ラ・リーガ、そして、初挑戦の欧州チャンピオンズリーグで躍動。今季さらなる進化を遂げている久保建英(レアル・ソシエダ)。伝統的に外国人選手への要求が特に高いチームと街にあって、彼は今どのような評価を受けているのか? 現地を訪れた。
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■「べリンガムと並ぶラ・リーガのスターだ」
スペイン北東部、バスク自治州にあるサンセバスチャンで、久保建英はどんな評価を受けているのか。
地元で「ラ・レアル」と呼ばれるレアル・ソシエダで、昨季の久保は9得点を記録し、チームを欧州チャンピオンズリーグ(CL)に導いた。
そして今季も勢いは止まらない。チーム最多の5得点を挙げ、4試合連続でゲームMVPを受賞するなど(10月10日時点)、過去にラ・リーガに在籍した日本人選手の記録を軽々と塗り替えている。
街角で見つけたキオスクで、今季の選手名鑑が売られていた。大手スポーツ紙の「アス」版も「マルカ」版も、〝ラ・レアルの顔〟は久保だった。
「おまえは久保か?」
旧市街を歩いていると、筆者は何度となく声をかけられた。声には親しみがこもっている。久保に好意を持っているのだろう。
「ラ・レアルに久保が来てくれて本当によかった。今やレアル・マドリードのベリンガム(イングランド代表)と並ぶスターだ。メッシやクリスティアーノ・ロナウドが去ったラ・リーガで、久保のような選手はそうはいない!」
街の中心にある広場で、どこの誰とも知らないおじいさんが握手を求め、熱を帯びた口調で言った。すると、その横から、歯が抜けて目だけがらんらんと光る男性も会話に加わる。
「おまえ、久保と同じ日本人だろ? 久保をどこか大きなクラブに売り渡そう。きっといい商売になるぞ」
〝金になる〟という感覚は、単純にそれだけ評価されている証拠だろう。もうひとり、サッカーくじで負けたというおじいさんは不機嫌な顔で言った。
「監督は何を考えている! せっかく久保がいて勝っていたのに、途中で引っ込めるから引き分けて大損だ!」
1-1で引き分けたCLのインテル戦(9月20日)のことなのだろう。彼は久保の肩を持ち、とても日本語には訳せない言葉で監督を罵(ののし)った。くじに負けた腹いせだろうが、久保のプレーを肯定していたのは間違いない。
すると、カフェのウエーターまで会話に入ってきた。
「タケは(レアル・マドリードから買い取ったときは)わずか600万ユーロ(約9億円)だった。今シーズン獲得したロシア人選手(ザハリャン)は1200万ユーロ(約18億円)も払ったのに、試合にほとんど出ていない!
サディク(ナイジェリア代表)もチョ(フランス代表)も、大金を払ったのに使えない選手だよ。ダビド・シルバ(元スペイン代表、昨季をもって現役引退)の後、新しい時代のラ・レアルを背負うのはタケだ」
少なくとも、久保はいい買い物だったということか。今やその市場価格は10倍となる6000万ユーロ(約90億円)以上といわれる。
■練習場&本拠に潜入! チームの監督も直撃
ラ・レアルの練習場スビエタはサンセバスチャンの郊外、街中から車で15分ほどの場所にある。
スビエタは山を切り崩して造った総合運動施設で、広大な敷地に7面ものピッチがある。大きく分けて、トップチームの施設と、女子チームとユース年代の選手の施設のふたつがある。
それぞれにカフェテリア、ジム、オフィス、トイレなどが併設。ピッチは観客席や照明付きで、練習だけでなく、女子やユースの試合も行なわれる。日々リニューアルが施され、今もあちこちで工事作業中だった。
「タケはすごくいいハムストリング(太もも裏の筋肉)をしているね。それが走りのパワーを生む。とても力強い」
通りかかったチームのマッサージ担当は、そう言って久保の肉体をホメた。あらゆる筋肉を知り尽くした専門家の言葉は説得力がある。大きなケガがなく、「無事是名馬(ぶじこれめいば)」であることが、久保の成長曲線を落とさない。
この日、トップチームは練習非公開だったが、特別にイマノル・アルグアシル監督に会えることになった。今回、筆者の取材に協力してくれたミケル・エチャリ氏(スペイン人指導者。日本サッカー協会で講師を務めたこともある)が、アルグアシルの現役時代のスポーツダイレクターやコーチだった関係で、融通が利いたのだ。
欧州トップリーグの各クラブの取材はコロナ禍を境に、かなり難しくなった。ラ・レアルの報道規制も、レアル・マドリードやバルセロナと変わらない。インタビューは会見以外、基本的には受けつけていない。今回もあくまで雑談である。
「タケはコンビネーションの能力が高い。われわれのプレーをよくしてくれたし、われわれもそういうチームだから、彼のプレーを引き出せている。タケはまだまだやれる選手だし、自分たちも手応えを感じている」
アルグアシル監督は、久保への期待をそう語った。
「タケにとってイマノル(・アルグアシル監督)の存在は大きいだろう。ただ、タケはそもそも実力者だ」
ラ・レアルで20年近くスポーツダイレクターなどあらゆるポストを務めてきた前出のエチャリ氏は、そう言って久保を評した。
「タケと似ている選手の名前を挙げれば、メッシになるだろう。ドリブルをスタートさせるときの雰囲気やゴールに対したときの自然さというのか。残している数字は違うが、スタイルはよく似ている。われわれラ・リーガ関係者にとって、それだけの選手になっているということだよ。エクストラなレベルだ。
私自身、現役時代は小柄で左利きのドリブラーで、俊敏さと技術を売りにしていたから、『(タケと)似ている』と友人にからかわれる(笑)。でも、タケのようにはボールを蹴れなかった。彼のコントロールやキックは洗練されている。
何よりパウサ(動作の休止)があるから、相手のタイミングを外し、意外性のあるボールを通せる。簡単なように見えるが、とてつもなく高いレベルだ」
レアレ・アレーナという名前を冠するホームスタジアムのロッカールームにも、特別に潜入することができた。
半円状に並ぶ選手用のシートは、革張りでふかふかしていて、座り心地は悪くなかった。端から時計回りで背番号順が基本だという。久保が座るシートは、ちょうど監督が立つあたりの正面に向き合う。
レアレ・アレーナは2020年に最新設備に生まれ変わり、ライティングもおしゃれで壁はピカピカ、トイレもきれいで豪華。それ以前は簡素な造りで、そもそもピッチには陸上トラックもついた牧歌的風景だったが今や昔だ。
奥に入っていくと小さなプールもあって、試合後でもすぐにクールダウンできるという。また、食堂もついていて、ふたりの専属シェフが試合前にパスタやチキンなどの温かい食べ物を用意する。
試合後も、選手のリクエストに合わせた料理が出てきて、このあたりは、さすが「世界一の美食の街」といわれるだけのことはある。
スタジアム内の事務所に、79歳になる伝説のペロターリ(テニスやスカッシュの原型ともいわれ、バスクではどんな町や村にも競技施設があるペロタの選手)、エリアス・ピエロラさんがやって来た。バスクではサッカーと並ぶ人気スポーツのレジェンドも、久保への賛辞を惜しまなかった。
「タケは素晴らしい。テクニックもひらめきも。レアル・マドリード戦(9月17日)はベストプレーヤー。俊敏で誰も捕まえられなかった」
ほかのスポーツの一流選手も、その力量を認めていた。
そもそもラ・レアルは下部組織の選手が中心になっており、実は外国人選手への要求はかなり高い。1989年にアイルランド代表のFWジョン・オルドリッジを獲得するまで、クラブはバスク人純血主義を守ってきた。日本人である久保が手放しで評価されること自体、快挙なのだ。
■「ロッカールームではクネクネと踊っている」
スタジアムの目の前にあるホテルのカフェで、久保のチームメイトであるマルティン・スビメンディのお父さんと会った。スビメンディは東京五輪世代のスペイン代表MFで、司令塔として「ラ・レアルの頭脳」といわれる。
スビメンディと久保は幼少の頃からライバルだった。それぞれラ・レアルの選手、バルサの選手として、しのぎを削り合っている。東京五輪でも、スペイン代表と日本代表は準決勝で対戦した(結果は延長の末、1-0でスペインが勝利)。
「(東京五輪)直前の試合で、マルティンがタケに引き倒されて、そのままゴールを決められてしまったことがあって、『あれはファウルだ』『そうじゃない』と、かなり盛り上がったらしいよ(笑)」
スビメンディの父はそう言って笑いながら、こう続けた。
「マルティンはタケとすごく仲良し。それぞれサッカーを知っているからわかり合えるのだろう。それにタケは明るくオープンな性格で、鏡の前でクネクネと体を揺らして踊ったりしているらしい(笑)。タケはチーム加入時から『彼女はいないんで、誰か紹介してください』と言って、選手の気持ちをつかんでいたそうだ。真偽のほどは別にして、そういうフランクな感じが選手たちは好きだから」
日本人特有の遠慮のようなものが、久保にはないという。バルサの下部組織ラ・マシアのときから、自分を主張し、人と理解し合う能力は傑出していた。「スペイン人よりもスペイン人。いつも歌ったり、叫んだりしている」とは、当時のチームメイトの話だ。
ちなみに久保の弟である瑛史も、ラ・レアルでプレーしている。ユースに昇格、16歳になるという。ポジションはボランチで右利き。久保とはタイプが違うが、技術の高さは共通しているという。
「クラブは〝タケの弟〟というのを極力、外に出したくないんだよ。本人によけいなプレッシャーを与えることになるから。名前が先行するのは、16歳の少年にとって気分がいいものではないだろ?」
昨季まで久保の弟を指導していたというコーチはそう言って、優しくほほ笑んだ。
9月24日のヘタフェ戦、筆者はレアレ・アレーナのVIP席に招待された。通常なら食事付きで120ユーロ(約1万8000円)。牛スジとナスを煮込んだ料理などが並ぶブッフェ形式だった。
この日、先発で出場した久保は開始早々いきなりゴールを決めた。難しいことを事もなげにやってのける。
「ラ・レアルにとってタケはこの10年で最高の補強選手。イサク(現ニューカッスル、スウェーデン代表)よりも上だ。彼は7000万ユーロ(約105億円)で売られた。久保もきっと高く売られる。でも、それまではラ・レアルのために活躍してくれる」
友人同士で訪れていた男性はそう熱弁を振るっていた。たとえいつかは終わるお祭りだとしても、それまでは全力で楽しむということか。
試合は佳境に入り、ラ・レアルのスペイン代表MF、メリーノが相手選手に小突かれると、すかさずスビメンディが相手を小突き返していた。
「Solidaridad(連帯)」
それはラ・レアルの本質だといわれる。仲間を助けることで、自らも助けられる。利己的な選手に居場所はない。80年代、ラ・レアルはラ・リーガの連覇を達成しているが、当時のチームも連帯が強かったという。現在のチームの成功の理由もそれに近い。
試合終了間際、久保の好プレーから味方の4得点目が決まった。ピッチ上で、歓喜の花が咲く。ファンは逆転での勝利を確信し、ポズナンダンス(ファンがピッチに背を向けてジャンプしてゴールを祝う)で大盛り上がり。そこには情熱がうねっていた。
「タケがいたら、どこと戦っても怖くないよ!」
93年に移転する前の旧本拠、アトーチャスタジアムの時代からのファンだという老紳士は言った。最高の愛情表現だろう。