「なでしこジャパンなしでは自分のサッカー人生は語れない」と語る岩渕真奈(左)。聞き手はスポーツキャスター・中川絵美里(右)「なでしこジャパンなしでは自分のサッカー人生は語れない」と語る岩渕真奈(左)。聞き手はスポーツキャスター・中川絵美里(右)

類いまれなドリブルと得点嗅覚で"女メッシ"と称された少女は、18歳にしてW杯の頂点へ。その後も数々の栄光を手にしながら、度重なるケガとの闘いにも明け暮れた。

選手生活16年。ピリオドを打った天才・岩渕真奈が語る波乱の現役時代、そして、愛してやまない日本女子サッカーへの提言とは――? スポーツキャスター・中川絵美里が聞いた。

■初の解説では、変なタイミングで言葉が

中川 SNSで引退を発表されたのが9月1日でした。「サッカーに貢献できることをしていきたい」と、いろいろな活動をされる中で、サッカー中継の解説も話題になっていますよね。実際にやられてみていかがでしたか?

岩渕 現役時代にお世話になった監督の元へ挨拶に行った際、「今後は何をやるの?」と聞かれて、「解説だけは絶対にやらないです」と答えたんです(笑)。自分としては、外から意見することに抵抗があって。

選手たちは、目まぐるしく状況が変わる中で懸命に戦っているわけですからね。ついこの前まで自分もその立場にいたから、痛いほど気持ちがわかるんです。

中川 では、なぜ解説の仕事を引き受けたのでしょう?

岩渕 自分で「これがやりたい」というのが、明確にはなかったんですね。そこにお話をいただいて。マネジャーからも「せっかくなので、一度出てみたら?」と勧められたんです。それが男子サッカーA代表の親善試合でした。

中川 トルコ戦(9月12日)でした。

岩渕 はい。難しかったですね。例えばゴールシーンでも、ご一緒させていただいた城彰二さん、中田浩二さん(共に元日本代表)が話していって、私には3番手で回ってくるんですけど、言いたいことはすでに言い尽くされているから、言葉が出てこない。

中川 でも、選手の立場に寄り添った解説はさすがでした。

岩渕 いやぁ、変なタイミングで「すごい......」とか言っちゃったりして。解説をやるからにはちゃんとやりたいし、もっと言いたいこともたくさんあったんです。私がピッチの上にいたら、こんなプレーをするだろうなと思いながら。

中川 ということは、現役に......。

岩渕 復帰はないです(笑)。

中川 現役を引退された後でも、ある程度体を動かし続ける元選手の方は多いそうですが、岩渕さんの場合はどうですか?

岩渕 いや、そういうことはもう一切したくなくて(笑)。周りからはやりなよって言われるときもあるんですけどね。イベントとかでちょっとボールを蹴るということはありますけど、それ以外は全然です。

岩渕真奈

中川 サッカー選手としての重圧から解き放たれて、気が楽になった感じですか?

岩渕 ええ、解放感はありますね。これだけ体を動かさない日が続くのも、今までなかったことなので。大好きなサッカーを仕事にすることができて、毎日ずっと練習とか試合とかをこなして、それが当たり前の日常でしたけど、やめた今となっては、自分はそれだけハードな日々をひたすら頑張っていたんだなぁって。

中川 プライベートはその分、満喫できていますか?

岩渕 ええ。この前ロンドンに行ったんですが、サッカーが一切絡まないのは初めてだったので、新鮮でしたね。海外にはいろいろ行きましたけどすべてサッカーありきで、ゆっくりと時間をかけて散策するということがなかったですから。楽しかったです。

中川 自分はもう現役ではないんだなって、ふと気づかされる瞬間はありますか?

岩渕 そのロンドンに行った際、なでしこジャパンの選手何人かと会ったんですけど、会話の中で「来週、五輪予選でウズベキスタンに行く」という言葉を聞いたとき、自分はもうやめてるんだなぁって。別に寂しいというわけじゃないんですけど、引退したという実感はありますね。

■引退を悩んだ時期、澤穂希からの電話

中川 あらためて、引退に至った経緯について教えていただけますか?

岩渕 自分は自分のピークのときにやめたいって、ずっと思ってました。もちろん、自分を必要とされているところで頑張りたいという気持ちもありましたけど、ずっと日本代表を目指して、その代表メンバーに入っているのが自分の中では当たり前になっていたのが、パッと失われてしまったとき、それが(引退の)時期なのかなって。

今夏のW杯オーストラリア・ニュージーランド大会には選出されませんでしたけど、そこからまた来年のパリ五輪を目指して頑張れるのかって自問したときに、体のことやプレーの質を考えたら、もう難しいと思いました。

いずれにせよ、このタイミングだなって。周りからは「もったいないよ」とか「まだ一緒にやりたい」って、ずいぶん声もかけてもらったし、悩みましたけどね。

中川 引退の2文字が脳裏をよぎってからは、葛藤の日々だったんですね。

岩渕 少なからず葛藤はありました。でも、もうこれ以上は頑張れないなぁって。

中川 いろいろな方からねぎらいの言葉をもらったと思うのですが、どんなひと言が印象に残っていますか?

岩渕 「ありがとう」ですね。たくさんのファンや選手、関係者の方々からその言葉をいただいて。むしろ、自分のほうこそ「今まで応援してくださって本当にありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えたかったから。そのひと言で、引退するという決断は間違いではなかったと思えるようになりました。

中川 私が胸に刺さったのは、岩渕さんがSNSに投稿した「なにより自分のサッカー人生が大大大好きでした」という一節です。どんな思いでつづられたのですか?

岩渕 どうしてこのタイミングで終止符を打ったのか、気になる方もいたと思うので。自分はサッカーが嫌いになってやめるわけじゃなく、心底サッカーが好きだからこそ、自分のピークでやめるという選択をした、その意思をはっきり伝えたくて。だから、あのような投稿をしました。

岩渕真奈(元サッカー女子日本代表)×中川絵美里

中川 9月8日の引退会見には、澤穂希(ほまれ)さん(2011年W杯ドイツ大会優勝時の主将)も駆けつけていましたね。どんな言葉をかけられましたか。

岩渕 澤さんからは、昨シーズン、自分がうまくいってなかった時期に連絡をいただいていたんです。引退の2文字がふと浮かんで悩んでいる頃から、正直に気持ちを伝えていました。「もったいないよ」と言ってくださったんですが、会見では「新しいところでも頑張ってね」と。

翌日、早速JFAとディズニーのコラボイベントでご一緒させていただいたんですが、そこではもう「これからもよろしくね」と。寂しさはなかったです。

中川 選手生活16年の中で印象的な場面を挙げるとすれば、どのシーンですか?

岩渕 えーっ......難しいですね。要所要所で思い出はあるので。あんまり自分の得点シーンって覚えていないほうなんですけど......。

代表で初めてゴールを決めたとき(10年2月11日、東アジア選手権・台湾戦)、それとやっぱり、15年のW杯カナダ大会準々決勝・オーストラリア戦でのゴールですね(後半42分、相手ゴール前での混戦から右足で押し込み、決勝点)。

中川 逆に今でも悔しくて仕方がないといった場面はありますか?

岩渕 12年ロンドン五輪決勝の後半で、アメリカのGK(ホープ・ソロ)と1対1になったときにシュートを止められてしまったシーンですね。それと、16年リオ五輪に向けたアジア最終予選。全体的に残念でした。

総当たりのリーグ戦だったのですが、オーストラリアと中国に負けてしまい、2位までに与えられる出場権を獲(と)れなかったですから。大好きなメンバーで本大会を戦えなくなってしまったのは本当に悔しかったです。

それと、高倉麻子さんが監督になられて、自分が中心となってやらせてもらっていた時期ですかね。結果は出せなかったですけど、4、5年間、あらためて日本代表としての責任感というのを大いに学ばせてもらった貴重な時間だったと感じています。

中川 挙げていただいたのは、いずれもなでしこジャパンでの思い出なんですね。やはり、選手生活の中で、なでしこジャパンは絶対的だったんでしょうか?

岩渕 はい。若いうち(10年2月6日に東アジア選手権・中国戦にて、16歳で代表デビュー)から選んでもらって、代表でサッカーをするのが何よりも楽しみでした。

もちろん所属クラブでも楽しさはありましたけど、では、なんのためにサッカーをするのかと問われたら、やっぱり代表に選ばれて頑張りたいという気持ちが常にありました。なでしこジャパンなしでは、私のサッカー人生は語れないです。

■今夏のW杯を複雑な気持ちで眺めながら

中川 今夏の女子W杯はベスト8という成績でした。岩渕さんは出場を果たせず、心境は複雑だったと思いますが、ご覧になっていましたか?

岩渕 正直、試合は見たり、見なかったりでしたね。車での移動中に、カーテレビをつけたり消したり。時々、みずほさん(阪口夢穂・11年W杯優勝メンバー)から「ゴール、入ったで」とLINEが送られてきて、慌ててまたつけたりして。応援したい気持ちと素直に応援できない気持ちが交錯して、心がぐるぐる回っていましたね。

中川 今回のなでしこジャパンの戦いぶり、そしてこの結果を岩渕さんはどのようにとらえましたか?

岩渕 (1991年の大会設立以来)最多となる32チームが本戦に出場、戦う相手によってはさほどレベルが高くなかったという事実はあるにせよ、一試合ごとに良くなっていったし、見る人たちにサッカーの楽しさや期待感を与えられたと思います。

ただし、ベスト8はベスト8。よくやった、で止まってはいけないチームだと思います。W杯を終えて今、来年のパリ五輪出場に向けて予選を戦っていますけど、パリで素晴らしい成績を残したときに、そこで初めて「昨年のW杯でのベスト8が今につながった」と言えるのではないでしょうか。

中川 つまり、W杯から五輪というのはつながっているわけですね。

岩渕 はい、女子サッカーはつながっていると思います。どちらも重要な大会です。自分の経験でいえば、15年W杯カナダ大会で準優勝した翌年のリオ五輪には出場できなかったというどん底を味わっているだけに、まずはパリ五輪への出場権獲得、そして本大会でのメダルにフォーカスしてぜひ頑張ってほしいです。

岩渕真奈(元サッカー女子日本代表)×中川絵美里

中川 今夏のW杯の直前、この連載で主将の熊谷紗希選手を取材させていただいたんですけど、「とにかく結果を出さなければ、なでしこジャパン、日本女子サッカーの未来は厳しくなる」と切実だったことが印象的でした。最近、熊谷選手とはお話しされましたか?

岩渕 W杯が終わった後、紗希とはちょっとだけ会えて、話をしました。彼女は明朗快活でざっくばらん、今のなでしこジャパンには必要不可欠な存在です。長年、紗希とは一緒にやってきたし、私自身の思い入れも強いです。ぜひ、今の若い世代の代表選手は、紗希のためにも一丸となってパリ五輪に出てほしいです。

中川 テレビでの解説を担当されたアルゼンチン戦(9月23日)では、なでしこジャパンは4-3-3という新たな布陣を敷いて、熊谷選手が従来のセンターバックではなく、アンカーに位置するというオプションが追加されました。そういった試みについてはどう思われますか?

岩渕 すごくポジティブでいいことだと思います。相手は戸惑うだろうし、こちらとしても新たな引き出しが増えるわけで。ただ、そのポジションにどの選手が最適なのか、今後の見極めは必要ですね。

中川 来年2月の最終予選はホーム&アウェー形式での勝負。アジアの出場2枠に食い込むため戦っていくわけですが、最終予選の怖さを誰よりも知っている岩渕さんから見て、いかがでしょう?

岩渕 私はホーム&アウェーを経験したことがないのですが、一発勝負の怖さはあると思います。アウェーの雰囲気は尋常じゃないでしょうし、過酷だと思います。でも、W杯初出場ながらそこで得た経験とか、W杯終了後に海外へ渡った選手もいるわけですから、みんな、自信を持って戦っていってほしいです。

■衝撃を覚えた英国の女子サッカーのPR

中川 岩渕さんは11年のW杯優勝前後の"なでしこブーム"をよく知る方です。今夏のW杯は、直前まで日本での放映スケジュールが未定という状況でしたが、メディアを通じたなでしこジャパンに対する世間の熱量の変動をどう感じていますか?

岩渕 この夏、日本にいて、外からなでしこジャパンを見るという初めての立場になったわけですが......大会期間中は報道されていたけど、終わった途端に選手も含めて取り上げられることはあまりなくなって。もしこれでベスト4とか決勝まで進んだら、どうなったのかなと。

やはり、結果がすべてなんですよね。今年は野球のWBCやラグビーのW杯など、盛り上がる大会がいろいろありましたけど、それに比べると女子サッカーはどうしても......。女子スポーツの難しさを感じました。

中川 引退会見でも、女子サッカー人気の波について触れられていましたよね。

岩渕 W杯が終わった後、WEリーグカップで日テレ・東京ヴェルディベレーザの試合の観客動員数が1000人単位だと聞いて、びっくりして。ベレーザにも代表選手がいるのに、ですよ。これはなんとかならないのかなって。

中川 日本の女子サッカーを盛り上げるための具体的なアイデアはありますか?

中川絵美里

岩渕 なかなか明確なビジョンというか、答えというのはパッと出せないんですけど......。でも現在、いろいろなサッカー関連のお仕事をさせてもらっていて、ひとつ考えられるのは、プロモーションへの注力とか。

中川 例えば、どんなプロモーションが考えられますか?

岩渕 現役時代に所属していたイングランドのアーセナルやトッテナムは、プロモーション戦略に長(た)けていたんです。SNSのツイッター(現X)、インスタグラムには、それぞれチームの担当者が2、3人いるんですよ。

中川 え! ひとつのSNSに対してそれほどのスタッフを置いているのですか?

岩渕 ええ。お金も労力も惜しまないんです。映像でも思わず目がいくビジュアルとか、けっこう作っていて。もちろん日本のWEリーグでいえば、それぞれのクラブでも予算に限りはあるだろうし、なかなか費用を工面するのが難しいかもしれないですけど、やっぱりイメージって大事だと思うんです。かっこよかったら、人は見るだろうし、子供も憧れるんじゃないかと。

女子アスリートって、どうしても「かわいい」が先行しがちで。確かに、容姿がかわいい選手がいるから見に行こうって、それもひとつのきっかけとしてはいいとは思いますけど、スポーツには絶対的に「かっこいい」が必要なんじゃないかって。もっとかっこよく見せる工夫って、必ずあるような気がするんです。

イングランドは今や女子サッカーの盛り上がりがすさまじいですけど、それでも10年かかりました。WEリーグは立ち上がって3年目。いくらでもやり方はあるはずです。

中川 日本の女子サッカーが再び盛り上がるためには、成績はもちろん、「かっこよさ」がカギになる、と。今後、女子サッカーの伝道師として挑戦したいことはありますか?

岩渕 負けず嫌いで、散々勝負の世界に身を置いてきたから、これからは勝ち負けにこだわらず、純粋にサッカーを広めたいです。

自分が卒業した武蔵野東小学校は、自閉症児クラスの子と一緒に授業を受けたり、運動会も合同で行なったりしていたので、そういった分け隔てのない環境でスポーツの楽しさを広めていけたらいいと思っています。

●岩渕真奈(いまぶち・まな)
1993年3月18日生まれ、東京都出身。2007年、14歳で日テレ・ベレーザにてトップデビュー。08年のU-17女子W杯では大会MVP受賞。10年、16歳でA代表初招集。翌年のドイツW杯ではチーム最年少の18歳で優勝に貢献。12~17年は独で、20年からは英国のアストン・ビラ、アーセナル、トッテナムでプレーし、今年9月に引退。現在はメディア出演や全国のサッカー教室で子供たちを指導するなど、精力的に活動中

●中川絵美里(なかがわ・えみり)
1995年3月17日生まれ、静岡県出身。フリーキャスター。『Jリーグタイム』(NHK BS1)キャスター、FIFAワールドカップカタール2022のABEMAスタジオ進行を歴任。2023WBC日本代表戦全試合を中継するPrime VideoではMCを務めた。現在『情報7daysニュースキャスター』(TBS系、毎週土曜22:00~)の天気キャスターを務める。TOKYO FM『THE TRAD』の毎週水、木曜のアシスタント、同『DIG GIG TOKYO!』(毎週土曜26:30~)のメインパーソナリティを担当

スタイリング/中村 剛(岩渕) 武久真理恵(中川) 
ヘア&メイク/KAE(NORA)(岩渕) 石岡悠希(中川)
衣装協力/Lois CRAYON(岩渕・パーカー) HUNDRED COLOR(岩渕・スカート) ritsuko karita(中川)

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高橋史門

高橋史門たかはし・しもん

エディター&ライター。1972年、福島県生まれ。日本大学在学中に、『思想の科学』にてコラムを書きはじめる。卒業後、『Boon』(祥伝社)や『relax』、『POPEYE』(マガジンハウス)などでエディター兼スタイリストとして活動。1990年代のヴィンテージブームを手掛ける。2003年より、『週刊プレイボーイ』や『週刊ヤングジャンプ』のグラビア編集、サッカー専門誌のライターに。現在は、編集記者のかたわら、タレントの育成や俳優の仕事も展開中。主な著作に『松井大輔 D-VISIONS』(集英社)、『井関かおりSTYLE BOOK~5年先まで役立つ着まわし~』(エムオンエンタテインメント※企画・プロデュース)などがある。

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