サッカー元日本代表FWで、今季限りでの現役引退を表明していた高原直泰(44歳)がついに最後の日を迎えた。
12月3日、沖縄・タピック県総ひやごんスタジアムで、日本フットボールリーグ(JFL)15位の沖縄SVと、全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2位のVONDS市原による「入れ替え戦」が行なわれた。
沖縄SVの選手兼監督でチームの代表も務める高原は、延長までもつれた試合の延長前半10分までプレー。チームの2-1の勝利とJFL残留に貢献した。
そんな高原を10代の頃から撮影し続けるカメラマンのヤナガワゴーッ!氏が、希代のFWの現役最後の雄姿をリポートする。
* * *
「いやぁ疲れた! 延長戦はもう足が痛くて動かなかった。それにしても寒い!」
冷たい雨が降る中での入れ替え戦を終えた高原に僕はこう聞いた。
「まだまだ、タカ(高原)が一番うまく見えたけど?」
「そりゃ、当たり前(笑)」
「来年は監督に専念する?」
「監督はやらない! 社長業に専念して頑張るよ」
スパイクについた芝をポンポン叩いて落としながら、今度は深くため息をつく。
「(JFLへの)昇格を目指すほうは来年も前向きにチャレンジできるけど、こっちが落ちていたら、チームがどう変わるかわからないし、地獄だったと思う。本当に良かった。でも、残留は決まったからね。今後の方向性はもう決めているし、今からここで来季に向けた会議をします」
そう言い残した約45分後、選手たちも帰って暗くなったスタジアムの一室から出てきた高原は、特大の花束を左腕に抱えていた。それは沖縄SVの立ち上げ時のメンバーである森 勇介、池端陽介、西 紀寛、飯尾一慶、松本圭介の連名で贈られた花束だった。
高原が代表、監督、選手を兼任する形で15年にクラブを創立。16年の沖縄県リーグ3部北ブロックから少しずつカテゴリーを上げ、今季からJFLに参入した沖縄SVだったが、苦戦を強いられた。
シーズン前半の15節を終えた時点で、試合がなかった第5節以外の14試合で2勝9敗3分けの最下位。リーグが中断する前の7月23日、高原がケガで試合に出られなかったクリアソン新宿とのアウェー戦も0-1で敗れた。
その試合後の監督会見前に、僕が「あとちょっとの差だね」と声をかけると、「毎試合毎試合、あとちょっとばっかり!」と吐き捨てるように言った。ただ、その表情は負け試合をも楽しんでいるように見えた。
「今年8月の中断期間に、入れ替え戦も視野に入れて残留を決める覚悟はしていた。選手たちにはプレッシャーになりすぎないようにハッキリとは伝えてなかったけど、ハラハラドキドキでしたよ」
後半戦もチームの調子は上がらず、迎えた11月26日の最終節。武蔵野ユナイテッド戦で再び東京に乗り込んだ高原は、7月とは違う近寄り難い緊張感をまとっていた。
試合は、高原の迫力あるヘディングシュートなど惜しい場面はあったものの、0-1で敗北し、翌週に沖縄で行なわれる入れ替え戦に回ることになった。まさに〝背水の陣〟。スタジアムから帰るバスの中で、僕は思わず沖縄取材の手配をしていた。
最後も苦しい戦いになったが、自らもピッチを走り回り、チーム一丸となって残留を決めた。試合後は、雨が降り続く中で選手たちの先頭に立ち、スタジアムから出てくるサポーターひとりひとりとハイタッチ。胴上げもセレモニーもなく、高原の現役生活は幕を下ろした。
1998年にジュビロ磐田に入団し、デビュー戦となった同年の開幕戦で当時のクラブ最年少得点を記録(18歳9ヵ月17日)した〝怪物〟は、移動の新幹線でベテラン限定のグリーン車に涼しい顔で座っていた。
99年にナイジェリアで行なわれたワールドユース選手権では、自前のバリカンでほかの代表メンバーの頭も刈り上げた。2001年8月にアルゼンチンの名門ボカ・ジュニアーズに移籍すると、同国の代表選手フアン・ロマン・リケルメを指さして「あいつ、全然走らねー」と言い放った。
03年から08年までプレーしたドイツのブンデスリーガでもセンターフォワードを担った男は、ある極寒の試合で頭に雪を積もらせていた。
その後はJリーグや韓国のKリーグなどでチームを渡り歩き、自らサッカーチームを立ち上げた。サッカー以外でもコーヒー農園を軌道に乗せ、今後はマンゴーも栽培していくという。高原の社長業の夢は尽きることがない。
そんな高原を25年間追い続けている映像作家の能智大介氏は、「コーヒー農園で苗木が倒れないよう添え木をする姿と、試合中に仲間を鼓舞するように走る姿がダブるんです」と話し、現役最後の試合を終えた高原の意外な姿を明かしてくれた。
「タカらしい淡々とした最後でしたが、25年間で初めて、彼がロッカールームで泣くところを見ました」
〝孤高の侍〟がスパイクという刀を置き、「社長業」という新しい刀に持ち替えるのを見届けた一日だった。そう遠くない未来に、沖縄には〝高原王国〟が築かれているかもしれない。