かつて華やかなスポットライトを浴びたベテランも、悔しい思い出ばかりの若手も。所属球団から戦力外通告を受け、それでも「まだ辞められない理由」を胸に、新たな挑戦の場を求めてすべてをぶつけ合う"運命の一日"を密着リポート!
■かつて天才と呼ばれた男たちが躍動
つい先日までの暖かさがウソのような寒風が千葉の野辺に吹いていた。日本シリーズの激闘の熱も冷めやらぬ11月15日。12球団合同トライアウトが日本ハムファイターズの2軍本拠地、鎌ケ谷(かまがや)スタジアムで行なわれた。
今年は例年以上に多くの有名選手が戦力外通告を受け、ソフトバンク・森唯斗(ゆいと)、上林誠知(うえばやし・せいじ)、巨人・中島宏之、楽天・西川遥輝らは不参加だったものの、昨年より10人多い59人がトライアウトを受験。
そのうち41人と極端に多い投手たちに打者3人との対戦機会を確保するために、各打者には例年より多い6、7打席が与えられた。
「今日がプロ野球選手として最後の姿になるかもと思ったら、関西からでも見に来ない選択肢はありませんでした」と言うのは、午前6時半から並んでいた阪神ファンの女性。午前9時に開場すると内野観客席は超満員で、外野席まで開放された。
場内には2304人の野球ファンからの温かな拍手と、「頑張れ!」「かっ飛ばせー!」といった声援や応援歌が飛び交う。
そしてもちろん、バックネット裏には巨人・吉村禎章編成本部長、ヤクルト・小川淳司GMらNPB各球団の編成担当者たち。某球団の関係者は「例えば左腕が欲しくても、ウチの球団でも戦力外になった左腕がいる。
彼ら以上の力を見せてくれないとファンが納得しない。当然、見方は厳しくなります」と、今年もNPB球団入りが狭き門であることをほのめかした。
ただし、12球団以外にも来季からNPB2軍に参入する新球団・ハヤテ223(ふじさん)の山下大輔GM、北海道独立L(リーグ)石狩レッドフェニックスの坪井智哉監督など、国内外のプロ・アマ関係者が参集。
さらに、セカンドキャリアとしてのスカウトを試みる各業界のプロ野球OBや、実況・密着系YouTuberまでもが熱視線を送る中、午前10時37分、対戦形式のシート打撃が始まった。
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まずマウンドに上がったのはオリックス・西濱勇星(ゆうせい/20歳)。山本由伸そっくりなフォームから2三振を奪い、「戦力外になってから誰よりも準備をしてきた。トレーニングも由伸さんと同じことをやっています。効果が出るまで時間はかかるので、球速はまだまだですが、今の力は出し切れました」と胸を張った。
「日本シリーズの前に、京セラドーム大阪で選手の皆さんに(退団の)挨拶はできました。いちファンとして見ましたが、すごいシリーズでしたね」と振り返るのは、同じくオリックスの吉田凌(りょう/26歳)。東海大相模高校時代は小笠原慎之介(中日)とのダブルエースで全国優勝を果たした右腕も、スライダーで2奪三振と好投を見せた。
「僕がプロになれたのはスライダーのおかげ。どんな結果になろうと一番に見てほしかった。ただ、2軍ではある程度できても、1軍では終盤に球質が落ちてくるとパ・リーグのバッターはごまかせない。それに、オリックスの投手たちは球も速くて、落ちる球もあって、あまりにもすごいですから。......そこが一番しんどかったかもしれません」
投手が続けて結果を残す中、初ヒットは15番目に登場した阪神・髙山俊(30歳)の右中間を破る二塁打。第3打席でもライト前に強烈なヒットを放ち、すぐさま盗塁を決めるなど躍動した。
「失うものはない。全部出そうと思っていました。泥くさく、しがみつく姿とか。体がまだまだ動くのを見せられたのは良かったですね」
髙山と同じくかつて天才と称されたロッテ・福田秀平(34歳)も、第4打席でフェンス直撃の二塁打。
「1本出てホッとしました。この3年間、ずっと肩をケガしていたのですが、夏頃から調子が戻ってきて、今日はとにかく元気にプレーできることを見せたかった」
2006年高校生ドラフト1巡目でソフトバンクに入団。20年にロッテへFA移籍したが、死球による右肩甲骨の亀裂骨折から故障に泣かされ続けた。4年契約の最終年だった今季は出場わずか3試合、4年通算でも89試合。
「FAは僕の中では大きな挑戦でしたが、契約期間を棒に振ってしまった。球団にもロッテファンの方にも申し訳ない気持ちです。だけど最後の最後で、ずっと向き合ってきた肩が、強く投げて、振れる状態に戻ってきた。やっぱりもう一度トライしたいなという気持ちがあるんです」
福田の9年後、ドラフト1位で3球団競合の末、ソフトバンクに入団した髙橋純平(26歳)もこの8年間、思い描いた未来を実現できなかった。
「もしかしたらマウンドで投げるのは最後かもしれない。だから、腕を振って全球種をちゃんと投げられるところを見せようと考えていました。ストレートは150キロ出るし、空振り三振を取ったフォークも自信があります。ただただ、自分はまだやりたいぞってだけで。あきらめたくないです」
マウンドで大声援を受けたのは広島・薮田和樹(31歳)。17年に15勝3敗でリーグ優勝に貢献した右腕も、その後は6年間で4勝止まり。この日も2四球と制球に苦しんだ。
「もうちょっと......いや、もっと出せるものがあったなって率直に思います。15勝の年があったからプロで9年間できましたし、誰もがそのイメージを抱くと思いますが、僕はまたイチから新しいものをつくってプロでやれると思っています。投球スタイルは変わっても、まだまだできるって思いが強いです」
■たった1年で戦力外。それでも前を向く
この日のスタンドには、9人の現役NPB選手が登場曲に使うアーティスト、Bigfumi(ビッグフミ)さんの姿も。
「やはり縁があって出会った選手ですからね。最後のプレーを見たくて、都合をつけてここまで来ました」
その視線の先は、昨年オフの現役ドラフトでロッテからヤクルトに移籍した成田翔(かける/25歳)。この新制度から阪神・大竹耕太郎や中日・細川成也がブレイクした一方で、成田のように1年で戦力外となってしまった選手もいる。
「ヤクルトへの移籍が決まったときは、やるしかないなと。(1年での戦力外は)ちょっとびっくりはしましたし、チャンスは欲しかったなと思っても、実力の世界ですから。もう次に切り替えています」
この日は変化球を中心に、打者3人を6球で仕留める会心のピッチング。
「プロで1勝もできていないので、最後勝ちたかったなという気持ちは残っています。同学年の吉田凌なんか、今日もテンポがいいし、ストライク先行ですし、ああいうのが1軍で投げるピッチャーなんだろうなって勉強になりました。野球をまだ続けたいのでいい機会になりました」
同じく昨年オフの現役ドラフトで中日からDeNAに移籍した笠原祥太郎(28歳)は、四球、中飛の後、元ヤクルトの中山翔太(27歳、今季は九州独立L・火の国サラマンダーズでプレー)から痛恨の2ランを被弾。それでも「ホームランは打たれたけど、しっかり腕を振って投げられたので良かった」と前を向く。
昨年オフ、森友哉の人的補償でオリックスから西武に移籍した張奕(ちょうやく・29歳)は今季、肩の故障で離脱。そして、まさかの戦力外通告を受けた。
「自分では育成契約になるかなと思っていたら......。苦笑いで『そうですかぁ』みたいな感じでした。だけど親友に『このまま終わるの?』って言われて。このケガでクビになって台湾に帰るって、逃げているようにしか見えない。もう一年やってやるって決意を持って、自分は何をするべきかと、悔いの残らないよう練習してきました」
久しぶりの登板でいきなり連続四球を与えたが、球速は148キロまで戻っており、最後は三振。表情も明るい。
「いやあ、無事に投げられたことが良かったです。実戦から離れて半年。結果は良くないですけど、自分なりにやってきたことを出せたかな」
■菓子メーカーで働く元NPB最多勝右腕
「2年前と比べて元気になることができました。結果に納得してはいないですけど、この舞台に立てて、元気な姿を見せることができたことが一番良かったです」
目を潤ませてそう語ったのは、元西武の多和田(たわた)真三郎(30歳)。18年の最多勝右腕はその翌年に突然、自律神経失調症を患い、育成契約を経て21年オフに戦力外に。同年のトライアウトでも獲得球団はなかった。
そこに救いの手を差し伸べたのは、「マルセイバターサンド」でおなじみの北海道の菓子メーカー・六花亭。入社後、菓子作りをしながら、復帰を目指して軟式野球チームでプレーしてきた。
この日、多和田は西武ではなく六花亭のグレーのユニフォームで参加し、中飛、見逃し三振、四球で投球を終えた。
「この2年間は本当にいろんなことを学ばせていただきました。1日7、8時間働いて、社会人としてなっていなかった部分も成長できた。野球にはそこまで全力で時間はかけられなかったです。硬式球を触ったのは今月に入ってから。
昔だったらプロ野球選手として恥ずかしいって思っていたでしょうね。でも、やっとしっかりした社会人になれたのかなとは思います」
ただ、引退試合のような心境で受験する選手も増えている中、多和田はNPBへ戻るためにトライアウトに来たとはっきりと口にした。
「家族にはつらい思いをさせたし、少しでもいいから、もう一度元気に投げる姿を見せてあげたいですね」
投手組の終盤には、鎌ケ谷で育った日本ハム勢が登場。
「トライアウトの会場が鎌ケ谷と聞いて『俺は持ってる』と思いましたよ」
そう笑う姫野優也(26歳)は2年前に野手から投手に転向。野手時代の守備練習でも、転向後の投げ込みでも、人一倍この球場の泥にまみれ続けてきた自負がある。
「ピッチャーもバッターも、右打ちも左打ちも全部やりました。そういう意味ではもう本当に悔いがないくらい。鎌ケ谷では本当に皆さんの優しい声援に励まされました。今日の最後の場面なんか、泣きそうになってしまって」
2者連続で四球を出してしまい、最後の相手はこの日、最も大きな声援を浴びていた阪神・髙山。フルカウントになったところで、それまでは散発的だった「姫ちゃん」の声が、いつしか「頑張れ姫ちゃん!」「姫ちゃん頑張れ!」と、髙山への声援を凌駕(りょうが)する声となって届いた。
「幸せでした。もう悔いがないというか、最後は思い切り投げて終わろうと。ボールでしたけどね。3連続四球って僕だけでしょ? そんな最後も僕らしいかなと思いました」
午後3時15分。全対戦が終了すると、選手たちは客席に向けて深々と礼をした。
今日という日を境に、それぞれの未来がまた始まる。ひとりでも多くの選手たちの思いが報われますように。