ワールドカップで日本代表のキャプテンとしてチームを引っ張った千葉ジェッツの富樫勇樹選手(10月14日の信州ブレイブウォーリアーズ戦にて) ワールドカップで日本代表のキャプテンとしてチームを引っ張った千葉ジェッツの富樫勇樹選手(10月14日の信州ブレイブウォーリアーズ戦にて)
この夏に開催されたバスケットボールのFIBAワールドカップ。開催国・日本の善戦もあり、国内ではバスケットボールへの関心が過去になく高まっている。そんななか、バスケットボール日本代表が思わぬ形で注目を集めた。


騒動のきっかけは、10月12日の夕方に東京都内で行われた日本バスケットボール協会(JBA)が実施したバスケ界に関する様々な指針「Basketball Japan's Way」のメディア向けブリーフィングだった。

そのブリーフィングには、男子代表強化検討委員会の島田慎二委員長(JBA副会長兼Bリーグチェアマン)、渡邊信治氏(JBA事務総長)、東野智弥氏(JBA技術委員長)の3人が出席し、日本代表の招集に関しての見解や、今後のバスケ界全体での強化指針などに関して約30分かけて説明した。

その冒頭で島田氏が、過去に日本代表の合宿に招集しても辞退する選手や断るクラブがいたことを説明。そして東野氏が「選手が参加辞退をする場合、参加の辞退理由を提出する必要があり、その理由が適正かどうかを判断した後、理由が適正ではないと判断された場合、最大3試合の出場停止処分を課す」と言及したのだ。

代表招集の辞退に対する具体的な罰則について発信されることは異例であり、報道陣からも質問が相次いだ。

その中で「田中大貴選手(サンロッカーズ渋谷)の様な過去に代表引退を表明した選手には適用されるのか」という質問が出た。それに答える形で島田氏は、「基本的にはそういう概念はない」「ヘッドコーチが必要だと声が掛かっている選手は、Bリーグの選手であれば拒否権はないというのを明確にした」と回答した。

10月12日に行われたメディアブリーフィングで説明する(左から)渡邊信治氏、島田慎二氏、東野智弥氏 10月12日に行われたメディアブリーフィングで説明する(左から)渡邊信治氏、島田慎二氏、東野智弥氏

■「代表召集の強制」に賛否噴出

その後、この部分が強調された形で、スポーツ紙など複数の媒体で「代表引退は認めない」とセンセーショナルに報じられた。SNS上ではバスケットボールファンからは、「戦時中の赤紙招集みたい」「何か高圧的に見える」といった声も上がった。

現役選手も反応した。W杯で活躍した日本人NBAプレイヤーである渡邊雄太(フェニックス・サンズ)は「(前略)国内選手限定ってどゆこと。Bリーガーも必死で自分たちのシーズンやってる中で代表として海外試合に出てくれてるのに(後略)」とX(旧Twitter)に投稿。W杯の代表キャプテンだった富樫勇樹(千葉ジェッツ)も「2026年から始まるBプレミアは代表の試合がある時にもリーグの試合があるって言ってたから、そのことなんだろうけど、、、 引退は別じゃない???」、「(前略)一度辞退した選手をもう呼ばないと判断するのはその時のヘッドコーチが決めればいいし、気持ちがない選手を無理やり招集してなにになるんだろう」などとX(旧Twitter)に投稿している。

特に渡邊の場合は、パリ五輪行きを決められなかったら代表から引退するとW杯前に発言していただけに、より自分事として捉えているようにも伺えた。ただ、この罰則規定が適用できるのは日本国内でプレーする選手、つまりBリーグに所属する選手たちであって、海外でプレーする選手にはJBAからの処分対象外となる。NBAでプレーする渡邊が日本代表の招集を断っても、NBAの公式戦で出場停止になることはない。

発言がネガティブに拡散する事態を危惧したのか、その後、島田氏は自身のnoteやポッドキャストでも発言の真意について改めて説明している。しかし言葉尻だけから判断すると、代表招集に応じるかどうかだけでなく、代表からの引退という本人の意思であるはずの決断に関して、選手本人が行えないという矛盾に満ちた印象を受けるのは否めない。

■代表召集拒否の罰則の理由

とはいえ、JBAの発信した内容自体は日本だけの特別なものではない。

そもそもFIBA(国際バスケットボール連盟)の内規で「辞退理由の正当性に関わらず、代表活動を辞退する場合は、FIBAが定めるウィンドウ(W杯予選)の期間中の試合出場を認めない」とあり、10日間の出場停止が課される。東野氏も「代表招集を拒否することを禁じるのは、JBA独自の規定ではなく、FIBAに準拠したもの」としている。

そして、日本だけではなくいくつかの国で代表招集の辞退に処分規定があり、東野氏も「例えば、ドイツでは代表召集辞退に対し『半年の公式戦出場停止」という規定がある』としている。一方で、W杯では米国人の大物NBA選手たちの大半が米国代表入りをしていない現状からは、NBAにはこうした規定はないと見られる。

■罰則の明文化は必要か

そもそも、この騒動で選手やファンが最も引っかかったのは、島田氏の「代表引退」について言及した部分だろう。代表引退を決断した選手の"心情"の部分にJBA側が踏みこんだ様に映ったのだ。

JBAが言及したペナルティだと、代表引退を表明している選手が万が一、代表ヘッドコーチからの要望で招集された場合、代表から引退していることを理由に辞退とすれば、この罰則が適用されてしまう。

現実的には起こりえないだろうし、どうしても代表引退を撤回させて、再び代表に招集したいのなら、その前に当事者間で話し合いを行えば済む話だろう。一部の国の協会には罰則があるとはいえ、わざわざ代表辞退を明文化するのはナンセンスだ。

代表招集の辞退は、バスケットボール以外のスポーツでも話題となることがある。例えば、サッカー男子日本代表では、イングランドのブライトンに所属する三苫薫が、10月に日本国内であった親善試合2試合を体調不良で辞退している。疲労が溜まっていた体を休めたかったと思われるが、代表活動期間終了後のイングランド・プレミアリーグの試合には先発出場して活躍している。しかし、日本サッカー協会が三笘に処分を課すということはあり得ないし、代表召集の拒否に罰則も定められていない。

とはいえ、それが大きな問題にならないのは、現在のサッカー男子日本代表が過去最高レベルに選手層が厚いからだろう。たとえ主力選手のひとりが辞退しても、同じポジションから高いレベルの選手を起用できる。

一方のバスケットボール男子日本代表は、W杯で3勝2敗と過去最高の成績を残したものの、オリンピック、ワールドカップの予選を勝ち抜くのもまだギリギリなレベルではあり、選手層が十分に厚いとはまだいえない。今後も代表が勝ち続けるために、その時点で最も実力のある選手たちを代表に招集したいのは当然だろう。万が一にも代表召集を拒否する選手が出ないように、罰則をわざわざ明文化すること自体は、JBA側としては一種の保険となるのだろう。

冒頭のメディアブリーフィングで島田氏は、「Bリーグ設立の目的の一つは『代表の強化』」と発言し、JBAとBリーグが協力しあって日本代表の強化に取り組んでいることを言及している。Bリーグがさらにハイレベルなリーグになり、リーグに所属する日本人選手たちが外国籍選手たちと高いレベルで競い合っていけば、選手たちのレベルも上がり選手層も厚みを増していくはず。そうなれば、例え一人の有力選手が代表への招集を辞退したところで、それを補うだけの選手を起用すれば良いだけに思える。

また、JBAが本気で代表辞退に関わる罰則規定を実施するなら、Bリーグなど日本以外のリーグ、例えばNBAに所属する選手にも適用することにしなければ、あまり意味を成さないように思える。JBAがNBA所属の選手に「公式戦出場停止」の処分を下せるはずもないからだ。

今回の一件では、JBA側が少々先走ったようには見えた。しかし、代表に関する規定でここまで議論を呼んだこと自体、ある意味、日本代表への注目度やバスケットボールへの人気が高まっていることの証ともいえそうだ。

●大塚淳史
スポーツ報知で勤務した後、中国・上海に移住し、現地在住日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局で働く。帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。週刊誌やウェブ媒体等で執筆。現在関心ある取材テーマは、アリーナスポーツ、スポーツビジネス、中華圏、東南アジア、日本企業の海外進出、コンテンツ輸出、フィンテック、NFT、銭湯など興味を引いたら何でも。