不動のボランチとしてジュビロ磐田の黄金期を支え、2006年開催のドイツワールドカップには、日本代表の中心メンバーとして出場。日本サッカーが世界水準へと飛躍していく瞬間をピッチの中央から見つめていた福西崇史。
そんな福西崇史が、サッカーを徹底的に深掘りする連載『フカボリ・シンドローム』。サッカーはプレーを深掘りすればするほど観戦が楽しくなる!
第82回のテーマは、今シーズンで現役を引退した小野伸二選手について。誰もが認める"天才"の引退についてやデビュー当時の印象、ともに戦ったW杯での思い出などを福西崇史が語った。
* * *
北海道コンサドーレ札幌の小野伸二が今シーズンをもって現役を引退しました。彼と同じ時代をプレーした者としては、率直に寂しい思いはあります。あれだけワクワクさせてくれる選手はいないので、もっとピッチの上で見ていたかったです。
けれど、44歳という年齢のこともあるし、なにより長年、膝や足首の怪我に悩まされ続けてきたことはよく知っています。強度の高い現代サッカーに彼のコンディションで適応するのは難しいのはよくわかります。
日々の練習や試合をするだけでも準備に時間はかかるし、あとのケアにも時間がかかる。メンタル的にも相当厳しいものがあったと思います。それでも彼がピッチに立って笑顔でサッカーを楽しんでいる姿というのは重みがありました。
自分の思い通りにサッカーができないというのは、プロの選手にとってはしんどかったはずです。ずっとその辛さを抱えながらよくここまでプレーを続けてくれたと思います。もう見ることのできない寂しさもありますが、本当にお疲れ様でしたということと、ゆっくり休んでくださいという言葉を送りたいですね。
清水商業高校から鳴り物入りで浦和レッズに入団してデビューしたときは、「やっぱりすげえな」というのが率直な思いでした。私の場合は、高卒でジュビロ磐田の錚々たるメンバーの中に入って、大谷翔平選手の言う「憧れの選手」たちに囲まれている状態でした。
けれど伸二はいきなり堂々たるプレーをしていて「これで18歳かよ」と。1998年のフランスW杯のジャマイカ戦に出場した時も緊張なんて少しも見せず、自信満々にプレーをしているのを見た時は、本当に異次元だなと思いました。
私にとってW杯は夢ではあるけれど、まだまだ目標にもならなかった時期でした。あの頃の代表のメンバーに選ばれるだけでもすごいことなのに、18歳で普通にプレーできるなんて信じられなかったですね。
彼のすごさは映像で見るだけでも十分にわかっていましたが、初めて対戦した時はより納得させられました。プレーの一つひとつに意図があるし、見えている範囲、見ているところが違って、いつも彼がチームの中心でした。
日本代表としてドイツW杯をともに戦えたことは、私にとって大事な思い出です。彼の振る舞いや人となりに触れて、どれだけ周りに慕われる人間かもよくわかりました。ピッチで出すパスのように常に気が利くし、人当たりの良さはいつも変わらないし、周りの人間を巻き込んでいく魅力がありました。
代表のときにはリフティングを教えてもらったこともありましたけど、全然できなかったですね。私ができなくて諦めてしまうようなリフティングを、彼はいとも簡単に軽くやってのけて、笑ってしまうくらい上手かった。
テクニックの高さは間違いなく一番だったし、それを活かすイマジネーションも次元が違いました。プロだから一生懸命やるのは当たり前ですけど、その中で自分が楽しんで周りを楽しませることができる。そのエンターテイメント性を一番持っていたし、一番考えていたのも彼だったと思います。
伸二のそのプレーに触れて、日本だけではなく、オランダやドイツ、オーストラリアでも常に愛されていたと思うし、彼とサッカーをやっていると本当にサッカーが楽しく感じられました。
現役最後の試合となった最終節の札幌対浦和の試合。最後の相手が古巣の浦和というのがまた感動的でした。私も解説を担当させてもらえて嬉しかったですね。札幌ドームは、みんなが伸二のラストプレーを見に来ている雰囲気に包まれていて、試合前から満員のお客さんが詰めかけていました。
前半22分まで随所に伸二らしいプレーを見せてくれて、交代のときには浦和サポーターも含めてみんなが盛大な拍手を送っていました。引退試合ではなく、公式戦の真剣勝負だからこそ、最後まで彼らしさ、面白さを表現することができたと思います。両チームの選手たちが花道を作ったことも粋な演出でした。
引退後は、まずは体をゆっくりと休めてもらいたいですね。その後は、全国の子供たちにサッカーの楽しさをぜひ伝えてほしい。世界のサッカーを知っている人もでもあるし、伸二のあの感覚は近くで見るからこそ感じること、わかることがたくさんある。伸二ほどサッカーの楽しさを伝えられる人はいないと思います。こんどはおじさんのサッカーで、また一緒にボールを蹴るのが今から楽しみです。