10月26日に開かれたプロ野球ドラフト会議。その予想で、各球団の1位候補に挙がっていたのは軒並み大学生の投手だった。そんな中、本来なら高校生野手の目玉格になりえた〝怪童〟はプロ志望届すら提出しなかった。佐々木麟太郎(花巻東)である。
積み上げた高校通算本塁打数は前代未聞の140本。身長184㎝、体重113㎏の巨漢スラッガーは入学時から高校球界に話題を振りまき続けた。
父・佐々木 洋は花巻東の監督であり、菊池雄星(トロント・ブルージェイズ)や大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)の恩師でもある。中学時代の恩師・大谷 徹は大谷翔平の父親。そんな背景までドラマチックに彩られていた。
佐々木がプロ志望届を提出していれば、複数球団がドラフト1位指名する可能性もあった。それでも、プロ志望届の提出期限まで残り2日に迫った10月10日、佐々木は「アメリカの大学に行くことを考えている」と表明した。
父である佐々木監督は「教養をつけながら次のステージを目指してもいいのではないか」とコメント。野球だけにこだわらず、アメリカ留学を通して人間としての幅を広げる狙いを口にした。佐々木は9月に渡米し、約10日間にわたって複数の大学施設を見学したという。
思い出される光景がある。5月下旬に佐々木のインタビュー取材のため、花巻東のグラウンドを訪れたときのことだ。佐々木の打撃練習を見ていると、私は佐々木監督からこう尋ねられた。
「真鍋くんのほうがずっと上でしょう?」
私がその前月に、U-18日本代表候補合宿で真鍋 慧(広陵)を取材したことを知っての問いかけだった。真鍋は佐々木と同じように高校球界屈指の左打ちスラッガーであり、早くからプロのスカウトも注目していた好素材である。
佐々木監督から問われた私は、「インパクトの爆発力は麟太郎くんのほうが上だと思います」と答えた。もちろん、佐々木監督に忖度(そんたく)したわけではなく、本心からの言葉だった。
佐々木の打撃は打球音からして違う。スタジアムに爆発音がとどろいたかと思えば、打球は一瞬にして外野スタンド上空へと舞い上がっている。高校球界の歴史に残るパワーだろう。
その一方で、佐々木監督の言葉には多少の謙遜が含まれているにしても、わが子のポテンシャルに全面的な自信があるわけではないことがうかがえた。
佐々木本人の自己評価も低かった。「佐々木麟太郎は、佐々木麟太郎をどう評価していますか?」と尋ねると、佐々木はこう答えている。
「全然大したことないと思っています。自分よりうまい人は全国にいますから」
こうした自己評価の低さとアメリカ留学という決断は、無縁ではないはずだ。
NPBに進めば、佐々木は間違いなく注目を浴びるだろう。そして、絶えず大谷のような花巻東の偉大な先輩と比較され続けるに違いない。現時点での能力で論じられることは、佐々木親子にとって耐え難い苦痛が伴う。
これまでも、佐々木は多くの批判にさらされてきた。「公式戦での本塁打が少ない」「故障が多すぎる」「一塁しか守れない」「太りすぎ」など。並の神経であれば潰れても不思議ではなかった。
だが、大事なポイントは、佐々木の肉体は発展途上にあるということだ。佐々木の肉体について、佐々木監督はこう語っていた。
「まだ骨端線が残っていて、骨が成長しているものですから。大谷もそうでしたけど、20歳くらいになって骨の成長が止まらないと、出力の大きさと体のバランスが合わないのかなと考えています」
つまり、あれだけ大きな体であっても、佐々木の身体内部はまだ〝子供〟ということだ。骨の成長を無視して負荷をかければ、取り返しのつかない大ケガにつながるリスクもある。であれば、学業と並行して野球を続けるのも合理的な選択といえる。
また、二刀流の価値を野球界に知らしめた大谷のように、「誰もやったことのないことを成し遂げたい」というパイオニア精神も花巻東のDNAなのかもしれない。佐々木本人も「型にはまるのは好きじゃない」と語っていた。
日本トップクラスの高校球児がアメリカの大学に進んだ例はない。佐々木の選択は、その開拓者になりたいという意欲がにじんでいる。
以上が、佐々木のアメリカ留学を促した要因と推察できる。現時点で留学先は未定とされているが、一部報道によると名門のバンダービルト大が候補に挙がっているようだ。
日本人がアメリカの大学に留学する際、大きな障壁になるのは語学力である。今年7月のMLBドラフトでシカゴ・ホワイトソックスから11巡目で指名された米オレゴン大の西田陸浮ら、選手のスポーツ留学を支援する「アスリートブランド」代表の根本真吾さんは言う。
「今は英語塾と提携し、陸上やサッカーでNCAA(全米大学体育協会)のディビジョン1(最高クラスのリーグ)に行く選手を毎年輩出しています。野球は遅れていましたが、ようやくトップクラスが行き始めた印象です」
野球の本場アメリカであっても、日本の高校球児の評価は高いという。根本さんはU-18W杯のアメリカ代表コーチから、こんな言葉をかけられたそうだ。
「日本のピッチャーをみんなアメリカに連れて帰りたい」
アメリカの大学では学業成績が伴わないと出場が禁じられるケースがあるなど、文武両道のハードルは高い。だが、根本さんは「英語の勉強はまあまあ苦労しますが、NCAAディビジョン1レベルであれば文武両道できる仕組みがあるので、いろんな経験が積めるはずです」と語る。
佐々木麟太郎はこれからどんな人間へと成長していくのか。道なき道を行く野球人生が始まっている。