カープ監督就任2年目・新井貴浩監督(右)が、球界のレジェンド・江夏豊氏に語る カープ監督就任2年目・新井貴浩監督(右)が、球界のレジェンド・江夏豊氏に語る

阪神の38年ぶり日本一に沸いた2023年シーズン。その阪神に大差をつけられながらも2位と健闘したのが、新井貴浩監督率いる広島だった。指揮官として挑んだ初めてのシーズンで何を思い、いかに戦ったのか。そして来るべき2024年シーズン、新井監督はどんな采配を見せるのか。球界のレジェンド・江夏豊氏に語った。

■まさか自分が指導者になるとは

江夏 あなたの場合、選手としてはカープとタイガースでプレーしたわけだけど、現役は何年やった?

新井 20年です。

江夏 それは立派なもんだ。20年やれば、いろんな監督の下で野球をやってきたと思うけど、昨年からあなた自身が監督という立場になった。まず感じたことは?

新井 まさか自分が指導者になるとは......です。2018年に現役を引退して、その後はコーチも経験せず、グラウンドから離れていましたから。

江夏 監督というポジションを、自分から求めたということではなかったわけだ。

新井 そうです。球団から要請をいただいたのですが、正直びっくりしました。

江夏 あなたの場合は、金本(知憲[ともあき])という兄貴分がいるじゃない。相談相手でもあり、何より監督経験者でもある。

新井 金本さんには、球団から監督のお話をいただいたときに連絡しました。まず「すごく大変になると思うぞ」と言われまして。

確かに、私がタイガースから戻ったとき、カープはちょうど強い時期でリーグ3連覇したんですけども、その後、過渡期を迎えて、主力だった選手が移籍し、年齢も高くなっていく状況の中で、「大変だぞ」と。でも、金本さんには「何かあったら、いつでも聞いてこい」と言っていただいたんです。

江夏 そういう言葉は心強いし、ありがたいよね。

新井 本当にありがたかったですね。

江夏 ただ、いざ自分が現場のトップになってみると、兄貴分に頼ってばかりじゃダメだということが身に染みたと思うんだよ。外から見ていた監督像と、実際に自分で指揮を執ってみてからの監督像、何が違った?

新井 思った以上に、大きなことから小さなことまで、決断の連続だなと感じました。

江夏 思った以上というのは、監督なんて適当にやってりゃいいわというような考えでいたのか、それとも大変だろうなという気持ちでいたのか。

新井 それはもう、絶対に大変だろうなと思っていたんですけども、実際に監督を経験してみると、大変というよりは、試合中の采配や起用だけじゃないんだなと感じました。

江夏 具体的には?

新井 例えば、ファームの選手の状態をチェックしたり、1軍と2軍の入れ替えをしたり、先発ローテーションの組み替えをしたり......。そういった、試合以外のところで決断することがたくさんあるんだなと。

新井貴浩

江夏 監督というのは最終決断を求められる。なかなか気が抜けないよな。

新井 そうですね。ですけども、ヘッドコーチの藤井(彰人)をはじめ、スタッフには「どんどん意見を言ってほしい」と伝えていました。そういう意味で、彼らにはすごく助けてもらいました。

江夏 藤井ヘッドとの接点はどこから?

新井 タイガースでプレーしているときに一緒だったんです。

江夏 そうか。まあでも、何もかも自分で決断する、自分で指揮を執るというのは大変だけど、ある意味、やりがいある仕事だよな。

新井 そうですね、はい。

■カープの伝統的な野球を目指した

江夏 カープを引っ張っていく上で、チームカラーというのは、あなた自身がつくり上げていきたいのか、それとも自然にできていったものなのか、そのへんはどうだろう。

新井 私自身、広島で生まれ育って、小さい頃からカープの大ファンでした。ですので、自分がどうしていきたいというよりは、カープのスタイル、伝統的なカープ野球ってなんだろうと考えたときに、とにかく機動力を使っていこうと。

江夏 動く、ということか。

新井 はい。江夏さんもカープでプレーされましたが、当時もとにかく塁に出て、塁上を走ってにぎわして、相手バッテリーにプレッシャーをかけていたと思いますし、それがカープのスタイルだと思っていました。

ただ、私が監督を引き受けたとき、その前年度は盗塁を含めて走ることにすごく消極的になっていたんですね。そこで足が速い遅い関係なしに、とにかく走塁面で相手にプレッシャーをかけていく。あらためてカープの伝統的な野球を目指そうと思いました。

江夏 とはいえ、機動力を使うからといって、すべてが成功するわけじゃないよな。動いたためにかえってチャンスを逃してしまうケースもあると思うんだけど。

新井 それでもチャレンジですね。今、江夏さんがおっしゃったように、走らせてアウトになったときは流れも変わりますし、雰囲気も重たくなるんですけども、そこはもう「とにかくどんどん行ってくれ」と選手には伝えました。アウトになったら監督の責任だからと。

江夏 うまくいったときはいいけど、いかなかったときに次が難しくなる。そこは決断力が必要になると思うけど、そのあたりはどうだろう。

新井 失敗してもどんどん次の塁を狙ってくれと言っていました。もちろん失敗したらベンチの責任、私の責任になるんですけども、自分、叩かれるのは慣れてますので(笑)。

江夏 ハッハッハ(笑)。でもね、叩かれることに慣れているといっても、選手のときと一軍の将としての叩かれ方は違うからな。

新井 そうですね、はい。

江夏 一軍の将になって叩かれるということは、チームが叩かれる、自分だけじゃない。そのあたりがやっぱり難しい部分と思うよね。人の上に立つということは、大変なことだよな。

新井 それは昨年、1年間、戦ったことで実感しました。

■2024年の課題は得点力の強化

江夏 1年間戦ってみて、どこが足りない、どこを補強したいというのはだいたい把握できていると思うんだけど、外国人問題も含めて、そのへんはどうかな?

新井 昨年のピッチャー陣は先発、ブルペン含めて、よく頑張ってくれました。特にブルペンでは島内(颯太郎)にしても、矢崎(拓也)にしても、本当に成長してくれたと思います。一方で、得点を取ることには苦しみましたので、そのあたりが今年の課題かなと思っています。

江夏 守りよりも、点を取るほうが課題か。

新井 得点のほうですね。守備面に関してはしっかり守ってくれたと思います。今年もそこが基本になると思いますが、その上でどこまで得点できるかですね。

江夏 じゃあ、点を取るための今年の戦力はどう? 肝心の外国人補強に関しては。

新井 外国人選手は新しい投手ふたり、野手がふたり入って、すべて入れ替わります。ただ外国人選手の場合は、実際にプレーしてみないとわからない部分ですので、現時点でどこまで戦力になってくれるのか判断できません。

江夏 思った以上にいい選手ならありがたいけど、ちょっと違うなというケースも往々にしてあるからね。そういう面でチームのことを考えると、実績のない選手をどこまで我慢して使うか、というのは監督の胸三寸だけど、若手を育てるのも監督の大事な仕事だからね。いつまでも外国人頼みでは寂しい。

新井 そのことも1年間で実感しました。

■しばらく阪神の強い時代は続く

江夏 今のチームを強化して、なおかつ将来的な部分を考えると若手の成長は欠かせない。当然、そういうことも踏まえて戦ったと思うんだけど、収穫はあった?

新井 昨年の開幕前、自分たちのチームは周りの評価がすごく低かったんです。順位予想でいえば5位、6位。確か6位が一番多かったと思うんですけど、自分は「選手たちの力はそんなものじゃない」と。

それで実際、選手たちがよく頑張ってくれて、優勝はできなかったですけど、2位で終われた。これはやっぱりカープの選手たちの力はあるんだと。そこを確認できたのは収穫でした。

江夏 確かに2位だったけど、1位がちょっと先を走りすぎとったからね。

新井 タイガースはすごかったですね(笑)。

江夏 クライマックスシリーズのファイナルステージも、ひとつも勝てなかった。

新井 はい、3連敗で。

江夏 短期決戦だけに、やはり力の差がはっきり出てしまった感じだったな。

新井 そうですね。実際に戦ってみて、タイガースは本当に強いなと感じていました。

江夏 どのあたりに感じた?

新井 もともとピッチャー陣は良かったんですが、野手のポジションがほぼ固定されていましたので。しかも、固定されているレギュラー陣の野手というのが、軒並みまだ年齢が若いんですよね。

江夏 そうだよね。野手の最年長が梅野(隆太郎)やった。32歳か。

江夏豊

新井 なので、しばらくタイガースの強い時期が続きそうだなと。

江夏 うーん......。でも、それじゃあ困るよな。

新井 はい(笑)。その強いタイガースに勝つために、カープ野球の伝統を守りつつ、知恵を絞って、恐れずに戦っていければ、絶対にチャンスはあると思っています。

江夏 昨年はタイガースに9勝15敗、引き分け1つか。

新井 6つ負け越しですね。

江夏 ただ、そこまで差が開いたのはタイガースだけで、ほかのセ・リーグ4チームとの対戦は勝ち越しか、五分と五分なんだよね。そういう意味じゃ、今年もタイガースとの対戦があなたのチームに何を残すかが、ポイントになっていくと思うんだよね。

新井 もちろんタイガースだけじゃないですが、昨年との差をどこまで縮められるかが大事だと思っています。

江夏 タイガースに立ち向かうためにどういうところから入っていくか。打って、打って前に進むのか。反対に、動いて、動いて1点を取りにいくのか。あるいは投手力できっちりガードしていくのか。これはもうあなたの采配次第であり、あなたの目標であり、われわれの興味になる。

新井 とにかく、昨シーズンのように独走されないよう、なんとか食らいついていきたいです。

江夏 1年間、大いに苦しんでください。

新井 ハッハッハ(笑)。

江夏 楽しみにしてるよ。

新井 ありがとうございます!

江夏 よっしゃ。こちらこそ、ありがとう。

●新井貴浩(あらい・たかひろ)
1977年生まれ、広島県出身。広島工業高から駒澤大を経て、98年ドラフト6位で広島に入団。2005年に本塁打王のタイトルを獲得。07年オフにFAで阪神に移籍。11年に打点王に輝くも、14年オフに自らの申し出で自由契約に。15年に広島に復帰し、16年にはリーダーとして25年ぶりのリーグ制覇に貢献。18年に現役を引退し、23年に広島の監督に就任

●江夏 豊(えなつ・ゆたか)
1948年生まれ、兵庫県尼崎市出身。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスターでの9連続奪三振などのプロ野球記録を持つ、伝説の名投手。通算成績は206勝158敗193セーブ