藤選手は一度目の手術が成功したという報告がSNSでありました。復帰まで長い道のりで、不安になったり、焦ったり、イライラが募ることもあるかもしれません。私も早く走りたい、ボールが蹴りたい、練習がしたいと、リハビリが進むにつれ、その都度焦っていました。
そんなときも家族やスタッフのサポートで焦らず、やるべきことを着実にこなして、より強く、より選手として、人として、大きくなってサポーターの前に帰ってきてほしいと思います。