【連載・元NPB戦士の独立リーグ奮闘記】
第2章 愛媛マンダリンパイレーツ監督・弓岡敬二郎編 第2回
かつては華やかなNPBの舞台で活躍し、今は「独立リーグ」で奮闘する男たちの野球人生に迫るノンフィクション連載。第2章の第2回は、1980年代に阪急ブレーブスの名ショートとして名を馳せ、現在は独立リーグ屈指の名将として愛媛マンダリンパイレーツ(以下、愛媛MP)の指揮を執る弓岡敬二郎に密着する。今回はプロ野球(NPB)の一大イベントに合わせて、弓岡監督のもとで吉報を待つドラフト候補に注目してみたい。(文中敬称略)
今シーズン、阪神タイガースで中継ぎ投手として活躍した石井大智は、四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスから2020年にドラフト8位で入団した選手だ。しかし石井のような例は少なく、NPBからドラフト指名される独立リーグの選手は育成選手を含めても毎年10人前後。前回2022年は独立リーグから9人指名されたが、育成を除いた本指名はわずか1人(濱将乃介/中日5位)だけだった。
そんな狭き門にも関わらず、毎年多くの若者が独立リーグから"夢の舞台"を目指している。その中から弓岡が期待する愛媛MPの3選手、高卒新人の宇都宮葵星(うつのみや・きさら)と山田空暉(やまだ・てんき)、大卒新人の羽野紀希(はの・かずき)を紹介したい。
■親子2代で愛媛MP、急成長の韋駄天/宇都宮葵星(19)
「父からは『自分で決めた道。最後まであきらめずにやれ』とだけ言われました。ポジションも違うので、家に戻っても父と野球の話をすることはほとんどありません」
地元・松山出身の宇都宮葵星は、高校時代(松山工業)は目立つ実績を残していないが、確実性のあるバッティングと広い守備範囲が魅力の内野手だ。父親(宇都宮勝平)も、かつて愛媛MPのユニフォームを着た(投手として2005~2008年に在籍)2世選手である。
身長174cm、体重64kgとプロ野球選手としては華奢(きゃしゃ)な体つき。実際、入団当初は「技術よりも体力的についていくだけで必死だった」という。そんな宇都宮を弓岡は開幕当初から起用し、実戦経験を積ませている。宇都宮の野球センス、50m=5秒9の脚力に可能性を感じているからだ。
「足の速さを活かして塁に出ること。三振の数を減らして四球を選べるようにして、いつでも盗塁の狙える選手を目指しています」(宇都宮)
今シーズン、宇都宮の将来性を感じさせる試合があった。後期開幕カードの徳島インディゴソックス戦(6月24日/坊ちゃんスタジアム)、7回、宇都宮は徳島が誇る剛腕ロドルフォ・マルティネスの投げた164キロのストレートを完璧に捉えて二塁打を放った。9回にもドラフト指名が有力視される二番手、椎葉剛の150キロ台のストレートを弾き返して打点を記録した。
これで信頼を得た宇都宮は、スタメン起用が増え始める。課題の守備で失策しても辛抱強く起用されたことで、徐々に結果も出るようになり、NPBスカウトからも注目されるようになった。
前述したように、宇都宮の父、勝平もかつて愛媛MPでプレーした。1期生として入団した父は、主に抑えや中継ぎで登板。試合終盤、チームがピンチを迎えると火消し役を任され、マウンドに上がると同時に、スタンドから安堵と期待が入り混じった歓声を浴びる人気選手だった。また、入団前から子連れの所帯持ちだったことから、当時は「子連れアイランドリーガー」とも呼ばれた。
父は愛媛で好成績を納めたもののNPB入りは叶わず現役引退。まだ幼かった宇都宮は父の現役時代を覚えていないが、のちに映像で見て憧れを抱いた。最終的に目指しているのはNPB入りだが、父も活躍した愛媛MPの選手になることは、宇都宮にとっては叶えたいもうひとつの夢だった。
「課題は、守備は失策をゼロにすること。打撃は長打を狙うよりも確実に出塁して脚力を活かせるようにすること。打率3割、盗塁20を目標に取り組みます」
四国アイランドリーグplus所属の内野手がNPBでドラフト指名された例は、平間隼人(巨人育成1位・徳島)以降はない。NPB入りの夢を叶えることができるか、弓岡も愛弟子の未来に大きな期待を寄せている。
■超スローカーブで甲子園を沸かせた強心臓/山田空暉(19)
「NPB入りできる次のチャンスは、大学なら4年後、社会人なら3年後。でも独立リーグなら1年でプロ(NPB)に行ける。独立リーグに行くならレベルの高いリーグやチームでやりたいと思い、愛媛MPに決めました」
山田空暉は宇都宮と同じ高卒新人だが、去年のNPBドラフトでも本指名が期待されていた全国区の選手だった。
「指名漏れした時はもちろん悔しい気持ちはありました。でも必ず行けるとも考えてはいなかったので、よりプロに進みたい気持ちが強まりました」
出身高校はイチローはじめ数々のプロ野球選手が輩出した名門、愛工大名電で、2年夏と3年夏に甲子園に出場した。2年時の出場機会はなかったが、3年時は全試合で4番を任され打率5割超(3試合で13打数7安打3打点)を記録し、ファーストと兼務だった投手としても、8回2/3を投げて失点1と好投しベスト8入りに貢献した。高校時代は打者としての評価が高かったが、愛媛MP入団後はより今後の成長が期待できる投手一本に絞った。
「高校時代は打者としての練習が主でした。いまはウエイト、ランニングもすべて投手としての動きにつながるメニューを取り組んでいます。高校時代と比較してストレートの質も変化球のキレもずいぶん良くなりました。球速も、高校時代は最速145キロでしたが今は148キロ。155キロまでは出せるようになると思います。」
強気に攻めるストレートを軸に、カーブ、スライダー、そしてフォークと球種も豊富。本格的に投手として練習に取り組み始めて日が浅く、伸び代も大きい。開幕当初は中継ぎだったが、5月19日に初めて先発マウンドを任せられると、以降はローテーション入りし、愛媛MPに欠かせない主力投手として活躍している。
弓岡は山田について「緊迫した場面でも物怖じしない投球ができることが強み」と話す。そんな山田の強心臓ぶりを物語るエピソードとして有名なのが、高3夏の甲子園2回戦、対八戸学院光星(青森)戦での投球だ。
3番手でマウンドに登った山田は同点の8回から延長10回までを2安打無失点と好投し、チームのサヨナラ勝ちにつなげた。その試合の9回、山田は初球に意表を突く山なりの超スローカーブを投じた。
「相手が強打者で、打ちたい気持ち満々に感じられたので、目線と気持ちをずらそうと思い投げてみました」
球速測定不能の超遅球は、キャッチャーの構えたミットにドンピシャで収まるストライク。観客席はどよめいた。これにNPB屈指のスローカーブの使い手、伊藤大海(日本ハム)がTwitter(現X)で「ナイスボール」と反応し、「この展開で投げれるメンタルに脱帽です」と称賛のメッセージを送ったことで話題になった。
「課題はストレートがシュート回転して、右バッターに対してのアウトコース攻めが甘くなってしまう時があるので、そこを修正すること。伊藤大海さんのような、ストレートと変化球の緩急を織り交ぜつつ強気な投球ができるようになりたい。独立リーグは1年で卒業して、NPBでも1年目から結果を残せる投手になることを目指しています」
■藤浪晋太郎に憧れる最速154km右腕/羽野紀希(23)
「気迫を前面に押し出して勝負するのが自分の持ち味。気持ちのスイッチが入った時は絶対負けない自信があります。平井コーチには『1年でNPBに行きたい』と伝えているので、技術面の修正より、マウンドさばきや心の整え方、パフォーマンスを上げるための準備方法などを教えていただいています」
羽野は大学3年(日本経済大学/福岡六大学)の秋までは無名の投手で、NPBはおろか独立リーグでも通用するとは期待されていなかった。それが、新たに就任したコーチのアドバイスで、187cmの長身を活かして腕を思い切り振るスタイルにモデルチェンジして以降、ストレートの球速が一気に10キロも増して最速154キロに。公式戦未勝利ながら潜在能力の高さが注目された羽野のもとにはNPB球団からも調査書が届き、「地方の隠し球」と呼ばれた。
だが大卒時の指名はなく、愛媛MP入団後は最大の武器ストレートに加え、不規則に変化するツーシームやスライダーにも磨きをかけた。当初は先発を任され、4月19日の高知FD戦では4安打完封を記録するなど、4試合で3勝1敗、防御率0.86という好成績を収め、3・4月度の月間新人賞にも選ばれた。現在は奪三振率の高さを活かすため中継ぎ・抑えに転向している。
「最初は先発で投げたい気持ちもありましたが、今はリリーフとして奪三振にこだわっています。好きな投手は藤浪晋太郎さん。同じフォーシームでも独特の軌道で、打者がより打ちにくい球が投げられる。数字のデータだけ見れば成績は良くないと評価されますが、ハマればどんな強打者からでも三振が奪える。自分も藤浪さんのようなインパクトのある投手になりたいと思います。
本指名でも育成でも、どんな形であれNPBの選手になりたい。両親からは2年間の猶予をもらっています。数字や成績は気にしていません。スカウトの方の印象に強烈に残るような投球ができればと思います」
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宇都宮、山田、そして羽野。いずれもNPBでも通用する武器は持っている。あとは各球団のチーム事情や当日の動向次第で、指名されるか否かは決まる。去年、愛媛MPからはキャッチャーの上甲凌大(じょうこう・りょうた)が横浜DeNAベイスターズから育成1位に指名された。愛媛MPの選手としては実に11年ぶりの指名だった。ファームで結果を残した上甲は育成から這い上がり、7月には支配下選手契約を勝ち取っている。運命のドラフト会議は10月26日。3人にはいったいどんな物語が待っているだろうか。
■宇都宮葵星(うつのみや・きさら)
2004年6月23日生まれ。愛媛県松山市出身 松山工業 右投左打
■山田空暉(やまだ・てんき)
2004年7月15日生まれ。滋賀県甲良町出身 愛工大名電 右投右打
■羽野紀希(はの・かずき)
2000年10月6日生まれ。山口県周南市出身 新南陽高~日本経済大 右投右打
■弓岡敬二郎(ゆみおか・けいじろう)
1958年生まれ、兵庫県出身。東洋大附属姫路高、新日本製鐵広畑を経て、1980年のドラフト会議で3位指名されて阪急ブレーブスに入団。91年の引退後はオリックスで一軍コーチ、二軍監督などを歴任。2014年から16年まで愛媛マンダリンパイレーツの監督を務め、チームを前後期と年間総合優勝すべてを達成する「完全優勝」や「独立リーグ日本一」に導いた。17年からオリックスに指導者として復帰した後、22年から再び愛媛に戻り指揮を執っている
■会津泰成(あいず・やすなり)
1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など