自治体や地元財界に支えられ、「県民球団」として地域に貢献する愛媛マンダリンパイレーツ 自治体や地元財界に支えられ、「県民球団」として地域に貢献する愛媛マンダリンパイレーツ

【連載・元NPB戦士の独立リーグ奮闘記】
第2章 愛媛マンダリンパイレーツ監督・弓岡敬二郎編 第17回

かつては華やかなNPBの舞台で活躍し、今は「独立リーグ」で奮闘する男たちの野球人生に迫るノンフィクション連載。第2章は、1980年代に阪急ブレーブスの名ショートとして名を馳せ、現在は独立リーグ屈指の名将として愛媛マンダリンパイレーツ(以下、愛媛MP)の指揮を執る弓岡敬二郎に密着。今回は、球団代表・薬師神績(やくしじん・いさお)氏に、多額の赤字を抱えていた愛媛MPをいかに立て直し、「県民球団」へと成長していったのか、その軌跡を聞く。(文中敬称略)

■創設4年で累積赤字1億2000万円

「この事業は地域の活性化や社会に貢献できる、青少年の健全育成にも繋がるなど、『間違ったことはしてない』という信念はありました。ただ3年目、4年目になると、やっぱり眠れない夜は何日も続きました。

月末、監督、コーチ、選手の給料を明日送金しなければいけないのに、通帳に預金は残っていない。星企画からの借り入れも、いつまでも続けることは許されない......と考え続けるうち夜が明けて朝になったり。そんなことがかなり続きました」

松山に本社を置く広告代理店、星企画の創業者、薬師神績(やくしじん・いさお)は2004年、地元四国にもうひとつのプロ野球、独立リーグ・四国アイランドリーグができることを知り、創設者の石毛宏典にお礼を言うために会いに出かけた。

それをきっかけに自身もリーグ運営に携わることになったが、当初から苦境続き。赤字打破のため各球団の独立採算制になった2年目からは愛媛MPを託され球団社長に就任したものの、本業に影響を及ぼすほど赤字は膨らんだ。

薬師神は石毛宏典と出会い、思いがけず球団経営に携わることになった 薬師神は石毛宏典と出会い、思いがけず球団経営に携わることになった

4年目を終えた時点で、累積赤字は1億2000万円。それでも使命感で球団経営を続ける最中、救世主が現れたのは球団創設5年目だった。地道に続けてきた社会貢献活動が評価され、自治体や地元財界が動き始めたのだ。

「愛媛MPの運営を続けることで星企画本体の経営が非常に厳しい状況になってくるという中で、当時愛媛県知事だった加戸守行さんが、『愛媛マンダリンパイレーツは、本来地方自治体がせんといかんような地域貢献活動や地域の活性化をしてくれている。こういう地域に根差した球団を、星企画という広告会社が1社で抱えている。もし星企画が倒産したら、これは愛媛県の恥だ』といろいろな場所で発信してくれたんです。

当時、年間200回から250回程度、小学生の野球教室、老人ホームの訪問、幼稚園と小学校の登下校の見守り隊、県内の秋祭り、夏祭りなどあらゆる地域や場所に選手を派遣していました。加戸知事はそれをしっかり見ていて、評価してくださっていたんですね」

薬師神には今でも鮮明に記憶に残る光景があった。

加戸知事が妻と坊っちゃんスタジアムに観戦に訪れた際、腕組みをして独り言を言うようにしてつぶやいた姿だ。

「加戸知事は毎年、坊っちゃんスタジアムに奥様と観戦に来てくれていました。そのときも奥様と観戦に来られて、加戸知事の横に私が付いて選手の紹介や解説をしていました。で、5回裏のインターバルのとき、加戸知事は腕組みをしたまましばらく黙っていました。そして独り言のように『これは愛媛県が出資をしてでも、この球団を守るべきだ』とつぶやきました。『一度、県の理事者側に私から相談してみるか』と、私や奥様に言うのではなく、つぶやいていました」

球団の救世主のひとり、故・加戸守行元愛媛県知事(写真提供/愛媛マンダリンパイレーツ) 球団の救世主のひとり、故・加戸守行元愛媛県知事(写真提供/愛媛マンダリンパイレーツ)

「パイレーツの灯火を消してはならない」

加戸知事はそう訴え、あらゆる場所で、自分の夢をひたむきに追いかけ、同時に社会貢献活動にも積極的に取り組む選手の姿を紹介し続けたことで応援の輪は大きくひろがった。

薬師神はあるとき、加戸知事と共に愛媛銀行の頭取だった中山紘治郎氏に相談に出かけた。その際、中山頭取からは「地元政財界、連合愛媛、マスコミ、金融機関、さらに県や市の行政が参加する経営改革協議会を組織し、大局観に立った改革を行なうように」と助言された。

薬師神は加戸知事と共に「愛媛MP球団経営改革協議会」を発足し、2009年1月に初会合が開催された。助言してくれた中山頭取は県内の企業にも経営参加を呼びかけ、結果、70社で1億円を超える資金が集まった。これを機に官民一体の球団にしようという機運は一気に高まった。

同年9月、愛媛県議会でパイレーツに3000万円出資することが満場一致で可決された。松山市の中村時広市長(現愛媛県知事)も賛同し、加えて20ある県下すべての自治体も株主になることが決まり、県と合わせた自治体の出資額は6000万円となった。

「自治体と企業から、新しいお金として1億7000万円が集まりました。もともとの資本金1000万円と合わせて1億8000万円。星企画から貸付していた1億2000万円は返済しないでそのまま資本金に充て、資本金は3億円になりました。

私は『これはもう完全なる県民球団だ』と思いました。星企画は100%出資の会社ではないので、自分の意識も変えていこうということで、翌年から法人名は『愛媛県民球団株式会社』に変えました。加戸知事の情熱と中山頭取のご理解と助言。おふたりの存在、ご尽力がなければ、今の愛媛MPはありません」

経営再建へ貴重な助言を与えた故・中山紘治郎元愛媛銀行頭取(写真提供/愛媛マンダリンパイレーツ) 経営再建へ貴重な助言を与えた故・中山紘治郎元愛媛銀行頭取(写真提供/愛媛マンダリンパイレーツ)

■感動という配当を与えてくれれば、それで十分

愛媛MPは他に例を見ない官民一体型、100%地元が支える県民球団として生まれ変わり経営基盤も安定した。ただリーグ全体の厳しい現状は変わらず、まずは毎年、球団として赤字を出さないよう経営努力するだけで精一杯だった。そんな薬師神に、加戸知事はこんな言葉でエールを贈った。

「県民球団としての形ができて、加戸知事の所にお礼に伺いました。加戸知事に『大変ありがとうございました。これから精出して頑張ります。ただ、せっかく税金まで投入していただきましたが、株式会社として利益を出して配当を出せるようになる目途は、今すぐにお約束はできません』とお伝えしました。そうしたら、もう全く意外な答えが返ってきました。

加戸知事は『薬師神さん、そんなこと心配しなくていいですよ。県民の皆さんに、『感動という配当を与えてくれれば、それで十分です』とお話ししてくださいました。胸がぐっと熱くなりました。

『感動という配当』という言葉。そういうお答えがすぐ言葉で出てくるということは、やはりそういうことを期待して、『地元や県民の理解を得て、税金を投入してでもこの球団の危機を救わなければ』という思いを持っておられたのだな、と思いました。

それは我が地元のチームとして勝利を届ける感動はもちろん、地域のお祭りに選手が行くこと、幼稚園、小学校の見守り隊も然り、そういう感動も全部含まれると思うんですね。『感動という配当』というお言葉を頂戴して、あらためて身の引き締まる思いがしました」

加戸知事はその後も県内に10あるパイレーツ地区後援会の特別顧問を引き受け、中山頭取は会長を務めて球団の成長を見守り続けた。

中山元頭取は2019年、加戸元知事は2020年にこの世を去った。しかし、ふたりの「県民球団として地域に貢献し夢や希望を与える存在であってほしい」という願いは、今もしっかり引き継がれていた。

「毎シーズン、監督、コーチ、選手に対して3つの目標設定を伝えます。『リーグ優勝』『NPBドラフト指名』そして『リーグ挨拶No. 1』です。優勝よりまずは人間的に成長すること。

入場料は1000円、前売り券で800円。おおよそ地方でパート勤務した場合の時間給はそれくらいです。そういう苦労して働いたお金を使って、みなさん球場に来て応援してくださっていることを理解して、感謝の気持ちを伝える手段として『ありがとうございます』という気持ちの良い挨拶をしてほしいとお願いしています。

結果として強いチームになって年間総合優勝し、NPBのドラフトで指名される選手を輩出していきたい。それはやっぱり県民球団で、全ての方が株主であるということが大きいと思います」

※ ※ ※

インタビューの合間にモニターを確認すると、試合は7回まで終了していた。愛媛MPは6回に5点、7回に4点を奪う猛攻で10対9と逆転していた。

2023年10月のドラフトで育成3位指名を受け巨人に入団した宇都宮葵星 2023年10月のドラフトで育成3位指名を受け巨人に入団した宇都宮葵星

NPB入りを目指す最速154km右腕、羽野紀希 NPB入りを目指す最速154km右腕、羽野紀希

先日取材したドラフト候補の宇都宮葵星(きさら)は2番ショートで出場し、この日ここまで、タイムリー含む3安打の大活躍。8回からは、同じく取材した羽野紀希(かずき)がマウンドに上がる準備をし、監督の弓岡は残り2回、逃げ切り体制を整え始めていた。

(第18回につづく)

■弓岡敬二郎(ゆみおか・けいじろう)
1958年生まれ、兵庫県出身。東洋大附属姫路高、新日本製鐵広畑を経て、1980年のドラフト会議で3位指名されて阪急ブレーブスに入団。91年の引退後はオリックスで一軍コーチ、二軍監督などを歴任。2014年から16年まで愛媛マンダリンパイレーツの監督を務め、チームを前後期と年間総合優勝すべてを達成する「完全優勝」や「独立リーグ日本一」に導いた。17年からオリックスに指導者として復帰した後、22年から再び愛媛に戻り指揮を執っている

会津泰成

会津泰成あいず・やすなり

1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。

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